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第1話 ファイザル神殿①

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 ネルカイア大陸は戦乱の最中にあった。暗黒神ベイルードの降臨を望むレーゼン帝国の勃興により平穏は打ち破られいくつもの国が滅んだ。

 その中の一つ、ベルズウッド王国のレイス王子は辺境の島国に落ち延び16歳となっていた。王子が挙兵に及び小さな勝利をいくつか重ねた時、その旗の下には英雄と呼ばれる者達が集い将となって兵を率いる様になっていた。

 やがてレーゼン帝国軍を圧倒し帝都へと迫りつつあったベルズウッド軍は突如として進路を大きく変えファイザル神殿に向かった。それは敗勢に傾きかけた帝国に体勢を立て直す時をあたえてしまう事を意味したが、王子にはそうしてでもファイザル神殿に立ち寄るべき理由があった。

 王女エアリス(死亡)
 剣聖キルザード(死亡)
 勇士ディルマ(死亡)
 獣牙族長ドュルガ(死亡)
 雷弓士バルドア(死亡)
 聖槍士タスティオ(死亡)

 喪われし英雄を甦らせる、為に。


 僕達はファイザル神殿と呼ばれる地を訪れていた。外側から見たら一階建てにしか見えなかった神殿なのに、中へ入ってみたら上へ上へと続く長い階段が。まるで高い塔を登るかの様、随分と足が重く感じられたところでようやく最上階らしき場所に辿り着いた。

「フウラ、ここが天界の祭壇なのか?」
「はい。祭壇に神器ヴァジュラを捧げて祈れば女神パスティア様に我らの願う声が届き奇蹟が起こる。死んでしまった私達の仲間を甦らせる事が出来ます」
「そういう話だったね。でもその前に、1人、やはり本当に1人だけなのか?」

 登っている時は案内役を務めてくれた聖女フウラにこの神殿がどういう造りになっているか尋ねるつもりでいたが、いつの間にかそんな物はどこかに吹き飛んでいた。

「はい、伝承通りなら。その一度切りで神器ヴァジュラは砕け散るものと……。天に還ったかけらに女神様が神力を込めるのに1000年間ほど。再び人界に現れる頃には我らが存在しませんので……。すみません」
「いや、フウラが謝る様な事じゃない。死した人を想う心がなければ復活も叶わないという事か」

 僕は聖女フウラに悲しい顔をさせてしまった様だ。最初からそういうものだと聞いていたはずなのに、それを使おうという直前になって改めて尋ねてしまった。尋ねたところで何かが変わるわけではないとわかっていたのに……。

「レイス殿下、ここ最近ずっとお悩みの御様子でしたが。姉君、胸を張ってエアリス王女殿下をお選びになっていいのではありませんか?」

 その様に言って来たのは聖騎士ガイッツだ。そそもそもベルズウッド王国に仕える騎士で僕が兵を挙げた時に側にいた英雄と呼ばれる者は彼だけだった。だから、集まって来た英雄たちのまとめ役の様な存在になっていた。彼がそう言うのであれば、英雄たちの意見の大体はそうまとまっていたのかもしれないが。

「ここの存在を知ってこうして辿り着くまでの間、それなりに考える時はあったと思う。皆の考えはどうだろうか?」
「俺もエアリス王女でいいですぜぇ。あれだけの美女を拝みながら、護る為に戦っていると思えば随分と力が湧いたもんで」

 真っ先に答えたのは海賊ガイラ。海賊団の頭目だったが団を解散させてまで僕の軍勢に加わった変わり種だ。姉上を一目見て、残りの人生は人の為になる事をしようと心を入れ替えたらしい。本人はそう言っているが。

「王女殿下をその様な目で見るとは何と不遜な。そなたもレイス殿下にお仕えする身となったからには態度を改めよ。いつまでも野党気分でいられると我が軍の風紀にも関わるっ!」
「ガイッツの旦那だって王女様の前では妙にソワソワしてた癖に。俺はちゃ~~と見てましたぜ」
「きっ、貴様、どさくさに紛れて何を言うか! 臣下が王女殿下をその様な目で見るわけがないであろうっ!」

 まあ、僕もガイッシュが姉上に特別な気持ちを持っていた事くらい気付いていた。それくらいわかりやすかったとは思う。でも、その様な感情だけで姉上を推す様な人物でもない。彼は生粋のベルズウッド王国騎士、彼が口に出来るのはその名しかなかったはず。仮に他に意中の人がいたとしても、だ。

 そして、ガイラも粗暴な荒くれ者の様に見えて中々に繊細な人なのかもしれない。生前の姉上に対して臣下にあるまじき声をかけていたのは知っている。でも、それは姉上と姉上の想い人の背中を押す為にそうしていたんじゃないだろうか。その想い人、勇士ディルマはガイラの命を救った恩人で親友。亡き親友の想いを代弁して恩を返そうとした、僕にはそう思えた。

「ミーネ。君はどうだろう?」
「私も……。皆さまと同じくエアリス王女なら誰も文句はないかと……」

 小さな声で控えめにそう答えた。天翼馬騎士ミーネ、引っ込み思案の彼女はいつもこうだ、何か言いたい事があっても強く主張する事はない。全軍を預かる僕が選んだのであれば誰も異論は挟まないだろう程度に姉上を推しただけ。だけど、彼女の本音は違うはず。

「キルザードは。彼でなくていいのかい?」
「はい……。もう亡くなられた方ですから」

 亡くなったのは6名とも皆同じ、そこから誰にしようかと話しているのだから全く理由になっていない。ミーネの本心が剣聖キルザードにあるくらい簡単にわかった話だ、戦いが終わったら2人で小さな牧場を営む約束をしていた相手。珍しくミーネがそうキルザードに主張したほどなのだから。

 次の相手に尋ねるつもりで向き直った途端、目を逸らされてしまった。どういう事だろう……

「殿下、飛竜《マハル》にご飯をやらないといけない時刻なので私はこれで失礼させて頂きます」

 そう言って足早に出入口の扉の方へ行ってしまったのは竜騎士のユスクだ。呼び止めたが戻ってくる様子はない。途端に僕の側へ身を寄せてきたのはガイッシュだった。

「ミーネとキルザードの仲は公のもの、殿下のお耳にも届いたでありましょうが。その……、キルザードはユスクとの間にも色々とありまして」
「そ、そうだったのか。では、僕はユスクの気分を害しただけではなくミーネにも気を遣わせてしまったのだね……」
「臣下の色恋事なぞを主君が逐一に把握せねばならぬなどという道理はございませぬ。どうかお気に召されず」

 そうか、ユスクが答えたくない理由は他にもある。そもそも僕は勝手に彼女が望むのは1人だけだと思っていた。エアリス姉上の想い人で海賊ガイラの命の恩人で親友でもある勇士ディルマ。ユスクにとって実の兄にあたる人。

 元恋人キルザード、兄ディルマ。どちらの名を挙げてもいろいろと差し障りがある。答えない、ユスクは最良の答えを出したのかもしれない。
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