漆黒の瞳は何を見る

灯璃

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太刀風

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 アマネがその場から離れると、何を思ってか白虎は、その低い声で青龍と同じように何やら呪文のようなものを唱えながら、鍔に近づいて行った。
 何をするつもりなのかわからないアマネが、手を出していいのかわからずオロオロしていると、白虎は表皮を浅く無数に切られながら、鍔の真上に手を翳した。
 そして。

「この血を以て、新しき盟約とす」

 朗々と、白虎はそう宣言するとその場に片膝を付き、血まみれの掌を鍔の上に押し付けた。
 まるで、そこに暴れる何かがいるかのように、力の限り押さえつけているようだった。

 その間にも、白虎の腕や上半身が何かの抵抗のように見えない風に切り刻まれていく。
 が、深く傷つける事はできないようで、次第に風の威力が弱まり、やがて。

「ふゥー。何とかなるもんだなァ。まァ、これで良いだろ」

 白虎はおもむろに、血がボタボタ流れる右腕を上げた。
 そして、そのまま、空中で手を横に薙いだ。その勢いで血が辺りに飛び散り、下の草にかかるかと思いきや、その赤は空中に紛れ、てんでばらばらに飛び散っていった。
 それは、暴風が暴れ狂っているような軌道だった。

 あんまりの事に理解が追いつかず、黙って見ている事しかできないアマネと丹羽。
 満足げに白虎は、二人を振り返った。

「まッ、これでしばらくは人の侵入を防げるだろゥ。そっちの、天狗の小僧は近づくなよ。切り刻まれちまうぞォ」

 カッカッカと愉快そうに白虎が笑うと、急に話を振られた丹羽がビクっとして、アマネの背後にまわってぶんぶんと頷いた。まるでアマネを盾にするかのように。
 背後に回った丹羽を気にしながらもアマネは、より凶悪になった風の壁の方を向いた。

「僕が中に入った時も、風で小さな傷が付きましたけど、これ、中に入った瞬間に死んでしまうのでは……?」

 あまりの魔改造に、アマネは口に手を当てて顔を青ざめさせた。人も妖も傷ついて欲しくは無い。
 そんなアマネに、白虎はニヤリと笑う。

「あァ、だろうなァ。太刀風たちかぜだァ、無事じゃぁ済まねェ。だが、俺の霊力はそこまで多くねェんだ。御霊様の呪い、解いてくンだろ? なるべく急いでくれよゥ、残りを利用してるとはいえ、俺が先に倒れちまうからなァ」

 カッカッカッと楽しそうに笑う白虎に、また一つ、急ぐ理由が出来たとアマネは思った。だがそれは、嫌な気持ちではない。背中を押す理由だ。

「あっ、アマネお前、腕の傷から血出てるぞ」

 大人しく二人の会話を聞いていた丹羽が、ふと声を上げた。アマネの後ろから。丹羽の言葉に、今更ながら腕や頬についた傷に意識をやった。

「いたた……。意識したら、途端にヒリヒリ痛くなってきた」

 呪いを利用した後は、傷一つ追ってないが、その前に土埃で細かな傷がついた。それが、今更に存在を主張してくる。乱暴に一筋流れた血を拭うと、もう傷が塞がりかけている白虎が、呆れたようなため息を吐いた。

「やっぱり人ってのは、軟弱でいけねェ。おィ、手当出来る奴がいるから、そこまで行くぞ」
「すみません、ありがとうございます」

 白虎は、ついて来いと言うと、先頭を歩き出した。その後ろを、素直についていくアマネと、さらに後ろを歩く丹羽。

「アマネ、気にすんなよ。あんだけ早く傷塞がるの、おに神人じにんだけだかんな」

 後ろからコッソリ丹羽がフォローしてくれる、が、アマネは首を傾げて丹羽を振り返った。

「神人って、めいちゃんが名乗ってた、狼神人とかみたいなやつ?」
「そうそう。チビ助も、体丈夫だっだろ。アイツの能力についていけるの、青龍様だけだからあそこに引き取られたんだぜ」
「そうだったんだ。長の家だから、代表して保護したのかと」
「それもあると思うぜ。だけど、二人とも優しいし、放っておけなかったんじゃないかな。お子さん居ないし」

 丹羽とヒソヒソ話していたら、急に、

「おゥ、着いたぞ」

 前から低い声がかかって、丹羽が可哀想な程にビクッとした。
 アマネが前を向くと、白虎の集落からは少し離れているが、家が何件か建っていた。
 白虎はその内の一軒に、邪魔するぞ、と無造作に入って行く。アマネ達も遅れまいとその後ろを追った。

「兄様。また傷をつけたんですか?」

 最初に出迎えた声は、高かった。だが、中性的な高さ。声変わり前の少年の声のようだった。
 ふとアマネが顔を上げると、白虎と似た瞳の色と瞳孔を持つ、銀と黒のしましまの短髪と尻尾の少年がいた。猫であればサバトラやキジトラなどと呼称される色柄だ。
 白虎よりは幾分柔らかな雰囲気だが、それでも背後に隠れる丹羽の緊張が伝わってくる。

「俺は良いんだよ。こいつを手当してやってくれィ。御霊様の試練を乗り越え、あまつさえ解除した奴だァ」
「えっ?! あの野分の中を進んだんですか? 白虎になるわけでも無いのに? 凄い!」

 少年は、手放しで大絶賛した。途端に瞳がキラキラして、アマネを尊敬の眼差しで見つめる。
 その輝く瞳に、アマネは何か言いようの無い罪悪感を覚えた。覚えていない筈の記憶の底からくるような罪悪感。
 少年のキラキラを苦笑しながら受け止め、アマネは手当てを受けた。木蓮程ではないが、手慣れた様子で晒を巻いてくれるので、白虎等も良く傷をつけてくるのだろう。

 アマネが大人しく手当てを受けていると、胡座をかいてその様子を見ていた白虎が、アマネに声をかけた。

「おィ、イスミとやら」

 不意に呼ばれて、アマネは白虎を見上げる。その瞳は、幾分か和らいでいて。

「はい」

 真っ向からその縦長の瞳孔を見ながらアマネが返事をすると、二ッと細められた。

「俺に会う他の種族の奴ァ、たいがいそっちの小僧のように恐れるんだァ。そうやって、真正面から見られンのも久ぶりだぜェ。力があって肝が据わってる奴ァ、嫌いじゃねェ。お前達、他の長の所にも行くんだろ。次は、朱雀ンとこに行く方が良いだろ、玄武の山はちと遠いからな。おィ、小僧。朱雀の場所はわかんだろうな?」

 どうやら、認められたらしい。とわかってアマネはグッと心の中だけで喜びを噛み締めた。白虎の信頼を得られたらしい。……途中で、呪いを利用してズルをしたが、それは今は置いておくしかない。打ち勝って戻ってこれたのは、間違いなく自分の理性のたまものだから。
 アマネは、嬉しそうにはにかんだ。

「はいっ、ありがとうございます。丹羽、疲れるだろうけど、またお願いできるかな?」

 白虎に返事した後、自分の後ろでもはや服の裾を掴んでいる丹羽を振り返ると、コクコクと高速で頷いていた。なるべく早くここを離れたいようだ。

 そんな丹羽の様子を見て、白虎と、白虎の弟は声をたてて笑ったのだった。
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