漆黒の瞳は何を見る

灯璃

文字の大きさ
上 下
67 / 118

新しい朝

しおりを挟む
 次の日。

 アマネは、ふと目が覚めた。
 いつもの薄明るい、布越しの視界ではない。天井にはなめらかな板の目と梁、そこに柔らかな朝日が差し影を作り出している。
 ぼんやりとそれを見るともなしに見ていたアマネだったが、ようやくハッと気づいた。
 目の布が、ズレている。なのに、目を開け続けていても、昨日までのような痛みが無い。

 それと同時に、カーッと頬に熱が集まった。
 目が開けられるようになったきっかけであろう昨日の行為に、今更ながら恥ずかしくなったのだ。
 顔から火が出るかと思った。
 あの後、色々とあられもない姿を晒し、恥ずかしい事を沢山言ってしまった気がする。
 あぁぁあ~と、口から変な後悔の声が抑えきれない。両手で顔を覆う。

 今日、彼とどういう顔で接したらいいのかわからない。
 恥ずかしさで死にそうだ、とアマネは布団を被り、ひとりその中で悶えた。

 原因のひとが横に居なくて良かった……でも、居てくれたらきっと嬉しかっただろうな。
 アマネは羞恥に悶えながらも、それだけは確信できた。
 目が痛くなくなったら次は胸か、とふと自嘲がもれる。

「おはよう、周。具合はどうだ?」
「わっ!」

 戸が開き、件の人物から声がかかった。突然の事に、アマネは思わず声を上げてしまっていた。
 丸まっていた布団がビクッと揺れる。
 少しの沈黙の後。

「お、おはよう、ございます」

 ここまで盛大に反応してしまっては、狸寝入りを決め込むわけにもいかず、アマネは不承不承布団から顔を出した。
 恥ずかしくて、声の主をまともに見る事ができない。足元から喉元辺りでとまる目線。

「大丈夫か? 昨日、無理を」
「わー! だっ、大丈夫です、大丈夫ですからっ。僕に構わず先に……えっ」

 アマネの事を心配をしてくれているが、恥ずかしさのあまりアマネは極天の言葉を遮り、出て行くように促そうとした。瞬間、目と目が、合った。片方だけの、目と。

「極天、さん、その目は……」

 昨日まで、チラリとしか見えていなかったが、両方開いていた筈の、極天の深い藍の眼が片方閉じられている事に、ようやくアマネは気づいた。
 目、が大事な世界で、片方だけわざと閉じているなんて理由無くするわけがない。力の源なのだ。
 それはつまり、自分に力を渡したせいで、極天の目が潰れたという事ではないだろうか。
 羞恥も忘れて、アマネは極天を泣きそうな顔で見た。
 慌てて布団から出ようとするのを、極天が押し留めた。極天はアマネを安心させるようにゆっくり微笑む。

「大丈夫そうだね、良かった良かった。逆に、君のおかげで片方だけで済んだんだ。……ああ、思った通り綺麗な漆黒の瞳だね。じゃあ、先に朝食の場所に行ってるから」

 声音は、昨日までの通常時と変わらない。なのに、アマネに口を挟ませず、さっさと極天は部屋を出て行った。
 その行動に、アマネの胸がツキリと痛んだ。その後ろ姿を目で追ってしまう。
 昨晩とは違う意味で、アマネは泣きそうだと思った。
 考えてみれば、彼の言動はずっと通常通りだ。
 自分は心を乱す相手ではない、という事だろうか。胸の痛みが強くなる。

「アマネさまー、おはようございま……わあ! おめめ開いてる! すごい、綺麗ですね!」

 が、そのしんみりしたテンションは、入ってきたねいの興奮によってかき消されてしまった。ねいのテンションは爆上がりしたままで。アマネは苦笑してしまった。

「おはよう、ねいちゃん」
「おはようございます! 凄いです、ねい真っ黒ははじめて見ましたっ」
「そうみたいだね。みんな、初めて見たって言うよ」
「そうだと思います! アマネさまは、本当に凄いお方だったのですねー!」

 ふんすふんすと、朝にテンションが高い犬が顔を舐めまわしてくるような近さで、ねいが詰め寄る。尻尾が振れてるのが見える。
 めいはここまでテンション上がらなかったのに、とアマネは顔を逸らせながら、さらに苦笑を深くした。

