漆黒の瞳は何を見る

灯璃

文字の大きさ
上 下
55 / 118

空中飛行

しおりを挟む




「……ねえ、大丈夫? 生きてる?」

 大空を快調に飛んでいた元朱雀、炎陽だったが、背中に乗せた重みが全く存在感を主張しなくなった事にしばらく経ってようやく気付き、声をかけた。
 少し速度を落とすと、ちょっとだけうめき声が聞こえる。

「す、すみま、せん、あまりに、早くて」

 アマネの声が震えているので、炎陽はさらに速度を落とした。今、彼の目が見えていない事も思い出す。

「あら、ごめんなさい。あんまり他のひとを運ばないから。これぐらいなら、お話できるかしら」
「そう、ですね」

 実際、先ほどまでは口を開く事すら風圧で憚られた。
 丹羽のトップスピードも凄かったが、炎陽は、ケタが違う。恐ろしい速さだ。しかも、少し上空に上がった後滑空するような飛び方なので、定期的に物凄い風圧がくるのも、大変だった。
 しかし、話しをしたいとは何だろう。アマネは、炎陽の次の言葉を待った。

「ねえ、あなたはなんで、御霊様の呪いを解きたいの? 妖王様に言われたから?」

 炎陽の純粋な疑問に、アマネは再び心の中で自分に問う。その答えは、変わらない。

「最初は、人に言われたからでした。それこそが、僕がここに居る意味だから、私達を助けてくれって。でも、人だけじゃなく、妖もその呪いせいで困って、悲しんでる。僕にそれをどうにか出来る力があるならば、どうにかしたいって思ったんです。僕に優しくしてくれた妖のみんなに為にも、この悲しみを終わらせたいって……あのひとのことも」
「あのひと?」

 不思議そうな炎陽の声に、アマネは一瞬黙って、口を開いた。

「呪いの、元凶ひと。あのひとの悲鳴は、悲しいと、苦しいと、助けてで満ち溢れてる」
「あんた、御霊様の悲鳴聞いたのに無事なの?!」
「わわっ」

 炎陽が動揺した事によって姿勢が少しぶれたが、流石にアマネを落とす事はしなかった。

「聞き、ました。三度。あなたの術をはじいた時も、実は聞きました」
「三度も聞いて、なんで無事なのよ? そんなの聞いた事ないわよ」
「なぜかはわかりません。でも、あの悲鳴を聞くと、色んな、誰かに危害を加える為の術が頭に浮かんでくるんです。どうすれば良いかわかる。ただ、ひたすら悲鳴を聞き続けないといけないけれど……」

 アマネの静かな言葉に、炎陽が再び動揺したのがわかった。

「あんた、本当に狂ってないの? 人は呪いで狂わないって聞いたけど、人だから? あれ? じゃあ、なんで御霊様の悲鳴聞こえるの?」
「わからない、です。僕は何もわからないんです。ここに来るまでの記憶も無い。でも、ここの妖達に優しくしてもらったから……何もできない僕が、出来ることがあるならやろうって、ここまで来たんです」

 背中にいるアマネを見えていない炎陽にも、アマネが微笑んでいるのはわかった。それほど、穏やかな言葉だった。
 だが、炎陽はそんなアマネの言葉に、溜息を吐いた。

「あんたねえ……アタシを完璧に負かせておいて、自分は何もできないです~は無いわ。流石のアタシも怒り通り越して呆れるわ。あんたは、アタシに勝ったのよ。御霊様を利用したアタシにね。自信持ちなさいよ」

 その声は、いつもの直情的な炎陽の声では無かった。逆に、アマネを元気づけようとしているようだ。それに気づいて、苦笑するアマネ。

「それは……。僕も、御霊さまの力を利用したから、おあいこ、ですね」
「ふん。それで自分の目潰してちゃ、世話ないわね」
「あはは。そう、ですね。でもあれではじめて、僕のこの力が本当に、この瞳から生まれるんだって理解できました。す、炎陽さんは、深くて綺麗な緋色の瞳ですよね。だから、あんなに綺麗な炎が出せるんですか」

 アマネの言葉に、炎陽がふふんと得意げに鼻を鳴らす。

「そうでしょう。一等綺麗なのよ、私の炎。今まで、玄武げんぶにしか消された事ないのよ」
「玄武さん、ですか? どんなひとなんですか」

 アマネの言葉に、炎陽ビクッと動揺したのがわかった。アマネは意味がわからず、炎陽の次の言葉を待つ。あーとかうーとか、炎陽は唸るが、やがて意を決したように言葉を発した。

「あの、えっと、玄武、よ」
「はい。どんなひとですか? 炎を消すっていう事は、水を使うんですか?」
「そっ、そうよっ。じゃなきゃ、負けるわけないものっ、アタシが」

 明らかに動揺した声を上げているが、アマネにその理由はわからない。だから、素直に気になった事を聞き続ける。

「負けたんですか? ああ、そう言えば、炎陽さん各地の長に勝負挑んでたって聞きました。玄武さんとも戦ってたんですね」
「そうなのよっ、あいつほんとにいけ好かない男なのよっ。アタシに勝負吹っ掛けてきた時も、勝った時も、つまんない顔してさあ」

