漆黒の瞳は何を見る

灯璃

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突撃、妖王のお部屋

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 「玄武さまアマネさまー、お待たせしましたぁ。お菓子、貰ってきましたよー」

 足音の後すぐに元気いっぱいの声、そして羽ばたく音が部屋の中に入ってきた気配がした。アマネはそちらを振り向き、戻ってきたねいに声をかけた。

「お帰り。美味しそうなのは、あった?」
「はい、ヒヨちゃんのお墨付きですよ~。……あれ、玄武さまどうしたですか? お腹痛いですか?」

 アマネの言葉に返事をしたねいが、怪訝そうな声を出した。

「……何でもありませんよ。さ、休憩は終わりです。ねいも、それを持って行く時、妖王様に食べ終わったら休憩は終わりだと伝えてください」
「? はぁい、変な玄武さま~。行きましょ~アマネさま」

 素っ気なく澄ましたように言う声は、懐かしい青海のものとそっくりで。お互い不器用な兄弟だったんだろうなあと、アマネにも何となく察する事ができた。苦笑してしまう。
 ねいにちょんちょんと手をつつかれたので、アマネは立ち上がり、手を差し出した。すぐに小さな手が手を握る。

「それじゃあ、お邪魔しました、玄武さん」
「はい。休憩中であれば、またどうぞ」

 アマネの挨拶に返す玄武の声は、やっぱり素っ気なかったけれど、少しだけ柔らかくなっていたようにアマネは感じたのだった。






「玄武さまと何の話をしてたのですか~、アマネさま」

 廊下を出て、ヒヨが肩に乗った事にアマネが気をとられていると、不意にねいが話しかけてきた。
 少し不安そうな声。先ほどの玄武の様子が気になるようだ。アマネは、微笑した。

「ねいちゃんは、玄武さんに兄弟が居た事、知ってた?」

 質問に質問で返してしまったが、ねいは疑問に思わなかったようで、はいっと返事をした。

「ねいと一緒で、喧嘩した弟さんと、むかし離れ離れになったって言ってました~。人と一緒に暮らしてるから心配だって、前に言ってましたよ~」

 ねいが無邪気に発する言葉に、アマネは、あぁやっぱりそうだったんだなと、思った。ねいから聞いてしまった事は黙っておこうと思う。本当に不器用な兄弟だ。

「そうなんだね。その弟さんが、人の中で一生懸命働いて頼りにされてたよ、って話をしてたんだよ」
「そうなんですか~、良かったですねえ、玄武さま。あれ? でも、じゃあなんで玄武さまはお腹痛い顔してたんでしょ~?」
「さあ、どうしてだろう。本当にお腹痛くなったのかもね」
「ええっ、大変なのです!」
「きっと大丈夫、すぐ良くなると思うよ。出て行く時には、平気そうな顔してたでしょ?」
「そういえばそうなのです。良かったのです、安心です~」

 心配そうな声からだんだん明るくなっていくねいの声に、アマネは微笑んだまま手を引かれて歩き続けた。




「アマネさま、着きましたよ~、王さまのお部屋です~。王さまー、ねいです、おられますかー」

 ねいの足が止まったので、アマネも足を止めた。中に向かってねいが呼びかけると、少しバタバタという音がして、どうした? という極天の声が聞こえた。
 戸を開ける音。

「王さま、休憩のお菓子を持ってきました~。アマネさまも一緒ですよ~」
「ああ、ありがとう。ねい達はちゃんと食べたか?」
「はいっ、今日も美味しかったのです。ねっ、アマネさま」
「えっ、あ、そうだね。美味しかったよ」

