10 / 59
5
1
しおりを挟む四日日前の四月十一日に、江戸城無血開城が為ったという話を、近藤勇は、見張り役を務めていた壮年の男から聞いた。いかにも手練れの剣客らしい、鍛え上げられた体をしている。一挙一動に無駄な動きが一切無いし、もし、ここで近藤がいきなり抜刀したとしても、瞬時に反応して、近藤を返り討ちにすることは出来るだろう。隙が無い。かといって、ピリピリと始終張り詰めた空気を醸し出しているわけではない。
見張りの男の名は、横倉喜三次という。板橋宿の本陣に構えられた、東山道軍総督府に投降してから、近藤は、何日間か、尋問を受けた。当初、『大久保大和』を名乗っていた為、『新撰組の近藤』とは解らなかったようで、そのまま、近藤は釈放されるか、というところまで上手く事は運んだが、昔の因果に、足を引っ張られた。
かつて、伊東甲子太郎という男が新撰組の参謀に居た。この者は、近藤も知恵を借り、信用していたが、やがて、新撰組を離脱し、独自に高台寺党・御陵衛士を名乗り、孝明天皇の御陵守護をしていた。しかし、新撰組は、この伊東を、土方の定めた法度により、処分した。『新撰組を抜けようとした』ことが法度に触れる。この計画を立てたのは、土方だが、最終的に了承したのは近藤だ。恨みは近藤にも募っていただろう。
伊東甲子太郎を近藤の妾宅に誘い、帰り道を暗殺した。死体は、油小路の辻に捨て置いた。伊東の遺体の回収に来た、御陵衛士たちを、切り捨てた。躊躇いなくこんな作戦を口にする土方を、近藤は薄寒い思いで見ていたが、結局、土方の作戦に乗った。
このときの御陵衛士の生き残りが、板橋の総督府にいた。そして、『大久保大和』の正体を見破ったというわけである。
そして、尋問を受けていたが、あるときから尋問が中止になった。近藤の身柄は、脇本陣である岡田家に移送され、その時から、横倉喜三次が見張りに付いた。横倉は、岡田家の剣術指南を勤めていた者だった。かの凶悪な『新撰組局長』である近藤の見張りを出来るのは、それなりの剣客でなければならなかったからの、横倉喜三次抜擢だった。
この横倉喜三次という男は、見張り番には不適格な男であったと言える。囚われの身である近藤を気遣い、拷問で受けた傷の手当てや、飯なども手配して、近藤に話しかけもした。岡田家に移送されたのは、一昨日の事だが、近藤は、横倉喜三次に対する警戒を解いていた。その横倉喜三次が語った話は、近藤を驚嘆させた。
『四月十一日に、江戸城無血開城が為った』
いよいよ、幕府が終焉を迎えたのだ、と近藤は、折角幕臣に引き立てて貰ったというのに、そのご恩に一矢も報いることが出来なかったという無念で一杯の気持ちになった。城を明け渡した、德川慶喜は謹慎生活を送ることになっているという。逆臣の汚名を着せられたわけではなく、德川家お取り潰しということも現状ではないようなので、それだけが、近藤の救いではあった。
将軍さえ謹慎ということで済んだのだから、近藤も暫く、このような監禁生活をして然るべき時に、釈放されるだろうというのが、横倉喜三次の見立てだったが、近藤は、そんなにも簡単に済むとはとうてい思えなかった。
やり残したことはたくさんある。だが、すでに心は決まっている。腹を切れと言われれば、見事に腹をかっ捌いて見せようという心意気だった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
沖田氏縁者異聞
春羅
歴史・時代
わたしは、狡い。
土方さまと居るときは総司さんを想い、総司さんと居るときは土方さまに会いたくなる。
この優しい手に触れる今でさえ、潤む瞳の奥では・・・・・・。
僕の想いなんか蓋をして、錠を掛けて捨ててしまおう。
この胸に蔓延る、嫉妬と焦燥と、独占を夢みる欲望を。
どうして俺は必死なんだ。
弟のように大切な総司が、惹かれているであろう最初で最後の女を取り上げようと。
置屋で育てられた少女・月野が初めて芸妓としてお座敷に出る日の二つの出逢い。
不思議な縁を感じる青年・総司と、客として訪れた新選組副長・土方歳三。
それぞれに惹かれ、揺れる心。
新選組史に三様の想いが絡むオリジナル小説です。
毛利隆元 ~総領の甚六~
秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。
父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。
史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。
朝敵、まかり通る
伊賀谷
歴史・時代
これが令和の忍法帖!
時は幕末。
薩摩藩が江戸に総攻撃をするべく進軍を開始した。
江戸が焦土と化すまであと十日。
江戸を救うために、徳川慶喜の名代として山岡鉄太郎が駿府へと向かう。
守るは、清水次郎長の子分たち。
迎え撃つは、薩摩藩が放った鬼の裔と呼ばれる八瀬鬼童衆。
ここに五対五の時代伝奇バトルが開幕する。
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
新撰組のものがたり
琉莉派
歴史・時代
近藤・土方ら試衛館一門は、もともと尊王攘夷の志を胸に京へ上った。
ところが京の政治状況に巻き込まれ、翻弄され、いつしか尊王攘夷派から敵対視される立場に追いやられる。
近藤は弱気に陥り、何度も「新撰組をやめたい」とお上に申し出るが、聞き入れてもらえない――。
町田市小野路町の小島邸に残る近藤勇が出した手紙の数々には、一般に鬼の局長として知られる近藤の姿とは真逆の、弱々しい一面が克明にあらわれている。
近藤はずっと、新撰組を解散して多摩に帰りたいと思っていたのだ。
最新の歴史研究で明らかになった新撰組の実相を、真正面から描きます。
主人公は土方歳三。
彼の恋と戦いの日々がメインとなります。
陸のくじら侍 -元禄の竜-
陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた……
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる