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漆黒の瞳が見る夢 弐
しおりを挟む「わたくしは姉上の過去を見た時、本当に辛かった。幸せな事も楽しい事も沢山あった筈なのに、最期は全て忘れて、怒りと悲しみしか残らなかった。運命が一歩ずれていたら、そうなっていたのはわたくしでした。だから、余計に悲しかったのです。だから、姉上を苦しみから救ってあげたい。それができるのは……おそらく、同じような傷がある方だけ。
見た所、伊墨様もお辛い事があったのでしょう。良かったら、わたくしに話してみませんか?……姉上にできなかった事を、させていただけないでしょうか」
そう言って、銀の女性は悲しそうに微笑んだ。
周は、眉を寄せた。そして、再び涙を堪える表情をした。
手を差し伸べられるのに、慣れていない。どうして良いのかわからない。
ふるふると周が首を横に振ると、銀の女性は、ふと息を吐いたようだった。
そして、横に座った気配がした。
半透明が横に座っているのは不思議な体験だったが、嫌な気はしなかった。
「わたくし、友達、という存在がいませんでしたの。良かったら、一緒にお話しませんか。時間なら、たくさんありますもの」
にこっと笑う隣の女性は、なんだか少女のようで。
周は、ぼんやりとその存在が喋る、鈴の鳴るような声を聞いていた。
彼女は、語る。
生まれた時から大切に育てられたが、どこかみんなよそよそしかった事。母親が、顔を見る度に哀しそうな顔をする事。父親が国で一番偉い人間で、こちらも見るたびに忌々しげな顔をする事。次の指導者の配偶者としての教育にしか関心を示さない、才能にしか興味がない周囲。親しい存在がいなかった事。
それでも、死を願われてはいなかった。
だが自分の姉は、死を願われ、受け入れ、自分の為に居なくなってしまった。母は受け入れきれず姉を逃がしたが、その後どうなったか知らないそうだ。そこから、追手がかかってはいけないと考えての事だったそうだ。
それを聞いて、わたくしを、国を一番考えていたのは姉上なのだと、尊敬していたのです。
銀の女性はそう言って、微笑んだ。満足そうな、嬉しそうな、顔で。
周はそれを聞いて、複雑な表情を浮かべた。
周も、恵まれた環境ではあった。裕福な両親の下に生まれ、弟が亡くなるまではなんとか家族として機能していた。だが、周のせいで弟が死に、全ての歯車が壊れた。
死を願われるのは、心を蝕み殺す劇薬だ。
周は、母親の本当の子供ではない。本当の母親ではないが、それでも本来自分を庇護してくれる筈の存在に、一緒に生活し会話し思い出もある人物からの言葉は、毒薬であった。
その、お姉さんの気持ちが、少しだけならわかるかもしれない。
そう周がポツリと呟くと、銀の女性は大げさに頷いた。
「伊墨様なら、きっとそう仰って下さると思っていました」
そのあまりに嬉しそうな声に、周は苦笑した。
「僕も、弟は、可愛かったよ。後ろについて来られると、待っててやりたくなった。……なんで、先にいっちゃったのかなあ」
苦笑した顔そのままで、ボロボロと涙が流れ落ちた。
自分のせいで死んだ弟。深く嘆き、悲しむ母親。何も言わないが責めているのだけはわかる父親。
自分は泣いてはいけないのだと、周は感じていた。
母にも言われた。さも自分が一番不幸ですみたいな顔しないで。私の方がもっと不幸なのよ。と、ヒステリックに。
それは、周の心に深く突き刺さった。
それから周は、泣けなくなった。泣いてしまいそうになると過呼吸を起こし、よけい周囲に迷惑をかけた。
その周が今涙を流した。
もちろん、銀の女性には周の事情はわからない。
だが、銀の女性も泣いていた。
同じようにポロポロと涙を流しながらも、うんうんと、周の言葉を聞いていたのだった。
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