漆黒の瞳は何を見る

灯璃

文字の大きさ
上 下
63 / 118

犬耳の女の子

しおりを挟む



「アマネさま、ここは広間です~」
「アマネさま、ここはお台所です~、良い匂いがしますねえ。お昼ごはんも美味しかったですね~」
「アマネさま、ここはお庭ですよ~。お日様が気持ち良いですねぇ」

 ご機嫌に案内をしてくれるねいに、アマネもうんうんと微笑ましく返事をするが、実際あまり見れていなかった。
 一応、チラリと目の布をずらして確認したりはしていたが、見たらすぐ戻すようにしていた。乾くようなヒリヒリとした痛みが、新しく出てきたからだ。
 せっかく案内してくれているのに、あまり見れずに申し訳ないとアマネが謝ると、それでも嬉しいと、ねいははにかむように笑っていた。そして、合いの手をいれるように鳴くヒヨ。
 この子らの存在に、アマネは癒されていた。気ばかり焦っていて事態は良くならないのだ、とアマネはようやく理解しはじめていた。
 
「アマネさま、ここでちょっと休憩しましょ~。ねいがお菓子もらってきますね~」

 ねいは、アマネを城の中にある庭の、大きくて平らな石に座らせて、有無を言わさずトタタタと駆けていった。いつも、このぐらいの時間にお菓子を貰っているのだろうか。

 アマネは石に腰かけ、ふぅ、と一息吐いた。
 ねいは、めいに比べて少し大人しい気がするなぁ。
 そう言えば、めいと会った時も足を怪我してたんだっけ。不思議な縁で、この姉妹には本当に世話になってしまった。いつか、ちゃんと会わせてあげよう。アマネは改めてそう決意した。

「良い子だね、ねいちゃん。お姉ちゃんも、凄く良い子だったんだよ」

 たまにチチッと鳴いて存在を主張する、右肩に止まっているヒヨに話しかけ、撫でてやる。撫でるといっても、指を近づけると勝手に身体を寄せてくるので、撫でるという行為と呼んでいいのかはわからない。
 前のようにヒヨに語り掛ける事ができ、前のように周りと自分に嫌な緊張感が無いのが、アマネは本当に嬉しかった。
 もう、会えないと思っていた存在に再び会えて、喋る事が出来るのは、涙が出るほど嬉しい。



「アマネさま~、もらってきましたよ~」

 ヒヨを撫でながら待っていると、しばらくもしない内に、トタタタという足音を立てねいが戻ってきたようだ。
 アマネが目の布をずらして確認すると、両手に何か丸いものを大事に握り、走り寄ってきている所だった。アマネは、ねいが転ばないかはらはらして見守ってしまったが、なんとか無事、ねいはアマネのもとにたどり着いた。
 ホッと目の布を元に戻す。目がヒリヒリするが、平常を装う。

「はい、アマネさま」
「ありがとう」

 ちょんちょんと右手を触られたので、アマネは掌を翻す。
 手の上に何か乗った感触。
 丸いものだ。左手でつまむように持つと、米の感触が粗く残る、おはぎのあんこ無しのような感じだった。
 ちょっと布をずらして確認すると、案の定米の粒が残る饅頭のようなものだった。団子かもしれない。
 布を戻し、アマネが恐る恐る一口齧ると、ほのかな甘みが口にジンワリ広がった。こちらに来て、はじめての甘味だった。

「美味しい」
「そうでしょう! ねいの、お気に入りなんですよ」

 えへへと、嬉しそうな声がすぐ横で聞こえた。ぴとっと腕にくっついたねいの体温が、暖かくて安心する。子供だから体温が高いのだろうか。種族的なものだろうか。

「そうなんだね」

 微笑ましく思いながらアマネが返事をすると、ちょっと沈黙が流れた。おや、と首を傾げると、

「アマネさまっ」

 ちょっとだけ緊張したような、ねいの声。
 なんだろうとアマネは静かに次の言葉を待った。
 やや間があって。

「お姉ちゃんは、元気でしたかっ」

 ああ、この姉妹は本当に、お互いを思いやっているのだなあと、アマネは胸がジーンとした。

「うん、とても元気だったよ。優しい青龍さんと、奥さんの木蓮さんのお家で、のびのび過ごしていたよ」

 ほぅと、安堵したような息を吐く音が聞こえた。
 そうだ、あの事も言ってあげなければ、とアマネはめいの言葉を思い出した。

「妹を、ねいちゃんを、とっても心配してたよ。手を離したことをとっても悔やんでて、探してた。ねいちゃんが泣いてたら、お姉ちゃんが必ず助けにいくよ、って言ってたよ」
「お姉ちゃん……っ」

