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最終話 君の瞳は何を見る
しおりを挟むやがて小鳥は速度を落とし、とある森のある場所に降り立った。
極天ははじめ此処がどこかわからなかったが、何故か見覚えがある気がした。
少しだけ考えて、此処が、はじめてアマネを見た森だと思い出した。
あの時からアマネの旅が始まり、自分の時が動き出したのだ。
黒い小鳥は大木の根っこに止まった。
極天も、ゆっくりと木の根本、小鳥の側に腰を下ろした。
空を見上げる。
穏やかで、美しい青空が今日も広がっている。彼女達が消えてから、ずっと穏やかで平穏な日が続いていた。力を世界に返し巡る、という意味が何となくわかる。
「アマネ。今日も良い天気だよ。君が救った世界は、こんなにも美しい」
空を見上げたまま、極天は独りごちる。黒い小鳥と共にある時、極天はこうやって反応を返さない小鳥に話しかけていた。言葉が通じているとは思わないけれど、語りかけずにはいられなかったのだ。
だから、これにも深い意味は無かった。習慣のようなものだ。
だが、今回ばかりは。
「……そう、ですね」
返事が、返ってきた。驚いて、思わず極天が振り向くと、そこには。
「ア、マネ………」
黒い小鳥は消えて、はじめて会った時そのままの、仰向けに寝そべっているアマネが、居た。ただ、黒いサラサラの髪や顔形は記憶そのままだが、瞳が、小鳥と同じく金色と深い緑色になっていた。
もちろん極天は、アマネが漆黒の瞳を捧げた事は知らない。だが、その両の眼が変わっている事にただならない物を感じていた。
極天が驚き戸惑っていても、アマネはぼんやりした表情のまま青空を見つめていた。あの時のように。
「アマネ?」
声をかけても、視線すら動かさずアマネは空を見上げていた。
「帰って、きて、くれたのか?」
変わらず無言だった。極天は眉を下げながらも、アマネをしっかり見つめた。
「怒って、いるのか? すまない、君を勝手に呼び戻してしまって。でも、俺は、君が帰ってきてくれて、本当に嬉しいんだ」
極天は今までしてきたように、真摯に、話しかける。
「君の最後の言葉が、今でも耳の奥に残っている。さよならなんて、ありがとうなんて悲しい事、言わないでくれ。これからは俺と一緒に、この後の時間を生きてくれないか」
はじめてしっかり口にされた愛の言葉に、アマネは、泣きそうに眉を寄せた。未だ極天を見ないが。
「君が、好きなんだ。君をもう失いたくない。一緒に居て欲しい。長く生きてもこんな陳腐な言葉しか出てこないような奴だが、どうか、返事を聞かせてくれないか」
また無言だろうかと、極天か再び口を開いた瞬間。
「ぼ、ぼくは」
アマネが、久しぶりに声をあげた。極天は静かに次の言葉を待った。
「……この世界に、居ては、いけないのだと、思っていました。よそ者ですし、持っていた力も、危うい。みんなに良くしてもらったから、僕はみんなを、傷つけたくなかった」
「うん」
否定も肯定もせず、ただ極天は相槌を打った。
アマネは両手を上げて、顔を覆った。目の端にキラリと光る水滴を隠すように。
「みんなをどんどん好きになっていく内に、どんどん、怖くもなって。僕にはそんな価値無いって、やっぱり思ってしまって。……でも」
顔を隠したまま、震える声で言葉を紡いでいたアマネだが不意に、言葉を切った。泣きそうに、声を上げた。
「こんな僕でも良いって、僕だから大事なんだと言ってくれる人たちが居たから。……あなたが、僕を、望んでくれたから。僕も、此処で、あなたと、あなた達と生きていきたい、です」
バッと極天がアマネを見ると、顔が隠されたままだったが、耳が真っ赤になっていた。
「アマネ! 本当か」
嬉しそうに声を上げる極天に、アマネはこくりと頷いた。思わず極天は、アマネを抱きしめた。抱きしめられたアマネはビクッとしたが、拒否らしい拒否はしなかった。
「良かった。アマネ、君の事が好きだ。戻って来てくれて、本当にありがとう」
極天の声も震えていた。
アマネは顔から腕を外し、自分に覆いかぶさる極天の背におずおずと回した。
それに気づき、嬉しそうに極天はギュッと抱きしめる腕に更に力を入れた。
「あ、の、極天さん、ちょっと、苦しい」
「あっ、すまない。起きれそうか?」
苦しそうなアマネの声に極天は腕の力を緩め、今度はアマネに手を差し出した。アマネはちょっと躊躇ったが、その手を取った。その白く細い手も、確かに暖かかった。極天は泣きたくなるくらい、それが嬉しかった。
上体を起こしたアマネは、そんな嬉し泣きの表情をしている極天を、見た。
見られた極天は少し微笑み、アマネを見つめた。その、夜空色の瞳で。
「あぁ、その瞳も美しいな」
そっと差し出された極天の手を受け入れるアマネ。
「僕の、瞳。今、どうなっていますか?」
「綺麗な金と緑になってるよ」
「あぁ……二人に、貰ったんです。感謝を受け取って欲しいって、こういう事だったんですね」
アマネは一粒、ポロリと涙を流した。嬉しそうに微笑みながら。
その美しさに見惚れる。
「良く似合ってる。美しくて澄んでいて、まるで君の心のようだ」
「あ、あの」
恥ずかしそうに、謙遜する表情になるアマネに、極天は言葉をかけ続ける。
「君が帰ってきてくれて、本当に嬉しい。もう一度、いや何回でも言うよ。君が好きだ」
真面目な顔で見つめてくる極天に、本当の望みが同じだったひとに、アマネはキュッと唇を結び、目頭から溢れてくる涙をこらえながら、笑った。
「はいっ。僕も、極天さんが、好きです」
「っ、ああ! お帰り、アマネ」
「……ただいま! 極天さん」
二人は抱き合い、自然に見つめ合い、自然の流れのように口づけをかわした。触れるだけの軽いものだったが、確かに暖かな心の交流を感じていた。
アマネは、思う。
(昔は、自分さえ我慢していれば良いと思っていた。だけど、今ならわかる。誰かの為に自分を犠牲にするのは、自分を捨てるのとは違うんだ。自分を、活かす事なんだ。それを教えてくれてありがとう)
涙ぐみながらも、幸せそうな顔をして見つめ合う二人。
極天がアマネの目から溢れる涙を拭いながら、笑いかける。
「これから、もっとこの世界は良くなる。俺はもう妖王では無いし、一緒に、変わっていく各地を見て回らないか?」
「はいっ。僕、この地の美しい所を沢山教えてもらいました。あなたにも、教えてあげたい」
「ああ。君が綺麗だと、美しいと思ったものを俺も見てみたい。――なあアマネ、教えてくれ。
君にこの世界はどう映る?」
「そうですね、この世界は―――」
終わり。
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