漆黒の瞳は何を見る

灯璃

文字の大きさ
上 下
44 / 118

しおりを挟む
 どうやら、その声を発したのは、目下もっかに見える金色の男性のようだった。青龍ほどではないが、大柄、というか筋骨隆々の人物だ。

 風も先程よりは強く吹いていないので、丹羽は思い切って一気に高度を落とし、その人物の前にアマネを下ろした。
 急に高度が下がったので、アマネはちょっとだけフラッとした。地面にうまく着地できなくて、足をもつれさせる。
 倒れる、と咄嗟にアマネが手を伸ばしたら、それは何かを掴んだようだった。それと、アマネにつられてよろめきそうになった丹羽が、羽を羽ばたかせて、何とかバランスを取れた。アマネは、無様に地面に倒れずにすんだ。

「あァん? よく見りゃ、お前、朱雀ンとこの親戚かァ?」

 再び聞こえた、低く唸るような声。ハッとしてアマネは自分が掴んだものを見て、驚いた。
 太い、人の腕だった。
 しかも、この重低音の声を発する男性から伸びていた。後ろの丹羽が、ビクッと姿勢を正したのを感じる。

「は、はいっ、そうですっ。丹羽といいますっ。あなたは、び、白虎さまですかっ」

 驚いた事に、あの丹羽が敬語で、しかも少し怯えたような声で応えた。うっかり呆けていたが、ハッとしてアマネはようやくその男性の腕を離して、一人で立った。 

「おゥよ。なんだ、てめェら?」

 声は低く言葉遣いも荒くて恐ろしいが、その響きはどこか優しい。
 アマネがその男性を見上げると、少しくすんだような琥珀色の、猫のような縦長の瞳孔をもつ男性と、目が合った。
 吊り目だが、その瞳に敵意はなさそうだ。自分が掴めたのがその証明だ、とアマネは一人納得する。

「すみません。支えてもらって、有難うございました。僕は、イスミ アマネです。僕の事について、何か、お聞きですか?」

 アマネが見上げながらそう言うと、琥珀色の瞳が見開かれた。
 ついで、マジマジと全身を見られる。
 アマネは今まで、目を逸らされるだけだったので、居心地が悪く感じてしまう。
 とここで、後ろの丹羽がアマネと繋いでいた紐をほどいてくれた。
 ありがとう、とアマネが振り返ると、丹羽は可哀想な程に緊張していた。どうやら、この男性が苦手のようだ。威圧感は確かにあるが、そこまでかなあ、とアマネは思う。

「ああ、妖王がなんか言ってた奴かァ? ッたく、しょうがねェなァ、ついて来い」

 何かを思い出したように男性は頷き、くるりと背を向けて歩き出した。
 金というにはくすんでいる黄土おうどのような色の髪は、ぼさぼさに伸ばされ、男性の背中の真ん中あたりまであった。
 そして、腰から下、尻のあたりから生えているのは……猫のような虎のような、太くてしなやかな縞の尻尾。
 男性が動くたびにゆらゆら揺れており、アマネの心がちょっとだけはずんだ。

「あのっ、どこに向かっているのでしょうか」

 珍しく、アマネの後ろに隠れるようにしてついてきている丹羽が、勇気を振り絞ったような声を出した。アマネもそれは知りたかったので、うんうん頷く。
 前を歩く男性は、その逞しい背を向けたまま、

「俺の家だ。此処じゃァ、話もままならねェからな」

 素っ気なく答える。
 それに、丹羽はホッとしたようだった。目の前の男性が猫、いや虎っぽいから、鳥っぽい丹羽は苦手なのかなあ、なんてアマネはのんきに考える。

「この風は、御霊様の術ですか?」
「あァ、すげェーだろ。俺には、到底できん芸当だ」

 ふと発したアマネの質問にも、気を悪くせず普通に応えてくれるのに、丹羽はビビりっぱなしだ。




 男性、西の長である白虎びゃっこの家は、その草原から少し歩いた場所にあった。
 草原は、実は見えているよりは範囲が狭く、そこからさらに西に向かうと切り立った山々が急に見える。
 これも、術の一種なのだろうか。
 その崖のように切り立つ山のふもとに、何件か家が建っていた。ここが、白虎の集落なのだろう。
 草原、のインパクトが強すぎて、本当に同じ場所なのかアマネの脳は混乱していた。

