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君を思う別れ
しおりを挟む「それで、次はどちらに向かわれるのでしょうか。青龍郷からいらしたのなら、次は白虎野ですか?」
場が落ち着いた頃合いを見計らって、老婆が穏やかに切り出した。
目に布を巻いたままのアマネは、ゆっくり首を横に振る。
「いいえ。白虎さんの所は、ここに来る前に行きました。最後は、玄武さんの所です」
「えっ!」
アマネの答えに、若い女の子の声が弾んだ。朱雀だ。見えはしないが、ついそちらを向く。心なしか、ソワソワしている雰囲気。
「ふっ、ふーん。ち、ちなみに、どうやって行くつもりなの」
明らかに、口調がおかしくなってきた朱雀。
「そんなの、オレが運ぶに決まってんだろ」
アマネが口を開くより前に、二人の会話に口を挟んだのは、もちろん丹羽だった。決定事項のように言いはしたが、白虎の所で既に遠いと言われていた山に、さらに遠ざかった此処から行けるのか、丹羽自身にも不安はあった。
朱雀はいつものように反論せず、ソワソワした口調のまま、
「玄武のいる山って、すっっっごく遠いのよ。……アタシ、運んであげてもいいわよ」
そう言って、チラチラと老婆を見た。それに対しては、丹羽がいつものように抗議の声をあげる。
「何言ってんだ炎陽! オレが青龍様から言われてんだから、オレが連れて行くに決まってんだろ」
「はあ? あんた、玄武の山までどんだけかかると思ってんのよ」
いつも通りの元気が出て来たのか、言い合いをする二人にアマネはちょっとほっこりした。
「全く。これ、二人ともお止め」
老婆が、やれやれと制止をするが、その声には先ほどまでの威厳は無い。なんだかんだ仲良しの一族なのだろう。
「炎陽……連れて行って差しあげなさい。あの山までは遠いが、お前の羽根ならば保つでしょう」
「良いの?! 大刀自様!」
呆れたような老婆の言葉に被るぐらいの速さで朱雀が嬉しそうな声をあげた。だが、それにはアマネの方が慌てた。
「あの、朱雀さんは、それで大丈夫なのですか?」
「良いのです。朱雀ならば里を守る義務がありますが、今のこの子にその資格はありません」
老婆の口調はあくまで穏やかだが、その言葉には厳しさがこれでもかと詰め込まれていた。アマネには見えてないが、朱雀は落ち込んだ様子でうなだれた。丹羽も何も言えないぐらいに。
「それに、これはこちらからの、せめてものお詫びでございます。どうぞお気になさらず、お使い下さい」
「誠心誠意、務めさせて頂きます」
頭を下げた気配がした。
そこまで言ってもらって断るのも悪いだろう。アマネは有り難く、その申し出を受け入れる事にした。
そして。
アマネは、声を発しなくなった丹羽が居るであろう方向を向いて、少し微笑んだ。
「……丹羽。ここまで、本当に有り難う。君のおかげで、ううん、君じゃなきゃここまで来る事ができなかった。一緒に旅できて、おしゃべり出来て、本当に楽しかった。ありがとう、丹羽」
アマネは丹羽がいるであろう方向に、一生懸命心を尽くして言った。同じような年、同じような距離感で話しをしてくれる丹羽は、アマネにとって、貴重な存在だったのだ。
「アマネ……」
丹羽だって、本当はわかっているのだ。
目線を落とし、グッと眉を寄せ唇を噛み締める。だが、次顔を上げた時、丹羽は無理しながらも笑っていた。アマネには見えないが、意地で口の端を上げた。
「オレこそ、アマネと一緒に飛べて、本当に良かった。色々経験させてもらったし、自分の弱さも再確認できた。だから、オレは、ここまでだ。絶対、御霊様の呪い、解いてくれよな」
自分の無力さと向き合いはじめた丹羽の声は、まだ少し震えていた。見えていないアマネでも感じる。
「うん。絶対、約束するよ!」
信じて送りだしてくれる人が、また増えた。
アマネは胸がジーンとして、いっぱいになった。
この日は、また老婆の家に泊めてもらい、明日出発という流れになった。
丹羽も、見送るために今晩は一緒に泊まる事になった。
アマネの目に巻いた布は、霊力を回復させる呪いがかけられているそうで、なるべく取らないようにと言われたアマネの介助も、丹羽は進んで買って出た。
アマネの目は酷使した為に痛んでおり、割りと危ない状態だったそうだ。
そんな、色んな事を話しながら、布団を横に並べて、二人は他愛のない話をしながらたまに笑いあい、眠りに落ちていった。
夜は、穏やかに更けて行く。
次の日。
朱雀が元気よく起こしにきた。目元が腫れていたのを丹羽が指摘すると、昨日老婆が言った通り朱雀の役を少し停止させられるようだ。から元気、だと気付いて流石の丹羽もそれをイジる事はしなかった。
ただ、朱雀では無くなった事により、炎陽として、アマネを玄武のいる山まで、飛んで連れて行けるのだ。それに関してだけは少し嬉しそうなのが不思議だが、わざわざ聞く事はしなかった。慣れない盲目で、準備に手間取っていたからだ。
そんなこんなしている内に何とかアマネの準備も終わり、いよいよ飛び立つ時となった。
アマネは未だに布を目に巻いている為に、どこに居るかわからない丹羽を呼んだ。丹羽はすぐ近くにおり、なんだと返事をした。
「青龍さんと、めいちゃん、木蓮さん達や青龍さんの村のひと達によろしくね」
「ああ。白虎と朱雀に勝った事言っておくよ」
「一言余計なのよあんた!」
「うるせーな。絶対に落とすなよ、炎陽!」
「アタシを誰だと思ってんのよ。一等大きな翼を持って、一番美しくて早い、炎陽さまよっ」
「はいはい。アマネ、絶対、無事に戻ってこいよ!」
「うんっ。またね、丹羽!」
「ああ、またな!」
短い間とはいえ一緒に旅してきた丹羽との別れだ。悲しくないわけではないが、どこか前向きな別れに思えて、アマネはまた胸がいっぱいになった。
「玄武殿と妖王様の居られる居城は、険しい山が連なっておりますが、この子の翼ならば問題ありますまい。お気をつけて、イスミ様。炎陽、しっかりお連れするんだよ」
「はい、大刀自様。……後を、よろしくお願いします」
炎陽の方も、挨拶が済んだようだ。
「じゃあ、行きましょうか。玄武の城まで!」
「はい、お願いしますっ」
炎陽は背中にアマネを乗せて、勢いよく大樹から飛び降りた。まさか飛び降りるとは思っておらず、アマネは一瞬驚いて炎陽にしがみついたが、それは羽ばたく高度を稼ぐ為だったと、すぐに理解した。丹羽とは飛び方が違うようだ。
力強い羽ばたきの毎に、ぐんぐんと高度が上がり、スピードが上がっていく。
あっという間に二人は大樹のもとより、そびえたつ険しい山々に向かって、飛び去って行くのだった。
残された者は、ただ無事を祈り、その飛び去っていく姿を見送っていた。
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