 ねいの声が震える。
 黙り込んでしまったねいを心配して、アマネが布をずらすと、俯いて自身の手をギュッと握り締めていた。もうお菓子は食べきってしまったようだ。
 ねいが泣きそうだ、とアマネが思った次の瞬間、

「ねいが、ねいが悪いの」

 ぽつりと、震える声でそう呟いた。

「ねいちゃん?」

 アマネが呼びかけると、ねいの肩がビクッと震えた。
 少しの躊躇いの後、縋るような目でねいがアマネを見上げた。うるっと涙ぐんでいる濃い茶色の目。めいとは、少し違う色合いの瞳。目と目が合った。

「アマネさま、お姉ちゃんは、悪くないの。あの時、お姉ちゃんと喧嘩してて、だから、つい手を掴まれた時に振りほどいちゃって……ねいが、勝手に川に落ちたの。ねいが悪いの。お姉ちゃんが、そんなっ、そんなにっ、ねいを探してくれてるなんて、知らなかったのっ」

 ぐっと我慢してた涙腺が壊れたようで、ねいはボロボロと大粒の涙を流しはじめた。あと鼻水もずずっと啜る。

「お姉ちゃん、お姉ちゃんごめんなさいっ。ねいが悪かったよって、謝りたいよぅ」

 その後は、うわーんと本格的に泣きはじめて、言葉にならないようだった。
 アマネはちょっとだけ息を吐いて、優しくねいの背中をさすった。
 ヒリヒリする目は閉じる。

 横からひっくひっくと聞こえるねいの嗚咽と、小さく震える背中、暖かな存在。
 アマネはふと思う。いつかの自分もこんな風に、暖かく震える背中を撫でていた気がする。胸が痛くなるが、嫌な気持ちではない。忘れているのが申し訳なく思える存在が自分の中にある。当時の自分にとって大事な存在だったのだろうか。
 震える背中を撫でながら、そんな事を思う。




 だんだん嗚咽が弱くなり、だいぶねいも落ち着いてきたようだ。

「……色んな事が落ち着いたら、必ず、青龍さんの所に居るめいちゃんに、一緒に会いに行こう。僕も、みんなの所に必ず戻るって約束したんだ」
「わんっ」

 優しくアマネが言葉を紡ぐと、ねいは感極まったように、一声鳴いた。
 その後、思いっきり鼻をかむ音と、目をこすっているのであろう音。

「はいっ、アマネさま。ねいとも、約束です」
「うん、約束」

 ねいの言葉にアマネは返事をしながら、そっと背中から手を離した。
 その離した手を、ぎゅっと握られた。ちょっと驚いたけど、そのままにさせておく。祈るように両手で握る小さな手を振りほどく事など、アマネにできるはずもなかった。

「ありがとうございますっ、アマネさま。わたし、アマネさまが大好きです。お姉ちゃんもきっと、きっとアマネさまが大好きだったんですね」

 なんの躊躇も照れもない真っすぐな好意に、アマネは泣きそうな顔で、笑った。

「僕こそ、ありがとう。僕も二人のこと、大好きだよ」
「えへへへ~」

 アマネの言葉に、ねいから尻尾が出てきてはちきれんばかりに振られている事は、肩で見守っていた小鳥しか知らない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

山神様と身代わりの花嫁

村井 彰
BL
「お前の子が十八になった時、伴侶として迎え入れる」 かつて山に現れた異形の神は、麓の村の長に向かってそう告げた。しかし、大切な一人娘を差し出す事など出来るはずもなく、考えた末に村長はひとつの結論を出した。 捨て子を育てて、娘の代わりに生贄にすれば良い。 そうして育てられた汐季という青年は、約束通り十八の歳に山神へと捧げられる事となった。だが、汐季の前に現れた山神は、なぜか少年のような姿をしていて……

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

王子様と魔法は取り扱いが難しい

南方まいこ
BL
とある舞踏会に出席したレジェ、そこで幼馴染に出会い、挨拶を交わしたのが運の尽き、おかしな魔道具が陳列する室内へと潜入し、うっかり触れた魔具の魔法が発動してしまう。 特殊な魔法がかかったレジェは、みるみるうちに体が縮み、十歳前後の身体になってしまい、元に戻る方法を探し始めるが、ちょっとした誤解から、幼馴染の行動がおかしな方向へ、更には過保護な執事も加わり、色々と面倒なことに――。 ※濃縮版

異世界に転移したショタは森でスローライフ中

ミクリ21
BL
異世界に転移した小学生のヤマト。 ヤマトに一目惚れした森の主のハーメルンは、ヤマトを溺愛して求愛しての毎日です。 仲良しの二人のほのぼのストーリーです。

竜王陛下、番う相手、間違えてますよ

てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。 『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ 姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。 俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!?   王道ストーリー。竜王×凡人。 20230805 完結しましたので全て公開していきます。

処理中です...