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時には
しおりを挟む次に目覚めた時、アマネの目の前は、まだ真っ暗だった。いや、完全な闇ではなく、ぼんやりと薄明るい。まだ、あの布を巻いているのだと、気づく。
ここは、どこだっけ。
まだ眠りがまとわりつく脳を一生懸命起こしながら、上体も起こす。どうやら、柔らかな布団の中にいるようだ。一瞬、人の都、太極殿を思い出したが、そんなわけないと頭を振る。
「おはよう。気分はどうだ?」
すぐ近くで、優しい男性の声がした。驚きながら声の方を向く。
そしてここで初めて、誰かにずっと右手を握ってもらっていたという事に気づいた。その相手は、おそらくこの声の持ち主。暖かく感じるその手を振りほどくのは、考えもしなかった。
「大丈夫そう、です。あの、おはよう、ございます?」
「まだ無理しない方が良さそうだな。もう少し眠ると良い。それだけ、回復も早まるだろう」
顔も見えないのに、自分が寝る場所の近くに誰かが居るのが少し落ち着かない。アマネは上体を起こしたまま、声の方を向き疑問を口にした。
「あの、貴方は、妖王、妖のひとたちの、王、なんですよね?」
ずっと、疑問に思っている事を聞くなら、今しかないとアマネは思った。
声は、思ったよりも朗らかに答えてくれた。
「まあ、成り行き上、俺がそうなっているな。だが、あんまり畏まらず、極天と呼んで欲しいな」
「極天、さん?」
「ああ」
アマネに名前を呼ばれたその声は、嬉しそうに応える。
「行く先々で、あなたが僕に協力するように言った、と聞きました。なぜ、僕を助けてくれたんですか?」
妖の王なのに、という言葉は飲み込んで、アマネは思った事を口にした。
苦笑する気配が伝わる。
「そうだな。……ずっと昔、玉兎に、お願いされていたんだ」
「お願い?」
男性の、極天の声は穏やかで、どこか懐かしさを含んでいた。
「ああ。いつか必ず、姉上を助ける為に人を寄越すから、手伝ってあげてくれって、な」
「?」
アマネには、何一つとしてわからなかった。聞いた事も無い名前、それが何に繋がる話しなのかもわからない。だから、首を傾げてしまった。
ちょっとだけ笑った気配。
するりとアマネの右手から浅黒い手が離れた。スースーして寂しく思ったが、言葉にはしない。
「君が眠れないのなら、少し、昔話をしようか。夜明けは、まだ遠い」
穏やかな声。
その声に導かれるように、アマネはまた上体を倒し柔らかな布団の中に戻り、声のする方を向いた。
今は、何故か、この穏やかで低い声を聴いていたかった。
少し考えるような間が空いて、声が降ってきた。
「……そうだな、どこから話したらいいか。君は、呪いの元凶となった巫女が、双子だった事は知っているか?」
はい、とアマネは答えた。
青海が教えてくれた話だ。少し胸が痛む。青海は、無事だろうか。また、暁や紫に無体や無理難題言われて胃に穴が開いていないだろうか。
「そうか。なら、話は早いな。俺は、金卯を、その巫女を知っている。いや、一時は友人ですらあったんだ」
「えっ」
思わずアマネは声を上げていた。
そう言えば、青龍が言っていたっけ。妖王は、三百年の封印騒動の時から変わっていない、と。
歴史の当事者が目の前にいる事実と、その長い年月に思わず声が漏れてしまった。
それを察してか、極天の声が少しおかしそうに高くなった。
「思ったよりも爺で、驚いたかい?」
「い、いいえ、そんな事は、ないです」
「それは良かった。若い時の姿のままで時間が止まってしまったから、爺扱いされると結構傷つくんだ。それをわかって、碧海、玄武は俺を年寄扱いしてくるんだ。酷いだろ?」
おどけたようなその口調に、思わずアマネもふふっと笑みをこぼしていた。
「仲良いんですね、玄武さんと」
「ああ。俺が拾って育てたからな。あいつだけじゃない、あの犬耳の、ねいという子もそうだ。君が、あの子の姉の行方を知っていて幸いだったよ」
静かに語られる言葉は穏やかだが、その事実は決して生易しいものではなかった。
微笑んでいたアマネの顔が悲しそうに曇った事に気づいたのか、ハッとしたように声は明るく次の言葉を発する。
「彼らとは、また後でゆっくり話をすると良い。今は、俺の昔話の続きをしようか」
「あっ、はい。お願いします」
空気を変えようとする極天の言葉に、アマネも頷く。
またちょっとだけ間が空いて、言葉が聞こえた。
「……俺がはじめて、その、今や呪いの元凶となったその巫女、金卯と会ったのは、偶然だったんだ。
その日たまたま用事で遠出をしたら、迂闊にも食料を落としてな、俺は腹を空かせていた。もちろん、人の伝承にあるような人喰いなんかはしないよ。同じようなものを食べてるからさ。でも、どうしたもんかと道端で座り込んでいたら、いきなりある少女が声をかけてきたんだ。
お腹がすいているのですか? 私の腕で良ければ、食べますか? と。一瞬、何を言われているのかわからなかったよ。思わず顔を上げたら、その少女の顔は真剣そのものだったんだ。面食らったよ。人側から、自分を食べないかと言われた事なんて無かったから。食べないし」
あはは、と笑い話のように極天は話すが、相当な事を聞いているぞ、とアマネは思った。その少女のヤバさがなんとなく伝わる。
「俺は食べない、と何度言っても聞かなくてね。仕方ないから、腹を空かせたまま、話を聞いてみる事にしたんだ。明らかに世間知らずなのに、力がありそうなその子のちぐはぐさが、なんだか面白くてね。金色の髪に金色の瞳なんてはじめて見た、という物珍しさもあった」
極天は、その時の事を懐かしそうに思い出しながら、話しを続けた。
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