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弐
しおりを挟む「さ、座ってくれ。もうすぐ、ねいが飲み物を持ってくるから」
言われた通り、恐る恐る座るアマネ。椅子、それもソファーのように柔らかい感触だった。敷物がしてあるのだろうか。
アマネが完全に腰かけるのと同時に、その手は離れて行った。ホッとする。アマネが息を吐くと、隣に誰か座った気配がした。
「はいっ、アマネさま、どうぞ。熱いので気を付けてください~」
ちょんと手を触られ、渡されたのは円形の湯呑。暖かい。ここは、高度が高いためか少し肌寒いなとアマネは思っていたので、ちょうど良かった。
「ありがとう。えっと、ねいちゃん」
「わんっ、あ、また耳でちゃった」
見えないながらお礼を言うと、嬉しそうな声。次いで、恥ずかしそうにそう声を上げて、トタタと足音が遠ざかって行った。
「さて」
思ったよりも近くで、あの男性の低く優しい声が聞こえた。妖王だ。
隣に座ったのは彼だったのだ、とビックリした。この心臓の速さは、驚いたからだ多分。
「周。ここまで、良く頑張った。君が壊すべき宝は、あと一つ。玄武の勾玉だけだ。だけど、君の瞳は回復していない。急を要する事態の最中だが、君は、もう少し回復を待っ……」
「僕はもう大丈夫です! 目もそんなに痛まないし、早くしないと、人の軍が動くんですっ」
穏やかに語り掛ける妖王の言葉を、遮るように言葉をかぶせるアマネ。
こうしている間にも、どこかで戦いが起こっているのではないだろうか。誰かが傷ついているのではないか。そう思うと、いてもたってもいられなかった。
やるべきことが、もう目の前にあるのだ。
手に届かない時と、手に触れた時では、もはや思いは変わる。手に触れたのなら、一刻でも早く壊さないといけない。
そんなアマネを痛ましそうに見る、三対の瞳。
「……大刀自様の呪い布なんて、気休めよ。あんたの目、壊れる所だったのよ」
最初に言葉を発したのは、炎陽だった。痛ましそうに、そして罪悪感の入り混じった声で呟く。アマネは声がした方を向いた。
「大丈夫です。おかげで、もう、治ります」
「御霊様の宝は、そんな状態では壊せませんよ。勾玉には恐ろしく強力な術がかかってる。今の貴方では、難しいでしょう。大人しく回復を待った方が、勝率は上がりますよ」
今度声を発したのは、あの青海にそっくりな男性だった。喋り方、考え方までそっくりで、アマネは未だ別人説を信じきれていない。が、思い切って今度はそっちの方を向く。
「え、えっと、玄武さん、ですよね。青海さん、じゃない、んですよね?」
「はい。青海は、私の双子の弟になります」
「えっ?!」
衝撃の事実がまた一つ増えて、一瞬アマネの思考回路が止まった。が、今度は一瞬でまた回転は再開し、口も動く。
「そう、だったんですね。それより、僕が早くしないと、よけいな被害が出るかもしれないんです。もう既に、三つ宝を封印を壊しました。呪いの力が強くなっている。一刻も早く壊さないといけないんです。案内してください、お願いします」
自分が聞き取る悲鳴も、強さと近さが増していた。
炎陽にも言ったが、アマネはなぜあの悲鳴から、呪詛から起きる事ができたのか自分ではわからない。だが、普通の妖はたまったものではないだろう。
「そうだな。だけど、君は我らの希望なんだ。無茶はしないでほしい。君の事が、心配なんだ」
すぐ隣で聞こえた声に、ハッと反射的にそちらを向くが、もちろん表情はわからない。
「っあ」
優しい声。心配そうな視線をいくつも感じる。優しく背を撫でる手。
呼吸が、しにくい。
言葉が、出ない。
開けたままの口の中に、何か生暖かい液体が、ポタリと落ちた。
自分の、涙だった。
アマネはここでようやく、自分が泣いている事に気づいた。目がジクジク痛む。
ここにも優しいひと達が居て。
自分を心配してくれて。
それなのに自分は、その優しいひと達を拒絶しようとした。
青龍と、青龍の里でかけられた優しい言葉がまざまざと思い出され、胸が苦しくなって、涙が止まらない。嗚咽が漏れる。優しい手が背中をさすっている。
「ちょっ、ちょっと、泣く事ないじゃないっ。誰も、妖王様も駄目なんて言ってないでしょっ。ちょっとぐらい待ちなさいよ。……それに、アタシたち、あんたに心配されるほど、弱っちくないのよね」
嗚咽が止まらず困っていると、炎陽の声がした。ふふんと鼻を鳴らすいつもの癖つきで。
「そうですね。貴方に比べたら、私達はそれほど強くないのかもしれない。だけど、弱くもないですよ。なぜ数が少なく、呪いとう負債を背負いながらも、我ら妖が滅びなかったのか、想像して欲しいですね」
そして、澄ました声も炎陽と同じように、ちょっと誇らし気にそう言った。
「あぁ……」
嗚咽とも、吐息ともわからない声をあげるアマネ。
「大丈夫だ、周。君が休んで回復するのを待つぐらいの猶予は、ある。治ったら、きっと案内しよう。……御霊、と呼ばれる存在の所にも」
その優しい声が、決定打になったようだった。
アマネは、急速に自分の意識が遠のいていくを感じていた。
まるで、午睡に微睡む布団の中のように、穏やかに、急速に。
アマネの意識は、闇に包まれていった。
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