 集落を囲む柵から中に入ると、そこそこ人数がいるようだった。
 アマネがキョロキョロと見回していると、背後の丹羽がアマネの服の裾を掴んだ。
 その、あまりにも丹羽らしくない行動に驚いて振り返ると、顔が真っ白に青ざめていた。有体に言えば、ビビッているようなのだが、さすがにそれを指摘すると傷つくだろう、とアマネは丹羽のさせたいようにさせ、黙って白虎の後ろについて歩く。
 よくよく見ると、この集落の妖にも耳や尻尾がついているが、どうやら青龍の集落より、猫科に似た妖が多いようだ。

「おゥ、着いたぞ。大したもてなしもできんが、まァ入ってけ」

 と、ようやく白虎の家に着いたようだった。
 そこは、集落の中でも奥の方、剥きだしの崖の下に建っていた。雨や地震が多い国に住んでいた記憶が思い出され、アマネは、正直ゾッとした。だが、白虎は平気そうにその大きな木造の平屋に入っていく。
 そして、丹羽も、ゾッとした顔をしていたが、何も言わず大人しく一緒にその家に入った。独りは嫌だったようだ。




「んで、西の長に何の用だ、あァ?」

 板間の、応接間のような所に通され、アマネは机を挟んで、難しい顔をしている白虎と対面していた。
 丹羽は、二人分ぐらい後ろに座っている。
 白虎の言葉は乱暴だが、口調は怖くない。拒否したりこちらを敵視はしていないようなのに。アマネは、可哀想に項垂れている丹羽をチラリと見て、口を開いた。

「えっと、まず改めて自己紹介をしますね。僕は、イスミ アマネです。実は僕、ここに来る前の記憶がなくて、人に保護されました。はじめは、人の願いで御霊様の呪いを解く為に動いていました。けれど、青龍さんの所で、人ではなく妖側の願いで、御霊様の呪いを解きたい、と思いました。それは、信じてもらうしかないのですが……白虎さんの所にも、御霊様を封印する為に使われていた宝があると聞いて、僕はここまで来ました」

 チラリと丹羽を振り返ると、白虎にビビりながらも、アマネの言葉に勢いよく頷いて肯定してくれていた。
 丹羽の援護にちょっとだけホッとしつつ白虎を見ると、難しい顔のままだった。
 更にアマネが言葉を重ねようと口を開くより早く、白虎の重低音が響いた。

「有るには有るが、それは此処にとって大事な物でなァ。はいそうですか、と壊させるわけにはいかんのよ」

 予想通りの言葉だった。
 青龍は、こちらの態度で信じてくれたが、白虎はどうしたら信じてくれるだろうか。
 アマネが思案していると、顎に手を当て難しい顔をしていた白虎が、ふと、ニヤリと笑った。

「ま、それに、凡夫ぼんぷにはおよそ近づくことすらできねェようになってるからなァ。それに近づけるようだったら、考えてやるよ」

 アマネはその言葉に力強く、連れて行ってください、と間髪入れず頷いたのだった。




 その夜。
 野宿ですら怖れず図太く眠っていた丹羽が、自分のすぐ横に布団を敷いた事に、アマネは苦笑した。何も言わずにいてあげてると、丹羽は寝入りばなに、猫は怖いんだ、とだけ呟いて寝てしまった。
 ちょっとだけ笑って、アマネもすんなり眠りに落ちて行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令息、主人公に媚びを売る

