漆黒の瞳は何を見る

灯璃

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彩りの出会い

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「失礼致します。お客様、お食事はお済みでしょうか」

 食事を残さず食べ終わり、小鳥を撫でていると、部屋の外から女性の声がかかった。
 アマネが戸を開けると、やはりあの桃髪の女性が居た。
 おひい様の場所まで案内すると言うので、アマネは素直にその女性の後ろについて歩き出した。小鳥も一緒だ。ここまでくると、どこまで小鳥の事を突っ込まれずにいるのか知りたくなる。



 二人共無言で、何度目かの廊下の角を曲がった時だった。
 
「わっ」

 男性の驚いた声がした。桃髪の女性が慌てたように声を上げた。

あけぼの宮様みやさま! 大変申し訳ございませんっ。お怪我などございませんか」

 どうやら、廊下の角を曲がった所で、誰かとぶつかる所だったらしい。
 一瞬遅れてアマネが角を曲がると、そこには。

「なに、大丈夫だ。それに、そなたのように華奢な女性がぶつかった所で、幸運なだけだ」

 頭を下げる桃髪の女性の前で快活に笑っている、白銀色プラチナの髪をした美しい男が立っていた。長身で、ゆとりのある衣の上からでも身体を鍛えているのがわかる。

「おや。見慣れない者がいるな。その黒髪……ああ。君が、妹が言っていた予言の子か。ついに見つかったんだな」

 不思議な輝きを放つ緑色の瞳をもつ、目鼻立ちの整った男がにかっと笑いかけてくる事に、アマネは驚いて固まってしまった。
 
宮様みやさま、あまりお話されるのは……」

 桃髪の女性が、心配そうにその男性に言う。

「なに、大丈夫だろう。なあ、青海あおみ。お前が反応しないという事は、人の子なのだろう」

 男性が後ろを振り向くと、その男性の身体の影に隠れるようにして、長身痩躯の、これまた美しい男性が立っていた。
 白銀の髪の男性が男性らしい美貌だとしたら、こちらは中性的な顔立ちだった。その彼は、透き通るような青い髪と、同じような青い目をしていた。
 その青海と呼ばれた男性は、少し憂うような顔をしていた。

「おそらくは。その方が、私より強い妖であれば万が一がありますが、このみや結界けっかいは超えられませんでしょう」

 涼やかな声で、男性に応える。
 アマネには何を言っているのかさっぱりだったが、その言葉に二人は安堵しているようだった。

「そうだろう。このように可憐な子が、そんな強大で凶悪な者の筈がない。俺はあかつき、これからよろしくたのむ」

 驚いた事に、暁と名乗った男性は、アマネに向けて手を差し出してきた。
 驚きすぎて思考が定まらないアマネが、ほぼ無意識に差し出された手を握ろうと腕を上げると、青海と呼ばれた男性が、それを遮るように二人の間に立った。

「宮様。良く知りもしない人物に、名乗られませんように。漆黒しっこくきみ、名は? この国を統べるおひい様の兄君あにぎみにして、この国の全ての武人ぶじんの上に立つ曙の宮様の御前である」

 白銀の男性が、とても偉い人なのだろう、というのだけは何とか理解した。
 アマネが思わず口を開こうとした時、肩に乗っていた小鳥が頬をつついた。何か、注意を促したい時にする行動だ。
 その小鳥の行動に、ハッとした。
 先ほど青い男性が、あまり名乗るなと偉い男性には言っていたのに、こちらにはそれを求める、という事に。本名、だと思うこの名前を全て言っても良いのだろうか。
 少しだけ逡巡して、アマネは頭を深く下げた。

「そんなに偉い方に、失礼しました。ぼ、私は、イスミです。目覚めた時に記憶を無くしたようで、色々わかっていないのです。申し訳ありません」

 頭を下げる事に、何の躊躇も無かったし、心にもない事で謝るのも全然平気だった。アマネは、記憶を無くす前の自分に、少しだけ思いをはせた。
 アマネが口をきき、頭を下げた事に周囲は驚いたようだった。

