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犬耳の少女
しおりを挟む「……ぇ、ねぇ、大丈夫? お兄ちゃん」
声がする。小さな女の子の声。
「ねえ、死んでるの?」
真っ暗な意識が、急に浮上する。
アマネは、ゆっくり瞳を開けた。
「わぁ、真っ黒だ。すごいねぇ」
朝日だろうか。柔らかい光が目に眩しい。
ゆっくりと声のした方を見る。
「い、ぬ?」
「犬じゃないよ、狼神人だよ。真っ黒のお兄ちゃんは、なんでここで寝てるの?」
そう。
その声の正体は、茶色の犬耳と少し高い鼻をもった、十ぐらいの女の子だった。耳と同じ色の髪から突き出たその犬耳は、どうも付け耳とかそういったものではなさそうだった。
アマネはとりあえず上体を起こした。背中をしたたかに打っているらしく、めちゃくちゃ痛かった。だが、起き上がれない程ではない。足もひねっているかもしれないようで、じんじん痛む。どこかで、手当を受けられればいいんだけど。
女の子を用心深く見る。
人、ではないだろう。明らかに耳や、鼻、爪も鋭そうだし、妖の一人なんだと思う。
だけど、彼女の方はアマネを警戒していない。どころかアマネを起こしてくれた。言葉も、話しも通じる。
ならば。
アマネは、意を決して口を開いた。
「えっと……。記憶が、無いんだ、僕」
怪しい。怪しすぎる。そりゃ、はじめて会った村人たちも警戒するだろう普通そうだろう。
アマネが祈るような気持ちで女の子を見つめていると、きょとんと首を傾げていた女の子が、パッと顔を輝かせた。
「きおくが ないんださんだね! よろしくね!」
「あー……」
そうきたかー! とアマネは心の中だけで突っ込んだ。がっくりとうなだれ、息を吐く。次、どうしたら良いの?
「きおくがないんださん、大丈夫? めいの村に来る?」
そんなアマネを心配したように、女の子が覗き込んでくる。その様子は、まさに子犬のようだった。その愛らしさに、ふと笑みが漏れる。
「……大人の人、いる?」
「うん、いるよ! あ、足痛いの? めいにつかまっていいよ」
えへへと笑う女の子。足首を庇いながら、よっこいしょっとアマネは立ち上がり、自分の腰ぐらいしかない女の子を見た。
その小さな肩では、支えるどころか一緒に崩れ落ちそうだな、と思ってアマネはそっと小さな肩に手を添えた。足に力を入れると、ズキリと痛みが走った
「いたた」
「大丈夫? お兄ちゃん。めいの村すぐそこだから、頑張って」
結構痛めているようだ。ひびが入っているかもしれない。
なるべくこの犬耳の少女に負担をかけないようにして、アマネは獣道のような道を歩きはじめた。
アマネが目覚めた所から多少歩くと、確かに柵のようなものと、家のようなものが何件か建っていた。こんな森の奥に、霧も濃いような場所に突如として現れたその集落に、アマネは内心驚いていた。何も知らずここにたどり着いていたら、まるで怪談のようだと思っただろう。帰れなくなる系の怖いやつ。
「け、結構、人? いるんだね」
変わらずひょこひょこしながらアマネが聞くと、めいと名乗った犬耳の少女がちょっとだけ自慢げに胸を逸らせた。
「そうだよ。この辺り一帯をしきってる、青龍さまの領地だもん。お兄ちゃんの事も、青龍さまに聞いたら、きっとわかるよ。物知りだもん」
自慢気にそう言う女の子はふんすふんすと鼻を鳴らしているので、その青龍さま、という人の事をとても慕っているようだった。その微笑ましさに頬が緩む。
「そっか、凄い人なんだね」
「うん! 青龍さまは、本当に凄いお方なんだよ。四人しかいない、四聖獣の内のお一人で、妖王様にも、認められた凄い人なんだよっ」
一気に、一気に知らない単語が多い! アマネは、色々尋ねたいのを我慢して、これだけ、聞いた。
「その、青龍さまは、優しい人? 怖い人?」
「とっても優しいよ!」
小さい子に優しいと言われている人なら、話ぐらいは聞いてもらえるかもしれない。と、希望が見えて、小さく安堵の息を吐いたアマネであった。
「めいちゃん! どこ行ってたの!」
村の門をめいと一緒にくぐると、近くを歩いていた犬とはちょっと違う狐のような耳をした、仕立ての良い着物を着た壮年の女性が、慌てたような声を上げて近寄ってきた。肩を貸しているアマネと目が合って、そのおば……女性は驚いたように目を見開いた。
「んま! 真っ黒じゃないか。めいちゃん、この人どうしたの?」
人、と同じように驚かれたが、真逆の意味での驚かれ方だなと、なんとなくアマネは気づく。女性に問われためいは、にこにこと答えた。
「木蓮おばちゃん! この人、きおくがないんださん! なんか、この村に用事があるんだって」
「きおくが、ないんださん……?」
めいのあまりにも当たり前に名前を言った、という風な様子に、女性が一瞬固まる。慌てて、アマネが口を挟んだ。
「すみません、どうも、この村に向かう途中で崖から落ちてしまって、その時に、記憶が抜け落ちてしまったみたいで……。もし良かったら、その、青龍さま、という人にお話し聞けたらなって、思って」
怪しすぎるな、と思いながらもアマネが必死に説明すると、女性は、ああそういうこと、と腑に落ちたような顔をした。
「それは災難でしたねぇ。足も怪我してるんでしょう? うちの屋敷が一番手当の道具が揃っているし、一緒に行きましょうか」
「え?」
きょとんとしているアマネに、めいがこっそり教えてくれた。
「木蓮おばちゃんは、青龍さまの奥さんなんだよ」
驚いて、先導するように歩く狐耳とふわふわの尻尾を持つ女性の、後ろ背を見る。
何もわからないけれど、何かが動きだしたような、予感がした。
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