漆黒の瞳は何を見る

灯璃

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空中推察

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 見送りの妖たちが見えなくなるのは、早かった。
 極天が方向を変えたというのもあるし、ここは山の中腹であり、降りるだけなら物凄いスピードがでるからだった。目を開けていられない程だ。
 アマネはひたすら極天にしがみつき、耐えていた。二人、空を飛んで運んで貰って慣れたような気がしていたが、そんな事はなかった。
 極天の腕の中は暖かく、不思議と安心感があったが申し訳無いとも思っていた。アマネは成人男性としては軽いとはいえ結構な重量で、腕だけで抱えるのは大変だろうと思っていたが、女性の炎陽の背中に乗って飛んだこともあるし、不思議な力が働いているのだろうという事で自分を納得させる事しかできなかった。



 しばらくは下りているような感覚であったが、ある時から身体が水平に保たれているような感覚になった。少し、スピードも落ちているようだ。
 恐る恐るアマネが目を開くと眼下には、荒れ果てた田畑。
 山からはとっくに下りて平野に入ったようだ。
 アマネのしがみつく力が弱まったがわかったのだろう、極天が声をかけてきた。

「アマネ、大丈夫か?」

 思ったよりも近くから降って来た声にドキッとしたが、努めて平静にアマネは返事をする。

「はい、大丈夫です。……それにしても、人里の様子が何かおかしくないですか。呪いの影響でしょうか」

 少しだけ下を見ながらアマネが言うと、ふむ、と考えるような声がまた上から振ってくる。少し、心臓に悪い距離感。

「そうかもしれないが……。呪いは、玉兎の封印の隙間から這い出てくるものだ、と俺は思っている。だから、妖には声だけが聞こえるし、人に聞こえないのは、金卯がもっと直接的に害を与えたいと願っているが、封印で邪魔をされている、のではないかと思っている。金卯にしては、回りくどいやり方のように思うが」

 極天の言葉にアマネも考える。もう、はるか昔のように思われる、おひい様との会話。

「極天さん。僕は人の都で、田畑が荒れ不作になって、妖や獣が暴れ狂い被害が出ている、と、姫と呼ばれている人に聞きました。……でも、なんだかおかしいですよね? 妖が暴れるのは呪いの影響だとして、田畑の不作は、どこからきたんでしょう」

 考えながらアマネがそう言うと、極天はまた考え込みながら、口を開いた。
 
「それは、わからないな。
俺たちもあの大旱魃から学んで、人の里に流れる川の水だけは絶やさないようにしていたんだ。君も見ただろうが、水の中の祠にあった玉兎の勾玉、あれは、ここら辺一帯の山からの水を調節していたんだよ。だから、水が足りなくなる事は、俺が知る限りではない。だが、水があるのに不作というのは。やはり呪い、の影響なのだろうか?」

 極天も不思議そうであった。アマネは、さらに玉兎と会った時の言葉を思い出す。

「あの人は、むらさきさんは、瞳を子供の時にとられた事に怒り、恨み、金卯さんの呪いと呼応して悪影響を強めた、と、玉兎さんが言っていました。……もしかして」

 嫌な汗が、背中を伝ったのを感じた。
 思えば、最初から感じていた、紫への少しの違和感。全てが繋がるとしたら、答えは、一つ。

「まさかあの姫が、人を呪っている、というのか?」

 極天が信じられない、という風に声を上げた。思わずアマネは顔を上げ極天と目を合わせる。

「でも、そうとしか考えられないんです。
僕は、結果的に各地の妖のひとたちの所に行ったけれど、どこも呪いで狂ってしまうかもしれないという以外は、穏やかな暮らしだった。食べ物に飢えて困っていなかった。人より強いから困ってなかっただけかもしれないけれど、人々はもっと粗末な食べ物だった。
そんな事、あります? 人が不作なら、妖の田畑も不作でないとおかしいでしょう。誰かが、あなたの言葉を信じるなら、金卯さん以外が、人を呪っているとしか考えられない。……その動機があり、おそらくそれが出来るのは、あの人だけ、です。だから最初、姫に気を付けろ、と言ってくれたのですか?」

 考えをまくしたてるアマネに、極天は少し落ち着け、とだけ声をかけて、また考えるように宙を見た。

「いや、まさかそこまで危険人物だとは思っていなかった。ただ、定期的に式を飛ばして様子を伺っているんだが、あの子が兄を唆し、帝こそ名乗っていないが中心に座ったのを知った時、おそらく目的の為に手段は選ばない人物なのだろうと思った。君が、そういった人に唆され人側の原理だけで働かされてしまわないかと思って、そう言い置いたんだが……覚えていたんだな」

 ちょっとだけ恥ずかしそうに苦笑する極天を未だ見上げたまま、アマネはふと思う。

「僕がその言葉を覚えておらず、妖と敵対するとは思わなかったんですか?」

 優しい目で、極天はアマネの言葉に応えた。

「……玉兎が言ってただろう。連れて来る存在は、悲しい存在だと。悲しみを知っている者は、優しいものだ。だから、君が敵対する事は無いだろうと思った。ただ、人の世ではどうしても孤独だろうから、何もできないがせめて意思のあるものをと思って、小鳥を付けたんだ。結果的に良かったようで、なによりだよ」

 小鳥は、ヒヨはやはり極天の心遣いで側に居たのだ。それだけでも、アマネは胸がジンとするのを感じた。
 ヒヨがいなければ進めなかった事、決意できなかった事がある。間違いなく、ヒヨの存在は自分の中で大きいものだ。そして、そのヒヨを通じて感じた、極天の優しさに改めて感謝を口にした。

「そう、だったんですね。ありがとうございます、極天さん。ヒヨが居てくれたから、僕はここまで来れたような気がします」

 そのお礼の言葉に相づちを打つだけで、極天は言葉にしなかった。アマネにも確かに通じるものを感じたが、それだけである。胸の痛み。

 アマネは、ふと視線を逸らした。
 すると、向かう方向性の空がどんよりと黒くなってきている事に気づいた。
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