枝豆
BL
前世の記憶からこの世界が小説の中だと知るウィリアム しかも自分はこの世界の主人公をいじめて最終的に殺される悪役令息だった。前世の記憶が戻った時には既に手遅れ このままでは殺されてしまう!こうしてウィリアムが閃いた策は主人公にひたすら媚びを売ることだった n番煎じです。小説を書くのは初めてな故暖かな目で読んで貰えると嬉しいです 主人公がゲスい 最初の方は攻めはわんころ 主人公最近あんま媚び売ってません。 主人公のゲスさは健在です。 不定期更新 感想があると喜びます 誤字脱字とはおともだち

嫌われ悪役令息に転生したけど手遅れでした。

ゆゆり
BL
俺、成海 流唯 (なるみ るい)は今流行りの異世界転生をするも転生先の悪役令息はもう断罪された後。せめて断罪中とかじゃない⁉︎  騎士団長×悪役令息 処女作で作者が学生なこともあり、投稿頻度が乏しいです。誤字脱字など等がたくさんあると思いますが、あたたかいめで見てくださればなと思います!物語はそんなに長くする予定ではないです。

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

俺は成人してるんだが!?~長命種たちが赤子扱いしてくるが本当に勘弁してほしい~

アイミノ
BL
ブラック企業に務める社畜である鹿野は、ある日突然異世界転移してしまう。転移した先は森のなか、食べる物もなく空腹で途方に暮れているところをエルフの青年に助けられる。 これは長命種ばかりの異世界で、主人公が行く先々「まだ赤子じゃないか!」と言われるのがお決まりになる、少し変わった異世界物語です。 ※BLですがR指定のエッチなシーンはありません、ただ主人公が過剰なくらい可愛がられ、尚且つ主人公や他の登場人物にもカップリングが含まれるため、念の為R15としました。 初投稿ですので至らぬ点が多かったら申し訳ないです。 投稿頻度は亀並です。

残虐悪徳一族に転生した

白鳩 唯斗
BL
 前世で読んでいた小説の世界。  男主人公とヒロインを阻む、悪徳一族に転生してしまった。  第三皇子として新たな生を受けた主人公は、残虐な兄弟や、悪政を敷く皇帝から生き残る為に、残虐な人物を演じる。  そんな中、主人公は皇城に訪れた男主人公に遭遇する。  ガッツリBLでは無く、愛情よりも友情に近いかもしれません。 *残虐な描写があります。

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

攻略対象者に転生したので全力で悪役を口説いていこうと思います

りりぃ
BL
俺、百都 涼音は某歌舞伎町の人気№1ホストそして、、、隠れ腐男子である。 仕事から帰る途中で刺されてわりと呆気なく26年間の生涯に幕を閉じた、、、、、、、、、はずだったが! 転生して自分が最もやりこんでいたBLゲームの世界に転生することとなったw まあ転生したのは仕方ない!!仕方ないから俺の最推し 雅きゅん(悪役)を口説こうではないか(( ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーキリトリーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー タイトルどうりの内容になってます、、、 完全不定期更新でございます。暇つぶしに書き始めたものなので、いろいろゆるゆるです、、、 作者はリバが大好物です。基本的に主人公攻めですが、後々ifなどで出すかも知れません、、、 コメント下さると更新頑張ります。誤字脱字の報告でもいいので、、、 R18は保険です、、、 宜しくお願い致します、、、

コパスな殺人鬼の兄に転生したのでどうにか生き延びたい

ベポ田
BL
高倉陽介 前世見ていた「降霊ゲーム」の世界に転生した(享年25歳)、元会社員。弟が作中の黒幕殺人鬼で日々胃痛に悩まされている。 高倉明希 「降霊ゲーム」の黒幕殺人鬼となる予定の男。頭脳明晰、容姿端麗、篤実温厚の三拍子揃った優等生と評価されるが、実態は共感性に欠けたサイコパス野郎。

処理中です...