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第1章 ファイナル・サーガⅦ遺跡

第1話 逢いたい時にヒロインはいない

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【レトロゲーム『ファイナル・サーガⅦ』の一幕】

 少年が少女の手を引きながら森の中を走っていた。少年はその背に剣を背負い、少女は左手に折れてしまったロッドの柄を握りしめている。

「もう、主人公《オクラ》ったら。そんなに急がなくても大丈夫だって」

「迷子にでもなって遅れてしまったらどうする? 伝説の宝具『ムーンロッド』を手に入れられるのは200年に一度、今夜がその機会だとカンドロの町の占星術師様が言ってただろ」

「私にそんな伝説の宝具なんて使いこなせるかなぁ? この見習いのロッドを修理して使えば充分だと思うんだけど」

「『伝説のシスター・メリス』、俺達の旅が終わった時にそう呼ばれる様になるんだ。そんな俺の嫁に相応しい物を手にして欲しいだけさ」

「待って。今、何て言った? 俺の嫁!?」

「ちっ、違う。俺の仲間って言ったんだ」

 そうして2人は先を急いだ。


 2人は世界を混沌に陥れた『邪星帝ネーブラ』を倒す旅を続けていた星に選ばれし者達だった。同じ村で生まれ一緒に育った幼馴染だった。その道中で立ち寄ったカンドロの町で幾度となく占星術師の言葉に従い、有用な道具、魔導書といった物を手にしてきた。だが、その過程でメリスが使い続けていたロッドが壊れてしまっていた。それを目に留めた占星術師の言葉に従いムーンロッドを求めている最中だったのである。

 山奥にある『月界の湖』。その湖面の中央に真紅に染まった満月が映し出された時、月の力が湖に注ぎ込まれ湖底に眠るムーンロッドの喪われた力を甦らせる。湖の中に泳ぎ入り映し出された満月の中で聖なる祈りを捧げた者の手にそれは委ねられる。カンドロの町で占星術師から受けた説明はそういったものだった。



 月界の湖、湖面の中央には真紅の満月の姿が映し出されていた。その中、というより宙に浮いて湖面に足を着けた状態のメリスは身体中から煙の様なものを噴き出しながら悶えていた。

「ぐっ……、ゲボッ、ゲボッ。ど、どうしてこんな?」

「メリスーーっ!」

 メリスに近付こうとした主人公《オクラ》は見えない壁に阻まれ一歩も前へ進めずにいた。そうこうしていると急にメリスの隣に人影が現れた。どこからともなく沸き宙に浮いている者の姿に主人公《オクラ》は見覚えがあった。

「あ、あれは占星術師様!? そうだ、メリスを! メリスを助けて下さい!!」

「キヒヒヒヒヒヒッ!! かかった、かかった、愚か者が」

「えっ? 占星術師様、どうして?」

「おぅ、そこにいる間抜け面は愚か者の片割れじゃな。我が名は黒双子座のベルカ、ネーブラ様の参謀として側に侍る者ぞ」

「ぐふっ……。そっ、そんな……。私達はずっとあなたに騙されていたの? うっ……。主人公《オクラ》! 私はもうダメ、あなただけでも逃げて」

「そなたらに役立つ道具の在り処を教えて信用させたのはこの時の為よ。騙された、裏切られたと悔しさを滲ませながら死にゆく者の表情を見るのが極上の楽しみでな」

「なんて酷い。つぅっ……」

「メリス! すぐに助けに行く、諦めちゃダメだ」

「つくづく愚か者め。この【星砕きの術】、一度始まれば止める事など叶わぬ。さあ、ネーブラ様に抗おとする愚かな星を一つ打ち砕け!」

「あうっ! ぐっ……。主人公《オクラ》、タラス村で採れたリンゴで作ったジャム。また一緒に……」

 何かが砕け散る音が鳴り響いた。メリスは全身をダラりとさせ、そのまま動かなくなった。その身体から金色に輝く小さな光の粒が無数に沸き上がると上空にある真紅の月に吸い込まれていく。

