漆黒の瞳は何を見る

灯璃

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最終決戦 ー黒き瞳は、動揺するー

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「つかまえた!」
「なっ、ぶ、無礼者!離せ、離しなさい!」

 突然アマネに抱き着かれた形の紫は、もちろん抵抗した。自身に取り込んだ呪いの力を使いアマネを引きはがそうとするが、どうしても、アマネはびくともしなかった。
 黒い呪いは、自身すら害するために躊躇ってしまった間に、思いもよらないほどの強い力で抱きしめられていた。

「離せ! 触るな! 離れろ!」

 紫が、もう体裁も気にせず叫び、がむしゃらに暴れる。
 だがアマネは離さない。ねいとめいの力のおかげで、振りほどかれずに済んでいるが、無茶苦茶に紫が暴れるので、長く続くとこちらの限界が先にくるかもしれない。アマネも必死だった。

「紫さん! 話をしましょう!」
「お前とする話など無いと言っている!」
「じゃあ、なんでずっと泣いているんですか!」
「はあ?」

 またしても、アマネの想いもよらない言葉に、紫が一瞬固まった。アマネは力を緩める事なく紫を抱きしめ続けた。

「泣いていなくても、泣いていますっ。僕にはわかります。あなたはずっと、その顔に微笑みを張り付けて、泣いて、怒ってたっ。だけど、あまりにも貴女が完璧だったから、誰もそれに気づかなかった、気づけなかった。貴女は、本当は気づいて欲しかったんでしょう? どうして怒ってるの? なんで泣いてるの? って」
「っつ!」

 再び紫が暴れ始めたが、先ほどまでの狂ったような引きはがそうとする意思は感じられなかった。ただ、自身の感情や衝動と戦っているようだった。

「ねえ、紫さん。どうして、怒ってるの? なんで、泣いているの? 本当は、どうしたかったの?」

 アマネが静かに、優しく語り掛ける。
 暴れる力が次第に弱まり、だんだん身体が小刻みに震えはじめた。
 怒りで身体が震える事も、悲しみで肩が揺れるのも、どちらも見て来たアマネには今、紫がどういう感情なのか、わからない。だから、ただ抱きしめたまま、紫の答えを待った。

 しばらく、無言と無音が続く。

 それでも辛抱強くアマネが待っていると、暴れる事は無くなり、ただ、身体が小刻みに震えていた。しかし決してアマネは抱きしめた力を緩めないし、離れない。

 紫の身体は、驚く程冷たい。
 人の体温という体温が感じられない。
 だが、確かに此処に居るのは、紫なのだ。

「……なの」

 不意に、紫の声が聞こえた。それは小さなちいさな呟く声だった。だが、アマネは聞き返す事なく、はい、とだけ相づちを打った。

「わ、わたくし、は」

 か細く聞こえてくる声は、身体と同じように震えていた。
 あぁ、と無力感にも似た溜息が吐き出される。

「ただ、瞳を……」
「はい」
「わたくしの、ものを、返して、欲しかっただけなの……」

 自分のもの、という言葉にアマネは複数の意味を感じ取っていた。物質的な瞳だけではなく、それに付随する力や美、尊敬や自負、誇り。色々なものを、一気に彼女は奪われたと感じていたのだ。
 紫から吐き出される声を、アマネはただ、静かに聞いていた。

「わたくしの、瞳は、霊石は、本当に綺麗で。こんな宝石のような、美しいものをくれた宿命に最初は、感謝、していた。だって、みんな褒めてくれる。みんな、綺麗だねって価値を認めてくれるから」

 震えた声に、少しづづ、嗚咽が混じり始めた。 

「だけど、裏返せば、それは、瞳が無い、わたくしという身体や頭には、価値が無いと、言っているも、同じ。この血であっても、紫という女は、居ても、居なくても、一緒なのよ」

 うぅぅ、と噛み殺したような嗚咽が漏れる。悔しさがにじみ出る嗚咽にアマネは、いいえ、とハッキリ否定を口にした。

「貴女を尊敬し、信頼し、敬愛している人達は、貴女の瞳が無くてもそうしていましたよ。それは貴女自身、紫という人へ向けたもの。違いますか?」
「違う! そんなものはまやかしよ、どうにでも操作できるものだわ」
「そうですか? 本当に心理的に操作しただけで、あんなにも貴女を慕う人達が、増えるでしょうか。僕にはそう思えません。だって、下っ端の隊長さんだって、貴女に心酔していた。声をかけて貰って嬉しそうだった。それって、凄い事じゃないですか? それは、貴女のしてきた事の証明には、なりませんか」

 少しだけ、考えるように黙った紫だったが、ふるふると首を振った。どうあっても認めようとはしない頑固者に、アマネはちょっとムッとした。

「貴女は、自分が全て操作したって言いますけど、本当にそれだけですか。全て計算して、損得勘定だけで決めた事って、案外伝わりますよ」

 反応を返さない紫に、アマネは少しだけ息を吐いて、今度は穏やかに話しかけた。

「貴女のしたことは許せないけれど、僕は、貴女の事を嫌いになれない。どうにもならない事に傷ついた、貴女の事を。……僕は、義理の母に日常的に酷い事をされてました。今なら酷い事だったって言えるけど、当時はそれが当たり前だと思ってたから、わからなかった。だけど、わからなくても、やっぱりある日限界を迎えてしまった」

 突然自分語りをしはじめたアマネに戸惑ったが、紫は黙っていた。
 
「限界を迎えるまでどうにもできなかったし、迎えた所で、僕は自分を終わらせることしか思い付かなかった。
だから、紫さんの事、本当に凄いって、羨ましいって思った。尊敬してしまった。本当は僕は、こんな偉そうな事言える人間じゃない。けれど、そんな貴女を救いたいと、我儘を言ってここまできました。僕一人の言葉じゃあ、想いじゃ全然足りないと思うけれど。どうか、紫さん。僕の想いを、受け取ってください」

 うぅぅと再び噛み殺すような嗚咽が漏れ聞こえた。
 だがそれはもう、悔しさや怒りからくるものではなかった。ただひたすら衝動的に出てきてしまう感情を、どう処理していいのかわからずに漏れてくるもののようだった。
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