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犬耳の女の子
しおりを挟む「アマネさま、ここは広間です~」
「アマネさま、ここはお台所です~、良い匂いがしますねえ。お昼ごはんも美味しかったですね~」
「アマネさま、ここはお庭ですよ~。お日様が気持ち良いですねぇ」
ご機嫌に案内をしてくれるねいに、アマネもうんうんと微笑ましく返事をするが、実際あまり見れていなかった。
一応、チラリと目の布をずらして確認したりはしていたが、見たらすぐ戻すようにしていた。乾くようなヒリヒリとした痛みが、新しく出てきたからだ。
せっかく案内してくれているのに、あまり見れずに申し訳ないとアマネが謝ると、それでも嬉しいと、ねいははにかむように笑っていた。そして、合いの手をいれるように鳴くヒヨ。
この子らの存在に、アマネは癒されていた。気ばかり焦っていて事態は良くならないのだ、とアマネはようやく理解しはじめていた。
「アマネさま、ここでちょっと休憩しましょ~。ねいがお菓子もらってきますね~」
ねいは、アマネを城の中にある庭の、大きくて平らな石に座らせて、有無を言わさずトタタタと駆けていった。いつも、このぐらいの時間にお菓子を貰っているのだろうか。
アマネは石に腰かけ、ふぅ、と一息吐いた。
ねいは、めいに比べて少し大人しい気がするなぁ。
そう言えば、めいと会った時も足を怪我してたんだっけ。不思議な縁で、この姉妹には本当に世話になってしまった。いつか、ちゃんと会わせてあげよう。アマネは改めてそう決意した。
「良い子だね、ねいちゃん。お姉ちゃんも、凄く良い子だったんだよ」
たまにチチッと鳴いて存在を主張する、右肩に止まっているヒヨに話しかけ、撫でてやる。撫でるといっても、指を近づけると勝手に身体を寄せてくるので、撫でるという行為と呼んでいいのかはわからない。
前のようにヒヨに語り掛ける事ができ、前のように周りと自分に嫌な緊張感が無いのが、アマネは本当に嬉しかった。
もう、会えないと思っていた存在に再び会えて、喋る事が出来るのは、涙が出るほど嬉しい。
「アマネさま~、もらってきましたよ~」
ヒヨを撫でながら待っていると、しばらくもしない内に、トタタタという足音を立てねいが戻ってきたようだ。
アマネが目の布をずらして確認すると、両手に何か丸いものを大事に握り、走り寄ってきている所だった。アマネは、ねいが転ばないかはらはらして見守ってしまったが、なんとか無事、ねいはアマネのもとにたどり着いた。
ホッと目の布を元に戻す。目がヒリヒリするが、平常を装う。
「はい、アマネさま」
「ありがとう」
ちょんちょんと右手を触られたので、アマネは掌を翻す。
手の上に何か乗った感触。
丸いものだ。左手でつまむように持つと、米の感触が粗く残る、おはぎのあんこ無しのような感じだった。
ちょっと布をずらして確認すると、案の定米の粒が残る饅頭のようなものだった。団子かもしれない。
布を戻し、アマネが恐る恐る一口齧ると、ほのかな甘みが口にジンワリ広がった。こちらに来て、はじめての甘味だった。
「美味しい」
「そうでしょう! ねいの、お気に入りなんですよ」
えへへと、嬉しそうな声がすぐ横で聞こえた。ぴとっと腕にくっついたねいの体温が、暖かくて安心する。子供だから体温が高いのだろうか。種族的なものだろうか。
「そうなんだね」
微笑ましく思いながらアマネが返事をすると、ちょっと沈黙が流れた。おや、と首を傾げると、
「アマネさまっ」
ちょっとだけ緊張したような、ねいの声。
なんだろうとアマネは静かに次の言葉を待った。
やや間があって。
「お姉ちゃんは、元気でしたかっ」
ああ、この姉妹は本当に、お互いを思いやっているのだなあと、アマネは胸がジーンとした。
「うん、とても元気だったよ。優しい青龍さんと、奥さんの木蓮さんのお家で、のびのび過ごしていたよ」
ほぅと、安堵したような息を吐く音が聞こえた。
そうだ、あの事も言ってあげなければ、とアマネはめいの言葉を思い出した。
「妹を、ねいちゃんを、とっても心配してたよ。手を離したことをとっても悔やんでて、探してた。ねいちゃんが泣いてたら、お姉ちゃんが必ず助けにいくよ、って言ってたよ」
「お姉ちゃん……っ」
ねいの声が震える。
黙り込んでしまったねいを心配して、アマネが布をずらすと、俯いて自身の手をギュッと握り締めていた。もうお菓子は食べきってしまったようだ。
ねいが泣きそうだ、とアマネが思った次の瞬間、
「ねいが、ねいが悪いの」
ぽつりと、震える声でそう呟いた。
「ねいちゃん?」
アマネが呼びかけると、ねいの肩がビクッと震えた。
少しの躊躇いの後、縋るような目でねいがアマネを見上げた。うるっと涙ぐんでいる濃い茶色の目。めいとは、少し違う色合いの瞳。目と目が合った。
「アマネさま、お姉ちゃんは、悪くないの。あの時、お姉ちゃんと喧嘩してて、だから、つい手を掴まれた時に振りほどいちゃって……ねいが、勝手に川に落ちたの。ねいが悪いの。お姉ちゃんが、そんなっ、そんなにっ、ねいを探してくれてるなんて、知らなかったのっ」
ぐっと我慢してた涙腺が壊れたようで、ねいはボロボロと大粒の涙を流しはじめた。あと鼻水もずずっと啜る。
「お姉ちゃん、お姉ちゃんごめんなさいっ。ねいが悪かったよって、謝りたいよぅ」
その後は、うわーんと本格的に泣きはじめて、言葉にならないようだった。
アマネはちょっとだけ息を吐いて、優しくねいの背中をさすった。
ヒリヒリする目は閉じる。
横からひっくひっくと聞こえるねいの嗚咽と、小さく震える背中、暖かな存在。
アマネはふと思う。いつかの自分もこんな風に、暖かく震える背中を撫でていた気がする。胸が痛くなるが、嫌な気持ちではない。忘れているのが申し訳なく思える存在が自分の中にある。当時の自分にとって大事な存在だったのだろうか。
震える背中を撫でながら、そんな事を思う。
だんだん嗚咽が弱くなり、だいぶねいも落ち着いてきたようだ。
「……色んな事が落ち着いたら、必ず、青龍さんの所に居るめいちゃんに、一緒に会いに行こう。僕も、みんなの所に必ず戻るって約束したんだ」
「わんっ」
優しくアマネが言葉を紡ぐと、ねいは感極まったように、一声鳴いた。
その後、思いっきり鼻をかむ音と、目をこすっているのであろう音。
「はいっ、アマネさま。ねいとも、約束です」
「うん、約束」
ねいの言葉にアマネは返事をしながら、そっと背中から手を離した。
その離した手を、ぎゅっと握られた。ちょっと驚いたけど、そのままにさせておく。祈るように両手で握る小さな手を振りほどく事など、アマネにできるはずもなかった。
「ありがとうございますっ、アマネさま。わたし、アマネさまが大好きです。お姉ちゃんもきっと、きっとアマネさまが大好きだったんですね」
なんの躊躇も照れもない真っすぐな好意に、アマネは泣きそうな顔で、笑った。
「僕こそ、ありがとう。僕も二人のこと、大好きだよ」
「えへへへ~」
アマネの言葉に、ねいから尻尾が出てきてはちきれんばかりに振られている事は、肩で見守っていた小鳥しか知らない。
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