上 下
2 / 9

婚約解消はすんなりとは進まない

しおりを挟む
 クロスフォード家もクラウス側から動きがあれば、すぐにでも頷くつもりだ。
 その時は有利に話しを進めるためにクラウスの浮気の証拠も集めていた。

「諦めが悪い事。あなたがイラート様に勝てるとお思いなの」

 ある噂のせいでエリーゼを目の敵にしているバレリレイトがきつく言ってきた。
 その噂はエリーゼにとって、全くもって事実無根というもの。

「諦めですか……、どうでも親同士が勝手に決め事ですので」

 諦め以前の問題だった。
 本心婚約などしたくなかった。
 身分差で強制的に親が頷かされた縁談だ。

 同じような立場に陥ることがある貴族令嬢のくせに何故分かってくれないとなる。
 悲しいかな、この国の貴族社会では男女とも恋愛で結ばれる結婚は少ない。

「ですから、問題になっている薬草を優先してトラエル家に回してとあなたがご当主様におっしゃればいいことでしょう」

 イラートが公けでは口にしてはいけないことを発する。
 問題の薬草というのは、希少でなかなか手に入らないもの。あれば必要な者たちに公平に分けるように国から指示されていた。
 高位貴族お得意の裏取引をしろと言っているようなものだ。焦っているんだろうなとエリーゼは半ば同情してしまう。

 それにトラエル家の狙いは、これからエリーゼにより生み出される薬草や薬だ。
エリーゼの薬草に関する知識や育てる腕は国でも上位にいた。
 独占は無理でも優先を目論んでいた。

「イ、 イラート。何をこんなところでしているんだ?」 

 令嬢たちの背後から男性の声がする。

「わぁ!」

 それに気づき声の方へ顔を向けるとすごい数の野次馬が集まっていることにエリーゼは驚く。
 そうここは、王宮の中の主要な通路。この先に四か所に繋がる場所へ出る人通りの多い所だった。

「あら!」

 問題の婚約者の登場にイラートは満面の笑みで迎えるが、周りの興奮度が大きくなりざわざわがよりひどくなった。
 これにエリーゼはがっくりとなり顔を下へ向けた。

 それでなくてもこの婚約者のせいで好き勝手言われているところにバレリレイトに恨まれている原因、王弟殿下との浮気疑惑があるのだ、後でまた新しい迷惑この上ない噂が流れるだろう。
 だが、令嬢同士のけんか。それも婚約者を盗られた令嬢と盗った令嬢がいる。見る側からすれば、面白いだろう。

「私がお話をさせていただくことにしましたのよ」

 息が乱れながらイラートの隣に立ったクラウスに伝えた。
 そしてこれみよがしにクラウスの腕に自分の手をかける。

「だから、順序だてないと」

 クラウスは大きなため息をつき、エリーゼを見る。
 だが、言葉はそこで止まり、見ているだけという沈黙状態が続いた。

「イラート様、クラウス様が欲しいのでしょう?」

 エリーゼが沈黙を破った。

「え、そうよ」

 意表をついた質問にイラートは一瞬言葉を詰まらせる。
 エリーゼからすればもういい加減にしてほしかった。
 親が勝手に決めた婚約。愛情はない。これから長く連れ添う相手で仲良くしなければと考えていたが、無理だ。覚悟を決めて意志を伝えたい。

「じゃあ、どうぞ」

「「「「「え!」」」」」

 周りが騒めく。

「私はいいです。婚約が解消されても」

 とっとと婚約解消をしてほしいという思いが、身分差の遠慮などを凌駕した。

「何を! 君の名誉のために色々とやっているのに」

「名誉ですか? 確かに婚約解消をされると女性側に不利なことばかり起こりますが、いいです。今これだけの方に周知されてしまったのですから」

 私の名誉だと! ならば、浮気をするな! バレたらすぐに別れろ! とエリーゼは心の中で叫んでいた。

「まだ我が家、クロスフォード家には正式にお話がないようですが、もう周りが騒ぎたてますよ。早くきっちりとさせた方がいいのでは?」

 婚約者を美人に取られた小汚い令嬢などと散々言われるのももう嫌だった。
 それに今日はついにというか、浮気相手の公爵令嬢が恥も外聞もなく直談判にきた。こんな公けの場所に。

