漆黒の瞳は何を見る

灯璃

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伍 ー過去編ー

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「おそらく金卯は……人に、自分に絶望したんだと思う。力があるのに守れなかった自分という存在と、この事態を引き起こした人という存在に。だから、俺たちを守ると言って、人を滅ぼそうとしている、んだと思う」

 金卯は、あまりに過酷な人生を宿命づけられている人だ。
 双子でなければ、太極殿の中で何不自由なく愛されながら、次代の帝となる者と結婚し、子を成し平穏に老いただろう。
 だが、現実は違う。
 実の父親から命を狙われ、死んでほしいと願われている、哀しさ。
 自分に愛情を注いでくれたひと達が、自分のせいで殺された、苦しさ悔しさ。そして生き残った辛さ。
 自分が誰より一等強いのに、誰も守れなかった無力さ。
 そんな色んな感情と複雑な絶望が、彼女の心を深く暗く染めてしまった。
 それを、止められなかった。
 青年は、下ろした両手をギュッと握り締めた。

「……ほうか。可哀想にの」

 両腕を切断された白虎が、あんなに最後まで金卯を妖の仲間として受け入れるのを渋っていた白虎が、しみじみと同情の言葉を口にした。
 何でだかわからないが、青年はその言葉に、ぐっと目頭が熱くなった。

「お、俺がもっとちゃんとしてれば、あいつをしっかり見ててやれてれば、こんな事に、ならなかったかもしれないっ」

 はじめて他人に吐露した、青年の後悔。ずっと、この事態は自分のせいではないのか、もしかしたら止められたのではないか、という悔恨。
 唇をギュっと結び、俯いた青年の肩が震える。
 そんな様子を見て、白虎は溜息を吐いた、あと、すぅーーと大きく息を吸い込み、そして、

「しっかりせい、北の玄武! これからお前は、妖王として我らを率い、あの厄災を止めなければならん! それが出来るのは、お前しかおらんのだ。
しゃんとしろ、背筋を伸ばせ、顔を上げろ。まだ最悪にはなっとらんじゃろ。逆に、この事態を鎮める事ができれば、これだけ人が減っとるなら、不可侵協定を結べる千載一遇の好機となるやもしれん。妖の事も人の事も考えておったお前なら、できる」

 最初は叱咤するような大声であったが、だんだん励ますような口調になり、最後には信頼を込めた白虎の声。
 ハッと青年が顔を上げると、まっすぐで鋭い黄土の瞳と、目が合った。その目は、死んでいない。

「びゃ、秋凱しゅうがい……俺、俺」
「お前しか、おらんのだ。青龍は……死んでしもうたんじゃろ。後継ゆうても、すぐには無理じゃ。儂はこんな体たらくだし、朱雀はあれの雛の事しか考えておらん。お前しか、おらん。覚悟を決めてくれ。今は妖王が要る時。そしてお前にはその器があると、儂は思っておる。お前はお前の思った通りに動いた方がええ」

 白虎の言葉に、青年の顔が上がっていく。
 困惑と同時に、使命感が顔に現れる。全ての責任を背負う覚悟を決めたような、深い夜空のような瞳。
 その顔を見て、白虎は満足そうに頷き、よっこいせと居ずまいを正した。
 そして、青年の前で、頭を垂れた。もちろん、彼を介助している少年たちも同じく頭を下げる。

「西の白虎、ならびに東の青龍、南の朱雀。彼の長らに代わり、今ここで宣言する。北の玄武を妖王とし、我らの長となることを。妖王 極天。……あの可哀想な子を、止めてやってくれ」

 頭を下げたままの白虎に続き、まわりの妖たちも一斉に頭を下げた。
 今ここに誕生した、妖王に。
 この事態の一旦を担い、そして終息に導くであろう存在に。

 青年は、極天は、悩まし気に目を閉じた後、ゆっくり瞼を開けた。その顔にはもう、迷いはなかった。

「わかった。北の玄武を本日この時をもって返上し、妖王としての役目を果たそう。……ありがとう、白虎。行ってくる」

 極天の目線は、人の都。太極殿の方向。
 彼女が人を亡ぼすというのであれば、必ず向かうであろう、場所。帝という存在。

 決意したように一点を見つめ、極天は背中の夜空色の羽根をバッと拡げた。

 力強く羽ばたき、飛び去って行くその背中を見送って、安心したように白虎は気絶した。
 周りの弟たちが慌てたが、どうやら寝ているだけだとわかり、ホッと胸をなでおろすとともに、新しく妖王となった極天の飛び去って行った方向を、誰もが不安げに見つめることしかできなかった。

 空には、黒い雲がかかりはじめていた。

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