漆黒の瞳は何を見る

灯璃

文字の大きさ
上 下
58 / 118

しおりを挟む

「さ、座ってくれ。もうすぐ、ねいが飲み物を持ってくるから」

 言われた通り、恐る恐る座るアマネ。椅子、それもソファーのように柔らかい感触だった。敷物がしてあるのだろうか。
 アマネが完全に腰かけるのと同時に、その手は離れて行った。ホッとする。アマネが息を吐くと、隣に誰か座った気配がした。

「はいっ、アマネさま、どうぞ。熱いので気を付けてください~」

 ちょんと手を触られ、渡されたのは円形の湯呑。暖かい。ここは、高度が高いためか少し肌寒いなとアマネは思っていたので、ちょうど良かった。

「ありがとう。えっと、ねいちゃん」
「わんっ、あ、また耳でちゃった」

 見えないながらお礼を言うと、嬉しそうな声。次いで、恥ずかしそうにそう声を上げて、トタタと足音が遠ざかって行った。

「さて」

 思ったよりも近くで、あの男性の低く優しい声が聞こえた。妖王だ。
 隣に座ったのは彼だったのだ、とビックリした。この心臓の速さは、驚いたからだ多分。

「周。ここまで、良く頑張った。君が壊すべき宝は、あと一つ。玄武の勾玉まがたまだけだ。だけど、君の瞳は回復していない。急を要する事態の最中だが、君は、もう少し回復を待っ……」
「僕はもう大丈夫です! 目もそんなに痛まないし、早くしないと、人の軍が動くんですっ」

 穏やかに語り掛ける妖王の言葉を、遮るように言葉をかぶせるアマネ。
 こうしている間にも、どこかで戦いが起こっているのではないだろうか。誰かが傷ついているのではないか。そう思うと、いてもたってもいられなかった。
 やるべきことが、もう目の前にあるのだ。
 手に届かない時と、手に触れた時では、もはや思いは変わる。手に触れたのなら、一刻でも早く壊さないといけない。
 そんなアマネを痛ましそうに見る、三対の瞳。

「……大刀自様のまじない布なんて、気休めよ。あんたの目、壊れる所だったのよ」

 最初に言葉を発したのは、炎陽だった。痛ましそうに、そして罪悪感の入り混じった声で呟く。アマネは声がした方を向いた。

「大丈夫です。おかげで、もう、治ります」
「御霊様の宝は、そんな状態では壊せませんよ。勾玉には恐ろしく強力な術がかかってる。今の貴方では、難しいでしょう。大人しく回復を待った方が、勝率は上がりますよ」

 今度声を発したのは、あの青海にそっくりな男性だった。喋り方、考え方までそっくりで、アマネは未だ別人説を信じきれていない。が、思い切って今度はそっちの方を向く。

「え、えっと、玄武さん、ですよね。青海さん、じゃない、んですよね?」
「はい。青海は、私の双子の弟になります」
「えっ?!」

 衝撃の事実がまた一つ増えて、一瞬アマネの思考回路が止まった。が、今度は一瞬でまた回転は再開し、口も動く。

「そう、だったんですね。それより、僕が早くしないと、よけいな被害が出るかもしれないんです。もう既に、三つ宝を封印を壊しました。のろいの力が強くなっている。一刻も早く壊さないといけないんです。案内してください、お願いします」

 自分が聞き取る悲鳴も、強さと近さが増していた。
 炎陽にも言ったが、アマネはなぜあの悲鳴から、呪詛から起きる事ができたのか自分ではわからない。だが、普通の妖はたまったものではないだろう。

「そうだな。だけど、君は我らの希望なんだ。無茶はしないでほしい。君の事が、心配なんだ」

 すぐ隣で聞こえた声に、ハッと反射的にそちらを向くが、もちろん表情はわからない。

「っあ」

 優しい声。心配そうな視線をいくつも感じる。優しく背を撫でる手。
 呼吸が、しにくい。
 言葉が、出ない。
 開けたままの口の中に、何か生暖かい液体が、ポタリと落ちた。
 自分の、涙だった。
 アマネはここでようやく、自分が泣いている事に気づいた。目がジクジク痛む。

 ここにも優しいひと達が居て。
 自分を心配してくれて。
 それなのに自分は、その優しいひと達を拒絶しようとした。

 青龍と、青龍の里でかけられた優しい言葉がまざまざと思い出され、胸が苦しくなって、涙が止まらない。嗚咽が漏れる。優しい手が背中をさすっている。

「ちょっ、ちょっと、泣く事ないじゃないっ。誰も、妖王様も駄目なんて言ってないでしょっ。ちょっとぐらい待ちなさいよ。……それに、アタシたち、あんたに心配されるほど、弱っちくないのよね」

 嗚咽が止まらず困っていると、炎陽の声がした。ふふんと鼻を鳴らすいつもの癖つきで。

「そうですね。貴方に比べたら、私達はそれほど強くないのかもしれない。だけど、弱くもないですよ。なぜ数が少なく、呪いとう負債を背負いながらも、我ら妖が滅びなかったのか、想像して欲しいですね」

 そして、澄ました声も炎陽と同じように、ちょっと誇らし気にそう言った。

「あぁ……」

 嗚咽とも、吐息ともわからない声をあげるアマネ。

「大丈夫だ、周。君が休んで回復するのを待つぐらいの猶予は、ある。治ったら、きっと案内しよう。……御霊みたま、と呼ばれる存在の所にも」

 その優しい声が、決定打になったようだった。

 アマネは、急速に自分の意識が遠のいていくを感じていた。
 まるで、午睡に微睡む布団の中のように、穏やかに、急速に。
 アマネの意識は、闇に包まれていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

山神様と身代わりの花嫁

村井 彰
BL
「お前の子が十八になった時、伴侶として迎え入れる」 かつて山に現れた異形の神は、麓の村の長に向かってそう告げた。しかし、大切な一人娘を差し出す事など出来るはずもなく、考えた末に村長はひとつの結論を出した。 捨て子を育てて、娘の代わりに生贄にすれば良い。 そうして育てられた汐季という青年は、約束通り十八の歳に山神へと捧げられる事となった。だが、汐季の前に現れた山神は、なぜか少年のような姿をしていて……

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

王子様と魔法は取り扱いが難しい

南方まいこ
BL
とある舞踏会に出席したレジェ、そこで幼馴染に出会い、挨拶を交わしたのが運の尽き、おかしな魔道具が陳列する室内へと潜入し、うっかり触れた魔具の魔法が発動してしまう。 特殊な魔法がかかったレジェは、みるみるうちに体が縮み、十歳前後の身体になってしまい、元に戻る方法を探し始めるが、ちょっとした誤解から、幼馴染の行動がおかしな方向へ、更には過保護な執事も加わり、色々と面倒なことに――。 ※濃縮版

異世界に転移したショタは森でスローライフ中

ミクリ21
BL
異世界に転移した小学生のヤマト。 ヤマトに一目惚れした森の主のハーメルンは、ヤマトを溺愛して求愛しての毎日です。 仲良しの二人のほのぼのストーリーです。

竜王陛下、番う相手、間違えてますよ

てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。 『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ 姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。 俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!?   王道ストーリー。竜王×凡人。 20230805 完結しましたので全て公開していきます。

処理中です...