漆黒の瞳は何を見る

灯璃

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玖 -過去編-

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「要石だけでは、もしかしたら姉上を封印しきれないかもしれません。なので、姉上が四方に置いてきたという、道具の力も利用します。この勾玉を持って確信しました。わたくしなら、扱えます。そして、これらを利用して姉上を封印する以上、解放する時がきます。いいえ、必ず来させます。だけどその時に、妖の方から反発があっては大変でしょう。なのであなたは、わたくしが連れて来た時にその存在を助けてあげて欲しいのです。いつまでも、ずっと」

 笑っているハズの玉兎の目が、金卯と同じように血に染まる。
 何を言っているのかわからない。極天が顔を引きつらせていると、ふと、先ほどからずっと痛い程に掴まれている右腕に、意識がいった。
 何故か、はすぐにわかった。
 玉兎が握っているそこから、銀色の蜘蛛の巣の糸のようなものがゾゾゾと腕に広がっていたからだ。感覚は、微痛覚。握られている所から、放射状に広がる微かな痛み。
 その蜘蛛の糸の這いずりは留まる事無く、極天の腕を半分以上覆っていた。肩口まで上がってきている。

「お、おい」
「これは、呪いです。貴方がもし、本当に責任を果たしたい、償いたいと思うのであれば、受け入れてください。わたくしはこれから人の身体を捨て、霊体になります。わたくしが消えない限り、貴方は死なない呪いです。今ならまだ、外せます。どうしますか?」

 玉兎の銀の瞳は、血に染まっても輝きを失っていない。
 極天はぐっと詰まり、一旦、目を閉じた。
 だが、すぐにキッと開く。

「わかった。それを受け入れよう。丁度良く、先ほど妖王という一番偉い座に座った所だ。君が寄こす存在というのを、助ける事もできるだろう」

 その夜空色の瞳は、覚悟を決めていた。
 それに満足そうに玉兎は微笑み、一層腕に力を込めた。

 瞬間。
 極天の肩口あたりで止まっていた銀の糸が、急激に極天の全身を這いまわった。
 酷く嫌な衝撃があった。
 心の臓が、一瞬止まったのを感じた。
 だが、極天は生きていた。
 玉兎に腕を鷲掴まれ立ったままだった。傍目から見れば、何も変わっていないように見える。銀の糸も、本当に身体を這いまわっていたかどうかすらわからない。

「これで、良いのか?」

 半信半疑で極天が問うと、ニンマリと笑った玉兎と目が合った。やはり彼女も狂っているのだろうか。だがこんな事を受け入れた自分も、狂っているのかもしれない。

「はい。はじめてひとを呪いましたが、うまくいったようで何よりですわ。さあ、姉上を一緒に封印しましょう。囮となってくださいませ」
「えっ」
「時間を稼いでください。私はその間に急いで準備します。方術師たちに、遺言も残さねばなりません。封印の事が後世に伝わらねば、意味ありませんから」

 そう言って、玉兎は極天の腕から手を離した。
 それは、極天にとって凄まじい痛みを引き起こした。腕の中の血管を無理矢理引きずり出されるような、感じた事のない痛み。
 極天は呻いたが、何とか悲鳴を上げるのは堪えた。
 それを、あらまあという顔で見下ろす、玉兎。

「痛み、は残るのですね。それは申し訳ありません。ですが、わたくしの霊力が切れるまでは再生できますし、わたくしは要石と一緒になりますので、切れる事はありません。実質不老不死ですわ。わたくしが姉上を助けられる存在……そうですね金に勝るのだとしたら、漆黒でしょうか。その存在を探しだせるのが、十年後か、百年後か、千年後かわかりませんが、末永くお付き合いくださいませね」

 極天は痛みで呻いてろくに返事できなかったが、こくりと頷いた。
 それを見下ろし満足そうに頷き、玉兎は上空を見上げた。

「この後すぐ、目眩ましの術を解放します。わたくしがわざと太極殿の上の守りを解き、太極殿を壊しますので、極天は姉上をその上に誘導してください。その後は、わたくしが姉上を封印をします」

 ふと、上空に向けていた視線を極天に戻し、玉兎は悲しげな、だが希望を感じさせる表情で静かに微笑んだ。

「……今、姉上を助けたいと思っているのは、この世でわたくしと貴方だけ。必ず、助けてくれる漆黒の存在を連れてきます。その時は、その人を手伝ってあげてくださいね。おそらく、そのひとも悲しい人だから。お願いしますね、極天」

 何かを見たのだろうか、やけにハッキリとした口調で、玉兎はそう言い切った。
 極天は玉兎が何を確信しているのかはわからなかったが、力強く頷いたのだった。痛みで乱れていた呼吸を、根性で戻す。

「わかった、約束しよう。その時は必ず、その存在を手助けするよ」

 覚悟した声に嬉しそうに微笑み、玉兎は腕を天に翳した。
 そして、目眩ましの術が、解けたようだった。

 極天はいつの間にか再生していた羽根を広げ、上空に飛び上がった。
 それを見上げ、玉兎も走って太極殿の方へ戻って行ったのであった。
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