漆黒の瞳は何を見る

灯璃

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決意の朝

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 翌朝。
 目が少し腫れている気がするが、目覚め自体はスッキリとしたものだった。悩み事が少し先に進んだからだろうか。
 眩しい朝日をぼんやり眺めていたら、ヒヨが元気よく鳴きながら部屋に入ってきた。どうやって入ってきてるのかと思ったら、廊下と仕切る欄間の隙間から入ってきているようだった。

「おはよう、ヒヨ」
 ピィー!

 ご機嫌にヒヨは鳴いて、いつものようにアマネの肩にとまった。いつものように小鳥を撫でると、いつものようにうっとりと目を閉じる。その様子を見て、アマネは微笑んだ。

「……ヒヨは、僕のこと、好き?」

 ふと、言葉が口をついて出た。出会ってからこれまでずっと、うっすらと感じていた事。

 ピィー!

 ヒヨは、少しも間を置かず高らかに鳴いた。それは、少し誇らしげにも聞こえた。
 この小鳥に意思があり、その意思に従って一緒に居てくれた。それは、無視され続けたあまねにとって、どれだけ嬉しい事か。どれだけ喪失の予感だけで恐ろしくさせる事か。
 しかしそんな事、小鳥には何一つとして関係ないのだ。小鳥は、ヒヨはヒヨの意思で、アマネが好きだと素直に告げた。
 そのただの肯定の意思が、嬉しい。
 こちらに来てから、ヒヨや妖のみんなのおかげで、その、ただ普通の好意や肯定がこんなにも暖かく、嬉しい事を知った。周、を思い出して改めて感謝する。

「っ、ありがとう、ヒヨ。僕の最高の友達」
 ピィー!

 誇らしげに鳴くヒヨに、アマネは少し涙ぐんでヒヨにそっと頬ずりをし、微笑んだ。
 ふと、アマネは思う。
 金卯もそうだったのではないか、と。極天側からしか過去を見ていないので何とも言えないのだが、友達だ、と断言するにはそれなりの理由があった筈だ。でなければ、あの最後の最後で言わないだろう。
 極天が、極天の意思で側に居てくれた事が、嬉しかったのではないだろうか。自分を頼りにしてくれた事に、他との関わりを作ってくれた事に救われていたのではないのだろうか。

 アマネは、そっと目を閉じた。
 やっぱり、極天あのひとだけが罰を受ける事は、無いように思う。それを解放してあげたい。そして、残りは家族と穏やかに過ごして欲しい。
 そう心から思う。
 そこに自分はいらない。……望んではいけない。

 すこしだけ寂しそうに笑うアマネに気づいて、ヒヨは元気づけるように羽ばたき、鳴き声を上げて歌のようなものを歌い出した。
 その様子にビックリしたアマネだったが、その思わぬ上手さについ笑ってしまった。

「わあっ、ヒヨは朝から元気なのです~。あっ、アマネさま、おはようございます! 身体は大丈夫ですかっ」

 と、アマネが笑っていると、ねいが挨拶をしながら入ってきた。
 ねいで、アマネはどこかホッとしている自分に気づいた。極天に会うには、平常心が試されるようになってしまった。ようやく家族らのおかげで生きる方に気持ちが傾いてきているのだ、下手な事を言ってその気持ちを揺れさせたくない。

「おはよう、ねいちゃん」
「おはようございますっ。アマネさま、大丈夫ですか?」
「うん、もう大丈夫だよ。ほら、なんともない。前みたいに目も痛く無いし、万全の状態だよ」

 ねいが心配そうな顔で寄ってくるので、アマネは立ち上がり、ねいに笑いかける。
 アマネの真正面に来た時、ねいは何か言い難そうにモジモジしていたが、アマネが首を傾げると、意を決したように口を開いた。

「アマネさまは、これからも一緒に居ますか? これからも、ねい達と、一緒に居てくれますか?」

 ああ、なんでこんな風に願いが素直に口に出せるのだろうか。
 アマネは少し眩しそうに目を細めた。そして、ゆっくり微笑む。

「まずは、御霊様の呪いをどうにかしないとね。そうしないと、色々終わらないから」

 アマネの穏やかな言葉に、ねいの眉が悲しそうに下がる。しまった、誤魔化せなかったか、とアマネが内心冷や汗をかいていると、

「御霊さまは、すごくすごい存在なのです。アマネさま、ねいは、何もお手伝いできないのです……ごめんなさい」

 きゅーんと、とても悲しそうな声で、そう言われた。服の裾をキュッと握られる。
 アマネも、胸がきゅーんとした。そして、小さな弟が半ベソをかきながら同じように服の裾を掴んで居た事を、ふと思い出す。その時の愛しさは、思い出せて良かったものだ。今までも感じていた懐かしさ、のようなものを思い出せたのは、アマネの心を温かくさせた。
 アマネは、今度は困ったように笑いながら、ねいの頭を優しく撫でた。