 やがて、その粒が現れなくなるとメリスの身体は湖に落ち沈んでいった。

「メリス~~~~!! メリスは壊れたロッドを修理すればいいと言っていた。それなのに俺が、俺がどうせならもっと強力な物を手に入れようなんて強引に連れ出してしまったから……」

「グッヒッヒッヒッ! ネーブラ様に対抗し得る星のチカラ、その芽は一つ摘み取らせてもらったぞ。では、さらばだ間抜け面よ」

「待て! 殺すなら俺も殺せ、この卑怯者め」

「そうそう。恨み、憎しみを滲ませる者の表情も我の好みでの。それを末永く楽しむ為に片割れは生かしておくのじゃ。助けたわけではない、苦しめる為じゃ。精々、恨めよ。ヒッヒッヒッ!」


 俺はその様な体験談を幼馴染の吉葉恵子に話して聞かせたところだった。根深蔵人《オレ》の家と隣同士、恵子は昔からよくうちの風呂へ入りに来る。

「何度思い出しても泣ける。これって、悲しい話だと思わないか?」

「どうせまたゲームの中の話なんでしょ? と言うか、まだそんな話をしているのか? 45歳いいとしして!!」

「ゲームをプレイしていた時間だって立派な俺の人生の一部だ。確かにあの時、あの場所にいた。それはもう俺の思い出と言っていいだろ?」

 恵子はイライラした様子で番台にある端末機にスマホをかざした。

「キャッシュレス導入したのはいいとして。今時、番台のある銭湯なんかに客は来ないよ、特に若い娘はね。私はおばさんだし、無料《ただ》だから来ますけどねっ」

「あぁ、なんか来年リフォームするらしいよ。水質検査で実は温泉湧いてるのがわかったみたいでさぁ。塩化物冷鉱泉だっけか? じっくり調べ直してみるもんだよな」

「らしいとか、さぁ、とか。お宅の銭湯でしょ?」

「経営者は親父。俺は両親が休憩中の時だけ手伝ってるだけだからなぁ。なんせ、子供部屋おじさんだし」

「そんなの誇らしげにいうな! あっ、そうそう。子供部屋住まいだってもう子供じゃないんだから私の裸見たら後が酷いからね」

「へいへい」

 さてと、うるさい恵子も風呂へ入った事だし。『ファイナル・サーガⅦ』の事でもゆっくり考えるか。あの忌々しいシナリオを思い出す事になったのは、古代遺跡群《アナザー・ダイヴ・リワールド》に近々追加されるからだった。

 最初にプレイした時。どこかで分岐の選択肢を間違ったか?と思い、少し前の方のプレイデータからやり直したものだ。ダメだったので、更に前へ。プレイステーションでは容量の都合でセーブ出来るのは3つまでだったのだが、どうやら手持ちデータでは戻り足りないらしい……。最初からやり直す羽目になった。万全を期してメモリカード大量購入、ばんばんセーブデータを残せる体制で臨んだ。

 それで結局ダメだった。こういう場合は恐らく最後の方で奇蹟的に甦るとか実は生きていた展開が当時の相場だった。そんなわけでメリスをロスしたまま進め……、えっ?このまま終わりなの?という感じでエンディングを見させられる事になった。

「まさか……、ヒロインを永久離脱キャラにしたのか!?」

 まさかと思った事がそのまま結論になった。最後の最後に甦った星のチカラで幻影として現れたメリスと再会する涙の真エンディングが用意されてはいたがそれだけだった。

 ヒロイン死亡。これは当時のゲーマーにとって非常に衝撃的な出来事で、もはや事件クラスの扱いとして記憶にこびりついた。それだけに発掘プレイヤーの間で話題の中心となっているのはメリス生存ルート、それか復帰展開が没データとして存在するのでは?という噂だった。

 やれる事は全部やった、俺はそんなセーブデータが入ったメモリカードを手の平の上で転がしながら記憶に探りを入れていた。何か疑わしいアイテムとか持ってたっけな?隠し通路がありそうでなかったのはどこだっけ?とか。古代遺跡群《アナザー・ダイヴ・リワールド》はじっくり調べ直してみる価値がある。
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