 いきなり話の矛先を向けられてキョドった応答をしてしまったアマネだが、ねいがご機嫌でふんすふんす鼻を鳴らしているのが聞こえて、つい笑ってしまった。
 
「そうか、それなら良かった」
「はいっ。あっ、玄武さまが、このお菓子食べたら休憩終わりだって言ってましたよ~」
「そうか~。しょうがない、仕事するかぁ」

 パタパタ音がするので、ねいが尻尾を振っているのだろう。頭を撫でてもらっているのかもしれない。

「ああ、そうだ。周、今日の夜、少し大事な話があるから、君の部屋に行っても良いかな?」

 ふと、思い出したように極天が話しかけて来た。大事な話とは何だろう、と思ったがアマネは素直に、はい大丈夫です、と頷いたのだった。




 極天に菓子を届けた後も、ねいは元気に城の中と、外周りを少し案内してくれた。
 ここは標高が高い場所にあるが、少しの農地と集落があるそうだ。他方の集落よりはかなり小規模で、妖を統べる王がここに住んでいるというのは、城の威容でしか伺い知れなかった。

 休憩したり、ねいと話したり歩き回っている内に、いつの間にか夕食の時間になっていた。

 昼は各々の部屋でとるようだが、朝と夕は一緒に食べるというねい達に混ぜてもらい、アマネも一緒に夕食を取った。
 決して血は繋がっていないが、確かな絆を感じさせる三人と、和やかに夕食は済み、風呂も少し苦労しながらも一人で入り気持ち良く温まった。

 ねいに手を引かれて、自分にあてがわれているという部屋に入り、敷かれた布団の上に座る。
 ヒヨは、ねいと一緒に出て行った。
 前のように一緒の部屋で寝ないのか、とちょっと寂しく思っていると、しばらくもしない内に、部屋の外から誰かの足音がした。

「周、極天だ。入っても良いか?」
「はい、どうぞ」

 言っていた通り、極天が訪ねてきたようだ。
 アマネが返事をすると、戸が開く音と、近づいてくる足音。近くに座ったような衣擦れの音がする。

「夜分にすまないな。気分はどうだ?」

 近くで声が聞こえる。それは本当に心配しているような声で、アマネは声の方を向いた。

「昨日よりはましですが、やはり、開き続けてると少し痛みます」

 アマネが正直に答えると、ふむ、という極天の声がした。
 そして、ちょっと失礼するよ、という言葉とともに、手をちょんちょんとつつかれた。
 それは、ねいが良くする動作。アマネはつい、反射的に右掌を上に向けた。
 その手を、ゆるく握られる。
 ひんやりしているのに、どこか暖かい感じがする不思議な感覚。
 自分より大きく骨ばった手、それが優しく自分の手を包み込んでいる感触。見えていないが、見えていないゆえに極天という存在を、より強く感じる。それが嫌ではない。むしろ、ずっと握って触れていて欲しくなるのが、自分でも不思議だった。ちょっと照れるアマネ。

「今、君に力を流しているんだが、何となくわかるか?」

 ちょっと照れていると、極天から質問された。アマネは首を傾げる。

「ひとによって感じ方が違ったりするんだが、こう、何かが流れて来ている感覚だったり、ポカポカしてたり、逆にキリキリ痛かったりしないか?」

 極天の言葉に、アマネはすぐに思い当たった。
 この、ひんやりした中にある暖かな感覚。相反するのにどちらも心地良いと感じる不思議。目に巻いた布からもする優しい感じが、極天に握られている手からもするのだ。

「あの、どっちがその感覚なのかわかりませんが、暖かいのと、ひんやり気持ち良い感じがどちらも少しづつあります。目の布は、ちょっとひんやりしてて気持ち良いです」

 アマネが正直にそう口にすると、ほう、と少し面白そうに声を極天が上げた。

「あまり、聞いた事ない感覚だな。ただ、君がそれを心地良いと感じるのなら、そうだと思う。しかし、少しかぁ」

 かと思ったら、すぐに考えこむような声になる。
 やや間が空いて、再び声が聞こえた。少しだけ真剣な、それでいて何処か緊張したような、極天の声が。
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