 憤ったような声だが、それだけではないようにアマネは感じていた。玄武の事となるとソワソワするし、動揺するし、一緒に行きたがるし。
 ピンときたアマネが、ははあとニヤリとする。

「玄武さん、強いんですね」
「ふんっ、次は勝つわ。半妖はんようにアタシが負けるわけないんだもの!」
「えっ」

 アマネが驚いた声を上げたので、炎陽は不思議そうに言葉を返した。

「知らなかった? 玄武は半妖なのよ。それで長になったんだから、顔だけの男じゃないのよ、本当にすっごく努力してて冷静で」
「炎陽さんは、玄武さんが好きなんですか?」

 惚気られる気配を察知し、アマネはズバッと本題を切り出した。機体が動揺し激しく揺れたのでアマネは一瞬墜落を覚悟したが、なんとか持ち直した。

「そそそ、そんなわけないでしょ!」
「あわわわわ」
「あっ、ごめん」
「い、いいえ。僕も、すみません。その、あとどれぐらいで着きそうですか」

 また機体が少し動揺したが、今度は少しだけだった。

「日暮れには、着くわよ」
「明日のですか? 早いですね」
「いいえ。今日のよ」
「えええ?!」

 素っ頓狂な声がアマネの口から出た。
 正直、アマネは、まだまだ着くまで時間がかかると思っていた。玄武の山がどれだけ遠いかはわからないが、白虎の所から炎陽の所まで二日かかった。ならばさらにあの大樹の所から倍くらいの日数がいるだろうと思っていたのだ。
 余裕をかましていた。心の準備が出来ていない。

「ほ、本当に、今日着いちゃうんですか」
「なによ、不満なの。もうちょっと速度上げればもっと早く着くけど、あなた、気絶しちゃうかも」
「いえいえいえ、ほんっと、これくらいで良いです、大丈夫です。あ、僕、もっとお話したいな、なんて」
「なに、あんたアタシに惚れたのぉ? ダメよ、アタシにはもう心に決めたやつが」
「玄武さんですか?」
「ちっ、ちちち違う! 違うったら!」
「あわわわ」

 そんな感じで案外楽しく、アマネは炎陽に運ばれていった。





 目隠ししているアマネにはわからないが、昇った日が、落ち始めていた。
 速度は緩まず、炎陽の見立て通り、険しい山々が連なっているのが見える場所まで来ていた。アマネには見えないが。

 しかし、さすが丹羽と親戚の炎陽だ。あの後もお喋りが途切れる事はなく、アマネはいろんな事を教えてもらった。しまいには、炎陽が戦いを吹っかけてまわる理由や、初恋の話まで聞いた。どう聞いても、玄武だった。

 そんなこんなしていると、不意に炎陽の声が高くなった。

「見えて来たわ、玄武のいる山、不死の霊峰ふじのれいほうよ」
「は、はいっ」

 アマネには見えていないが、空気が変わった事は感じていた。高度が、上がったのだ。

 覚悟を決め、アマネは見えない目で前を向いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

闘乱世界ユルヴィクス -最弱と最強神のまったり世直し旅!?-

mao
BL
 力と才能が絶対的な存在である世界ユルヴィクスに生まれながら、何の力も持たずに生まれた無能者リーヴェ。  無能であるが故に散々な人生を送ってきたリーヴェだったが、ある日、将来を誓い合った婚約者ティラに事故を装い殺されかけてしまう。崖下に落ちたところを不思議な男に拾われたが、その男は「神」を名乗るちょっとヤバそうな男で……?  天才、秀才、凡人、そして無能。  強者が弱者を力でねじ伏せ支配するユルヴィクス。周りをチート化させつつ、世界の在り方を変えるための世直し旅が、今始まる……!?  ※一応はバディモノですがBL寄りなので苦手な方はご注意ください。果たして愛は芽生えるのか。   のんびりまったり更新です。カクヨム、なろうでも連載してます。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

孤独な王子は道化師と眠る

河合青
BL
平民として生まれ育ったユリウスは、ある日死んだと聞かされていた父親が実はこの国の国王であったことを知らされ、王城で暮らすこととなる。 慣れない王子としての暮らしの中、隣国との戦でユリウスは隣国の王に関われていた少年ウルを救出する。 人懐っこく明るいウルに心を開いていくユリウス。しかし、男娼として扱われていたウルはユリウスへ抱いて欲しいと迫り、ユリウスはそれを頑なに断っていた。 肌を重ねることなく、何度も夜を過ごす2人の関係は少しずつ変化していく。 道化師×王子の身分差BL 【攻め】ウル 16歳 明るく人懐っこい道化師の少年。芸人としても多才だが、今まで男娼として扱われることのほうが多かった。 自分を助けてくれたユリウスに感謝しており、恩返ししたいと思っている。 【受け】ユリウス 19歳 平民として生まれ育った王子。未だに王子としての実感は薄い。 おおらかでさっぱりとした性格。ウルのことを守ってやりたいと思っている。

そういった理由で彼は問題児になりました

まめ
BL
非王道生徒会をリコールされた元生徒会長が、それでも楽しく学校生活を過ごす話。

僕の王子様

くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。 無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。 そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。 見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。 元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。 ※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

処理中です...