「えっと、ねいちゃん。僕、着替えてご飯食べに行きたいな」
「あっ、そうですね! はい、お着換えですっ。ねいは廊下で待ってます~」

 ようやく自分の行動にハッと気づいたねいが、遠ざかった。アマネはホッとした。

 ねいが置いていった衣に着替えアマネが部屋を出ると、ねいは廊下でご機嫌にふんふん鼻歌を歌っているところだった。

「お待たせ。可愛い歌だね、なんの歌?」

 アマネが出て来た事に気付いたねいが、パッと顔を明るくしてアマネを振り返る。

「ねいが今考えた歌です!」
「そうなんだ、良い歌だね」

 ふふっとアマネが笑うと、ねいもニコニコと笑う。
 アマネが歩きだすと、ねいは案内するようにトタタと少し前に出て、歩き出した。

「はいっ。アマネさまの目が開いて良かったの歌なのです」

 無邪気に笑うねいの言葉に微笑んた後、アマネはハッとした。

「ありがとう。ねえ、ねいちゃん。極天さんの目が」
「王さまは大丈夫なのです! 問題ないのです!」

 アマネの言葉を珍しくねいが遮り、大げさな程大丈夫だと繰り返した。
 それは、何か言い含められたな、とアマネが気付くぐらいで。眉を下げてねいを見たが、それ以外の言葉を言いそうになかった。ねいも心配しただろうに。
 アマネは少しだけ首を振って、ねいの小さな手を握った。目を隠していた時と同じように手を繋ぐと、ねいは少しビックリしたようだったが、はにかんだ。



 二人手を繋いで朝食の場所に行くと、極天は既におらず、玄武が優雅に朝食をとっている所だった。
 もしかして、避けられてるのだろうか? そういえばねいのテンションに押されてついうっかり忘れていたが、ヒヨもいない。と、アマネがふと思った瞬間、玄武から声がかかった。

「おはようございます、漆黒の君。……あぁ、やはり美しいですね。この世で唯一の霊石だ」

 挨拶の流れで褒められて、アマネは照れた。美しい顔を持っている玄武に、美しいと言われるとは思ってもなかった。

「お、おはよう、ございます」

 椅子に座り、照れながらも挨拶を返すアマネ。
 机の上を見ると、ちゃんと色んなものが見えるのが嬉しい。
 この歓喜をくれたのは、極天だ。それなのに、ちゃんとお礼も言えなかった。
 朝のやり取りが思い出され、アマネは後悔から口を開いた。

「あの、玄武さん。極天さんは……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

山神様と身代わりの花嫁

村井 彰
BL
「お前の子が十八になった時、伴侶として迎え入れる」 かつて山に現れた異形の神は、麓の村の長に向かってそう告げた。しかし、大切な一人娘を差し出す事など出来るはずもなく、考えた末に村長はひとつの結論を出した。 捨て子を育てて、娘の代わりに生贄にすれば良い。 そうして育てられた汐季という青年は、約束通り十八の歳に山神へと捧げられる事となった。だが、汐季の前に現れた山神は、なぜか少年のような姿をしていて……

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

王子様と魔法は取り扱いが難しい

南方まいこ
BL
とある舞踏会に出席したレジェ、そこで幼馴染に出会い、挨拶を交わしたのが運の尽き、おかしな魔道具が陳列する室内へと潜入し、うっかり触れた魔具の魔法が発動してしまう。 特殊な魔法がかかったレジェは、みるみるうちに体が縮み、十歳前後の身体になってしまい、元に戻る方法を探し始めるが、ちょっとした誤解から、幼馴染の行動がおかしな方向へ、更には過保護な執事も加わり、色々と面倒なことに――。 ※濃縮版

異世界に転移したショタは森でスローライフ中

ミクリ21
BL
異世界に転移した小学生のヤマト。 ヤマトに一目惚れした森の主のハーメルンは、ヤマトを溺愛して求愛しての毎日です。 仲良しの二人のほのぼのストーリーです。

竜王陛下、番う相手、間違えてますよ

てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。 『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ 姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。 俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!?   王道ストーリー。竜王×凡人。 20230805 完結しましたので全て公開していきます。

処理中です...