「謝らないで、ねいちゃん。君がそう思ってくれた事が、僕は嬉しいよ」

 そう本心を口にしたが、ねいはますます唇をぎゅっと結び、服の裾を握る力を強くする。ぴょこんと、犬耳と尻尾が出て来て垂れたが、本人は気づいていないようだ。

「嘘だもん。ねいが何にも出来ないから、アマネさまそう言ってるんだ」

 意固地になる幼子に、アマネの目尻が和らぐ。
 アマネはしゃがみこみ、ねいと同じ目線になった。

「嘘じゃないよ、ねいちゃん。僕は昔、何も信じてもらえない、何も出来ない子って言われてたんだ。その僕が、こんなにみんなに頼られてる。信じてもらえてる。それが、こんなに力をくれるなんて、はじめて知ったんだ。ねいちゃん、僕の事、御霊さまの呪いをなんとかできるって、信じてくれる?」
「っ、もちろんなのです! アマネさまは凄いひとなのです! そんな酷い事言う人、ねいが噛み付いてやるのですっ!」

 泣きそうな顔から一転、ふんすふんすと鼻息を荒げ怒り出すねい。その感情の移り変わりの速さに、アマネの口からまた笑みがこぼれる。

「ありがとう。だからね、ねいちゃんが僕の事を信じてくれたら、僕はそれに応えたくなって、もっと頑張れると思うんだ。それは、ねいちゃんが僕の為に出来る事じゃない? 凄い事だよ、誰かを強くするって」

 ねいの顔が、驚きからぱぁあっと輝き出すのがわかった。瞳が光りはわぁあと口が開くのが、可愛らしい。
 ヒヨも、ねいの頭の上にとまり、ピィーと高らかに鳴いた。

「ねいにも出来る事なのですっ。アマネさまが強くなるように、ねい、一生懸命お祈りするのです。信じるのです! アマネさまならできるのです! 全部やっつけて、ねい達の所に帰ってきてくれるのです!」

 輝いた顔のまま、にっこにこの笑顔でそう言われ、アマネは微笑みながらまた眩しそうに目を細めた。

「うん……ありがとう、ねいちゃん」

 そしてぎゅっとねいの身体を抱きしめた。柔らかくて、暖かい。小さな、だけど大きな命の鼓動。
 ねいはキョトンとしていたが、ねいもぎゅっとアマネを抱きしめかえした。

「アマネさま、あったかいのです」

 その暖かな身体に、嬉しそうな言葉に、アマネはちょっとだけ涙を流した。ねいに見えないように涙を拭い、身体を離す。

「ありがとう、ねいちゃん。僕、凄く元気もらっちゃった」
「えっ、アマネさま元気になったのですかっ、良かったです~」

 にっこにこの笑顔のままのねいの手を握る。暖かいが、少し硬い手に、弟とは違う事を感じる。でも、同じく慕ってくれる子。
 ここで生きていきたいなあ、と改めてアマネは思う。
 でも、この子たちの為にならないのなら、自分を消すのも厭わない。これが自分を肯定できない自分の、最高の使い道のような気がする。僕はもう、ここの人達の事が好きなんだ。
 その気持ちが確認できただけでも、嬉しいと思う。

 にっこにこのねいと手を繋いで朝食の部屋に入ると、玄武が優雅に朝食をとっていた。極天は居ないようだ。

「おはようございます、漆黒の君。お加減はいかがですか」
「おはようございます。もうだいぶ良いです。ねいちゃんに、元気分けてもらったので」

 玄武の挨拶に応えながらねいを見ると、えっへんと胸を張っていた。玄武が苦笑する。

「ねいは、元気だけは、有り余ってますからね」
「えっへん」

 ついには口に出して胸をそらせるねいに、二人して笑ってしまったのだった。ねいは、きょとんとしていた。
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