「ほらな、大丈夫だっただろう、青海。イスミとやら、よろしく頼むな」
「宮様、記憶喪失などとはあまりにも怪しく」
「なに、もしもの時は斬ってしまえば良いだろう」
「それはそうですが、宮様の身に万が一でもありますと……」

 ゆっくり頭を上げるアマネは、自分の動揺が悟られないようにきゅっと口を結んだ。
 今まで受けた仕打ちと、この暁という人も根本的には変わらない、いやむしろ酷くなっている事に気づいてしまったから。
 正直アマネは、この暁という人物を見た時に、その姿に好ましさを覚えた。
 美しい人物で、男性で、自分にも分け隔てなく接してくれそうだったから。――ズキリと、アマネに頭痛が走った。

「お前は本当に心配症だな。ああ、そうだ。君たちは妹の所に行く所なんだろう? 俺も、その話とやらに興味がある。共に行こうじゃないか」

 アマネが頭痛に気を取られている間に、話が凄い方向に進んでいた。
 暁の言葉に、他の二人もあからさまに拒否はしないが、困っているようだった。
 だが、暁の無邪気な圧に負け、結局一緒に行く事になってしまったようだった。



 アマネが後ろで、静かに他の三人の会話を聞いていて、少しわかった事があった。
 この暁という男性は、先ほど青い男性が言っていた通り、この国の実質ナンバー2のような人物らしい。そして、武人。戦う人達の頂点に立ち、全ての指令が出せるようだ。

 そして、青海と呼ばれた青い男性は、方術師ほうじゅつし、という集団の長で、暁の補佐、副官のような役割の人らしい。方術師、とはいったい何だろうとアマネは思ったが、口を挟む事は無かった。

 桃髪のみつひ、と呼ばれたこの女性は、おひい様に長年仕えている、結構偉い女官の人らしい。メイド、という言葉が浮かんだが、合っているのか尋ねられる人は居ない。

 そして、おひい様。
 彼女は女性ながら、この国を統べている人だそうだ。みなに尊敬され敬われる素晴らしいお方、と長年横にいるという女性が言っていたので、是非とも別の立場の人に意見を聞きたいなとアマネは思った。口にする事は無いけれど。

「宮様、本当によろしいのですか?」

 ひと際豪華な絵が描かれたふすまの前で、みつひが困ったように暁に言った。暁は相変わらず快活に笑ったまま、

「うむ。なんなら、俺から入ろう。むらさき、失礼するぞ!」

 暁が、答えも聞かず襖を勢いよく開けるのを、後ろにいた二人は頭を抱えるようにして、見ていた。
 アマネも驚いた。
 おそらく紫、というのがおひい様の名前だろうと察しがついてしまったから。聞いてしまって良かったのだろうか。
 三人が驚いているのもお構いなしに、暁が部屋の中に入ると、中から呆れたような女性の声が上がった。

「兄様。前から申し上げている通り、部屋に入るまえにまずお声がけくださいませ」
「おお、そうだったな。すまんすまん、ついな。それより、ほら。予言の子だ。イスミという、可愛らしい子だぞ」

 急に話の矛先がこちらに来たので、アマネはちょっとビクッとした。というか、暁が先ほどから自分の事を、可愛いと形容してくるのは何なのだろう、と少し現実逃避した。

「全く。兄様、わたくしは予言の子とゆっくり話がしたくて呼んだのですよ」
「うむ、ゆっくり話してくれ。俺は大人しく聞いていよう」

 全く譲るという事を知らないらしい。
 おひい様にちょっと同情したが、すぐに、この二人に対面するのが自分だという事に気づいて、アマネはさぁと顔を青ざめた。救いを求めるように二人を見たが、二人ともさっと視線を他所にやっていた。
 味方はいないのだと、色んな意味で悟ってしまったアマネ。

「仕方ありませんね。みつひ、中にお通しして」
「はい。お客様、どうぞ中へ」

 おひい様の言葉に、何とか溜息を吐くのをこらえながら、中へと一歩踏み出した。
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