 社交界ではすごくはしたないこと、醜聞だ。
 令嬢の思いをここで叶えてあげなければ、もっとややこしい問題がたくさん起こりそうだった。

「クラウス様、もう引けませんよ。私たちの真実の愛を通させていただきましょう」

 目撃者が多い。今までは、二人の仲の良い姿を目にするだけで恋愛関係という確たる証拠はなかったが、イラートの直談判は二人の仲を公にさらしたのだった。
 そう、クラウスはエリーゼという婚約者がいるのにイラートと恋愛関係にある、浮気をしていると。

 けれどとなる。イラートは美人で公爵令嬢。そんな女性に熱烈に思われているというのに何故全てにおいて劣った令嬢の自分との婚約を伸ばそうとしているかは疑問だった。

 薬草の利権がらみなのだろうか。

「イラート、君は!」

 クラウスの言葉は続かない。

「あなたがお困りだったので私が少しでもお力になりたくて勇気をだしましたの」

 イラートが褒めてとばかりにキラキラとした瞳でクラウスに話しかけてくる。

「こんなことをして」

 うっとり気分のイラートへクラウスは冷たい声でしか反応できなかった。
 女性の方が身分が上で、悪くは想ってない相手だったからだ。

「エリーゼはまだ私の婚約者です。それをこのような所で糾弾するなど……、穏便にすませられないではないですか」

 精一杯の苦情が出た。

「あら、私たちの友人はみな知っていますわよ。私とあなたが真実の愛により結ばれるために頑張っていることを」

 もう周りには隠しきれてないことを強調する。

「へぇ」

 笑い声と共に一人の青年が、令嬢たちの間を抜けて囲まれているエリーゼの背後に立った。

「真実の愛がお二人にあるんだ」

 黒髪に真っ青な瞳をした体格のいい青年が、エリーゼの両肩に背後から手を置き続けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

愛する貴方の愛する彼女の愛する人から愛されています

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「ユスティーナ様、ごめんなさい。今日はレナードとお茶をしたい気分だからお借りしますね」 先に彼とお茶の約束していたのは私なのに……。 「ジュディットがどうしても二人きりが良いと聞かなくてな」「すまない」貴方はそう言って、婚約者の私ではなく、何時も彼女を優先させる。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 公爵令嬢のユスティーナには愛する婚約者の第二王子であるレナードがいる。 だがレナードには、恋慕する女性がいた。その女性は侯爵令嬢のジュディット。絶世の美女と呼ばれている彼女は、彼の兄である王太子のヴォルフラムの婚約者だった。 そんなジュディットは、事ある事にレナードの元を訪れてはユスティーナとレナードとの仲を邪魔してくる。だがレナードは彼女を諌めるどころか、彼女を庇い彼女を何時も優先させる。例えユスティーナがレナードと先に約束をしていたとしても、ジュディットが一言言えば彼は彼女の言いなりだ。だがそんなジュディットは、実は自分の婚約者のヴォルフラムにぞっこんだった。だがしかし、ヴォルフラムはジュディットに全く関心がないようで、相手にされていない。どうやらヴォルフラムにも別に想う女性がいるようで……。

諦めて、もがき続ける。

りつ
恋愛
 婚約者であったアルフォンスが自分ではない他の女性と浮気して、子どもまでできたと知ったユーディットは途方に暮れる。好きな人と結ばれことは叶わず、彼女は二十年上のブラウワー伯爵のもとへと嫁ぐことが決まった。伯爵の思うがままにされ、心をすり減らしていくユーディット。それでも彼女は、ある言葉を胸に、毎日を生きていた。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活

束原ミヤコ
恋愛
ラーチェル・クリスタニアは、男運がない。 初恋の幼馴染みは、もう一人の幼馴染みと結婚をしてしまい、傷心のまま婚約をした相手は、結婚間近に浮気が発覚して破談になってしまった。 ある日の舞踏会で、ラーチェルは幼馴染みのナターシャに小馬鹿にされて、酒を飲み、ふらついてぶつかった相手に、勢いで結婚を申し込んだ。 それは悪魔の騎士団長と呼ばれる、オルフェレウス・レノクスだった。

処理中です...