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4話
しおりを挟む屋敷に戻った俺とイツキは汐李の部屋(今は俺の部屋でもあるが)で一旦休憩をすることにした。とは言っても覚えることが多い、呑気にもしていられない。
「……先に屋敷の中を覚えていただきます、いつも私がついて歩くわけにもいきませんから」
「だな、後は……学校か」
イツキが淹れてくれた紅茶を飲みながら思わずため息が漏れた。屋敷の中くらいはなんとかなりそうだとは思っているが、学校はそうもいかない。学業もあれば友人関係もある。いくら『記憶喪失』という設定があってもヘタを打てば疑われる可能性もあるわけで。
「学校は奥様方に掛け合って、一緒に通えるよう頼んでみます」
「え、そんなこと出来るのか?」
「そうですね、汐李様が通っておられる学校は所謂お嬢様学校ですから、執事がついて行っても何の違和感もありません」
なんだそれ、完全にファンタジーの世界じゃないか。
「お嬢様学校って事はだぞ? 女子校なのか……?」
イツキは「はい、そうですよ」とさらりと肯定してしまう。俺は驚き思わず椅子から立ち上がった。
「ど、どうされました?」
俺の行動に驚いたイツキが、近づいて心配そうに俺の顔を伺っていた。
どうもこうも女子校はマズイだろ、色んな意味でっ!
「……自分が男だからと、不安なのですか?」
「うっ……、と言うかだな、いいのか? 女子の着替えとかそう言うのっ!!」
言うとイツキは小さく笑い、その笑いは次第に大きくなった。俺は一気に冷静さを取り戻した。
「えっと……」
笑い続けるイツキに声をかけると「すみません」と一言謝り深呼吸をすると「いえ、まさかそんなに慌てたように仰るもので、つい。もっと平気な方なのかと思っていたもので」
だからってそんなに笑うことかよ……、俺は椅子に座りなおしお茶を啜る。
「その辺りは上手く言うしかありませんね。初めのうちは病み上がり、で誤魔化せるでしょうが……」
「分かった、それはその時になってから焦ることにする。とりあえず今は必要最低限の知識を頭に叩き込むこと、だな」
俺の言葉に頷いたイツキはソッと折りたたまれた紙を差し出した来た。受け取り広げると屋敷内の地図と学校のパンフレットだった。
「さすが執事、用意がいいな」
「必要になると思っていましたから。学校のことは簡単ですがパンフレットの通りです」
「……『淑女としての立ち居振る舞いを学び、清らかな心と精神を育む』ねぇ。温室って感じだな」
「否定はしません、男性との交流もありませんから女性としての一般常識は著しく欠如している可能があります」
「手厳しいな、あんた」
「思ったことを言ったまでですよ」とため息をついた。イツキはこの女子校をよくは思っていない様子だった。なぜそう思うのかは実際に通ってみればわかることだ。
俺はテーブルに地図とパンフレットを置くと大きく伸びをした。
「なぁ、そろそろ二人帰ってくるよな?」
ティーセットを片付けながらイツキはポケットから懐中時計を取り出すと、時刻を確認し「そうですね」と頷いた。
「夕飯の支度をしなくれはいけませんね」
「……なら俺も手伝う」
立ち上がり自分のカップをイツキの元へ持っていく。イツキは「休んでいて下さい」と言ってくれたが俺は首を横に振った。やれる事は少しずつやっていきたい、そう思ったから。
「分かりました、ではお願いします」
何も聞かず笑顔でそう言ったイツキは付け足すように言った。
「いい加減一人称を『私』にしていただかないと、早速疑われてしまいますよ?」
「そ、そうだったな……」
***
キッチンではイツキが手際よく作業を進めていた。俺はそれを横目にスープの鍋をかき混ぜていた。野菜を切ったり食器を洗ったりと言った作業もしたかったのだが、体が上手く動かず細かい作業が出来なかった。病み上がりで何日も動かしていなかった弊害か。
イツキは少しずつ感覚が戻ると思うので、今は無理せず出来ることだけで良いと簡単な作業を俺に割り振ってくれた。
そしてもう一つ……。
「あら、このスープお野菜が細かくて良い味が出ているわね」
「……ありがとうございます」
帰って来た両親とともに食事をしていて分かったこと。イツキが作った料理全て野菜を中心とした食べやすいメニューだった。理由として汐李の両親の体調を考えたから、あと一つは俺、汐李の体を気遣ったものだ。
何日も眠っていた体に負担のないよう消化の良いメニューにしてくれたのだ。
どこまでも汐李のことを考えて行動するイツキは、俺をどう思って接しているのだろう。大切な汐李を消してしまった嫌な奴、それとも汐李を生かしてくれた恩人……?
汐李を演じ汐李として生きることが、俺には出来るのか。そして本当にこれで良いのか。何か汐李がちゃんと生きているのだとわかる方法は無いのだろうか、生きているのならどうにかして表に汐李を出す事はできないのか……。
優しい場所にいて良いのは、望まれているのは俺じゃ無い……。
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