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第7話 ダ・カーポ

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 ビルザの町に到着してすぐに目に入ったのは外周の壁の至るところにある無数の傷だった。それは幾度も魔物の襲撃にさらされた事を物語っていた。

 ルテットは町の中へ入るなり一際高い望楼を目指して駆けた。そして、その上に立ち町BGM【今日も迎えられる朝】の魔奏を始めていた。その音色は町中の至るところから響き始め、魔物の侵入を阻む結界の様なものが町の周囲を覆ってゆく。これで、ビルザの町にも平穏な毎日が訪れる、はずであったが……。

「んっ!? なんだ、ノイズか」

 一度吹けばあとは勝手に町自体が魔奏を続けてくれる。そのつもりでいたルテットはティンホイッスルをしまいかけていた手を止めた。音が割れているというか妙な雑音の様なものが混じっていたからだ。

 そして、音が次第に小さくなっていくのを確かめると再び口に当てると強く息を吹き込み始めていた。

 すると、町のどこからか轟音が響いてきた。それは何かが崩れ落ちる様な音だった。完全に町BGMが止んでしまうと町の周囲を覆っていた青白い光も蒸発するかの様に消えてしまった。

「くっ、どうなっているんだ?」

 辺りを見回したルテットは随分と騒々しい一角に気付いた様子でそこを見つめていた。そして、足早に壁を降りるとその一点を目指して駆け出していた。


「壁の内側が崩れちまってる……。後で外側も様子を確かめておいた方がよさそうだな。それにしても、これじゃ次に魔物の襲撃を受けた時にここから破られるぞ」

 見た瞬間、俺もそう思った。崩れていないところにも亀裂が入ってしまっている、中型程度の魔物が何回か突進でぶつかってきたら完全に穴が空きそうだ。

 恐らくこれまでの魔物の襲撃で相当に傷んでしまっていたが、外見からはわからず大した補修されずにいた箇所なのだろう。音は振動だ、そんな状態で町BGMの共鳴をさせたのが止めになってしまったか……。

「ルテット殿、これはどうした事でしょう?」

 俺の右側に立ったコレットさんが大きく崩れた壁を見つめて目を丸くしている。その傍らには小柄な初老の男性の姿が。当初の予定通り、町の長を連れて来てくれたのだろう。

 予定通りであれば今頃は町自体が町BGMを共鳴させ常にそれが鳴り響いている町となっていた。最初の内は町の人々も何事が起きたか?と不思議がるはずなので、あらかじめ長には説明しておいて長の口から町の人々に伝えてもらう。こういう場合、なじみのある束ね役の口ほど信頼感のあるものはないはず。

 その為、俺達が町に入った後にコレットさんは町の長の家を訪ねてもらっていた。こういう場合、ファーレン王国の紋章を持つ身分のはっきりとした者ほど信ずるに足る存在はないはず。という感じで手配した長の登場だった。

 当初の予定とは随分と違う展開にはなってしまったが町の長からの説明で町の人々には納得してもらえた様だ。取り敢えず、町に住む職人たちの手ですぐに壁の補修に取り掛かるそうだ。前回の魔物の襲撃は約2週間前、いつも通りの周期なら約2週間ほど補修の猶予があるという。

 町の人々が散開したので俺達もそろそろ宿に、と思ったのだが。鍛冶師のバステさんだけがいつまでの崩れた壁の側に近寄りじろじろと眺めている。時折、ハンマーで壁を叩いては音を確かめてもいる。

「バステさん、何か変わったものでも?」

「この壁にはバルダン鉱石が埋め込まれている。町自体が演奏するのはどういう仕組みか気になっていたが、バルダン鉱石か。なるほどな」

 ばるだん?初めて聞く鉱石の名前だ。そう言えばFクエには武器素材としてアダマンタイトやらオリハルコンとか出て来るけど、そう言った特別なものだろうか?

「詳しく教えてもらえますか? 魔奏をする者として出来れば知っておきたいので」

「確かに、そりゃそうだな。バルダン鉱石には中に魔力を取り込んで増幅させる特徴があるのさ。例えば、魔法使いや神官が使う様な杖の先に丸っこい石が付いてるだろ?あれなんかそうさ」

「えっ? あれは特別な宝玉とかじゃないんですか?」

「そう、特別に強力な物を造ろうとしたらそういった物を使う。だが、特別な物は値段も特別になる。誰も彼もが買える様な代物じゃねぇ。そんなのばっかり造ってたら鍛冶屋はどうなると思う?」

「そうか、原価の高い在庫を貯め込んで破産ですね。それに、魔法を得意とする多くの人達が杖不足で困ってしまう。そうなると魔物の増殖も進む」

「えらく物分かりがいいじゃねぇか! だから、上質の宝玉に比べたら随分と落ちるが手頃な値段で誰もが買いやすい品を出来るだけ多く造った方がいい。バルダン鉱石は庶民の味方というわけだ」

 なるほど。ゲームの時、その気になれば武具屋で無限に買う事が出来た武具たちは代替素材で造られた様な量販品だったわけだ。

「少し話がそれちまったな。壁の何か所かに埋め込まれた鉱石はルテットの魔奏を貯め込んで何倍にも増幅させて少しずつ外に放出している。そして、それぞれの鉱石同士で反響を繰り返しているからずっと鳴り続けられる。きっと、そんな仕組みだろうな」

「なるほど。その内の1つが粉々に砕けてしまったからうまく反響させられないという事ですか」

「そうだな。今はこんなに小さなかけらしか残っていないが元のサイズのヤツならそのくらいの効果は充分にあっただろうな」

 バステさんの足下には紫色の粉の様なものが散らばっていた。そして、彼の手には粉にならずに済んだ部分、紫色に輝く石が握られていた。

「バステさん。では、この壁を補修するならバルダン鉱石の埋め直しもやらないとあまり意味はないという事ですね?」

「ああ。せっかく壁を直しても、この先の何回かの魔物の襲撃を防げるだけだ。魔奏を共鳴させられる状態まで直さない限りはずっとその繰り返しになる」

「じゃあ、俺がバルダン鉱石を採りに行きます。どこに行けば?」

「ん? 確かに採りに行けばいいんだろうけど、行けるかな……。産地はガモス王国、あそこの特産品みたいなもんだけどな……」

「ガモス王国ですか……」

 ゲームの時、勇者一行がそこに辿り着くのは物語の中盤ほど。俺達はまだ序盤と呼べる様な地で足踏みしているわけで、そこに行ける様になるにはまだまだ時間がかかる。

 しかも、ゲームの時とは違う展開をし始めているこの世界。この前、ガモス王国は魔王軍の攻撃で陥落してしまったばかりだった……。

「他にバルダン鉱石がある所と言えばファーレン王城とオルザノの町の壁の中かな? だが、あれをぶっ壊して取り出すわけにもいかねぇだろうな~~」

 バステさんはコレット姫に視線を送りながらそう言ったが姫はこれと言って返す言葉もなくうつむいたままだった。確かに土台無理な話だ。

 だが、待てよ。

「皆さん! ミルザの町へ来たばかりですが。ファーレン王城へ戻りましょう」

 そう言った俺を3人は不思議そうな表情で見つめていた。
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