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夜の灯火
しおりを挟む夜。
アマネの部屋の扉を叩く者が居た。
寝付けずに起きていたアマネは、少しだけ考えて、どうぞ、と言った。
「夜分にすまないね。失礼するよ。気分はどうだい、アマネ」
入ってきたのは、やはりというかなんというか、極天だった。
だが、その顔はどこか地下で見た時よりも晴れやかに見えた。少しだけ首を傾げながらも、アマネは努めて普通の返事を返した。
「はい、だいぶ良いみたいです。これからのお話ですか?」
灯火を点けながら、部屋に用意されていた椅子に腰かけると、極天もその前に座る。その顔は、神妙。
ますますわけがわからないアマネは、黙って極天からの言葉を待った。
「まず、一つ。先ほどは、すまなかった。ねいと玄武にも叱られてしまったよ、自分が消えても良いなんて、言わないで欲しいと。……一緒に居たいんだと言われた。今までどこか、その言葉を俺は軽く考えていたようだ」
深く頭を下げる極天を、アマネはビックリした顔で見る事しかできなかった。言葉を発しないアマネだったが、極天は続ける。
「俺は今まで、何人も見送ってきた。ここで死んだ子や、新しい家庭を持って出ていた子、色々。どこか、俺は独りだと思っていた。玉兎の願いは、呪いは、それすら贖罪の為に耐えろと言っているようだった。呪いが解けるなんて考える事も無くなっていて……いざこうして、目の前に現実を突きつけられると、どうして良いのか、どう受け止めて良いのか、わからないんだ」
頭を上げながら、極天は自嘲するように笑う。視線は下に向け、アマネを見ない。
「せっかく手を差し伸べてくれた君には、その、酷い事を言ってしまった。本当にすまない」
そして、もう一度頭を下げた。
しばらくしても、アマネからの返答は無かった。
これは、相当怒らせてしまったかと、極天が恐る恐る頭を上げアマネを見ると、驚いたように目をパチクリさせているだけのアマネと目が合った。
「アマネ?」
極天が不思議そうに声をかけると、アマネがハッとしたような顔をした後、苦笑した。
「やっぱり、ねいちゃんや玄武さんには、家族には、敵いませんね。なんであれ、極天さんが前向きになってくれたのなら、良かったです」
それには少しの諦めも含まれていたが、極天にはわからなかった。
「だが、玉兎の呪いは呪いだ。あいつはおそらく、金卯を解放したら消えるだろう。自分の役目はそれで終わりだと決めている筈だ。俺もそこまでだろう。君が俺の呪いを解放したいと思ってくれるのは、嬉しい。だが現実問題として、この契約はどうにもならない。金卯の解放を年単位で後にするしかないが、それでは限界を迎えている人も妖にも多大な被害が出るだろう。三百年前より酷い事になるかもしれない。それは、君もわかっているだろう」
極天の言葉に、アマネはしっかり頷いた。
「はい。玉兎さんが消えたら、貴方も消えるというものですよね。玉兎さんから、伝言があります。……私も貴方を利用した、ごめんなさい。太極殿の私の祭壇まで来てくれたら、何とかできるかもしれない、と。僕は、この言葉を信じています」
アマネの言葉に、極天は驚いたような顔をした後、困ったように眉を下げた。言葉が出ないようだ。本当にこの呪いが消えるというのだろうか、と。消える事を覚悟して受け入れた為、感情が追いつかないようだ。
「みんなが貴方の事を慕っているの、わかります。ねいちゃんや玄武さんだけでなくて、妖のひとたちみんな。それは、貴方が築いた信用と信頼です。そんな貴方を、みんなから取り上げたくないんです。玉兎さんの最後を視た貴方なら、僕の気持ち、わかるんじゃないですか」
穏やかに語り掛けるアマネの言葉は落ち着いていた。
だが、極天は少しだけ違和感を感じはじめていた。あの地下で話した時とは、アマネの様子が違うのではないか、と。あの時は、いきなりあのような記憶を見せられ、アマネは混乱していただけかもしれない。だが、もっとこちらに感情をぶつけていたような気がするのだが、それは自分の思い上がりなのだろうか。
極天は一瞬瞼を閉じ、再びアマネを見た。
目の前にいるアマネは、やはり、今までとは少しだけ違って見えた。
「アマネ。君は」
「全ての道具は、壊れました。数日中にも、僕らが何もしなくても封印は解けるでしょう。そうなれば、大惨事は免れません。その前に太極殿に乗り込み、金卯さんの所に行きます。手伝って、くれますか?」
極天の言葉を遮るように、言葉を被せるアマネ。
「あ、ああ、もちろんだ。俺の翼なら、一日あれば太極殿にたどり着くよ」
違和感は増していくが、アマネにそう言われては、こう返事をせざるを得ない。
にこりとアマネは笑う。それはどこか、寂しさや虚無感を含んでいて。だがその理由がわからない極天は言葉をかけられない。
「それでは、極天の準備ができたら教えてください。よろしくお願いします。呪いを、これ以上の悲劇を、終わらせましょう」
そう、力強く言うアマネに、極天は頷く事しかできなかった。
謝る事ができたのか、許してもらえたのか、そもそも自分の言葉は適切だったのか。極天にはわからない。わからないままアマネにお休みの挨拶をして、部屋を出て行く事しかできなかった。
アマネは部屋を出て行く極天を見送って、そっと布団に戻った。
眠る為に瞼を閉じると、一筋の涙がこぼれ落ちた。
誰の為に生きるかは、その人にしか決められない。家族の為に前向きになったというのであれば、それを喜びこそすれ、そこに自分が居ない事を悲しむのはお門違いというものだ。
もし、全てを終わらせたら。
やっぱり自分が新たな呪いとならないように、この世から居なくなった方が良いのかもしれない。
めいとねいを会わせて、碧海と青海どうにかして仲直りさせて、人の世と妖が安寧に暮らせるのを見たら、そうしようかな。ここに居たいけれど、そのせいでみんなが困るようなら僕は身を引こう。
涙は流れ落ち続けるが、アマネは安らかな微笑みを浮かべて、眠りについたのだった。
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