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決意の日
しおりを挟む初めて龍士郎に紹介されたクリニックに行った一週間後、再び慧はクリニックを訪れていた。今回、忍は仕事が入った為、一人である。
再診に来た理由は、ちゃんとした診断結果を貰い、これからの方針を決める為、だった。
検査の結果が一週間後にしか出ないものがあり、その結果を待ってからの再診だったが、変わらずswitchである、という事だった。
ただ、この前の診断よりは、慧にもdom適正があるようだというのがわかった、が、subの適性の方が高いのは変わらないので、慧はこのままsubとして生きる事になった。
帰ってきて、自分の布団に頭まですっぽりくるまりながら考えるのは、龍士郎の事。
自分でも不思議なのだが、自分がsubである事を受け入れると、何故か龍士郎の顔が出てくるのだ。
たった五日間、一緒に居ただけの彼を。
恋愛感情に対して淡泊だと思っていた自分が、まさか、そんな。
信じられないという気持ちと、信じたくないという気持ちと、あの人を好きになったら、あの人を刺した人達と同じになるんじゃなかろうか、という不安と。
色んな事をぐるぐる考えていたら、お腹がぐぅと鳴った。
今まで、悩む時は食欲が減り何も食べたくなるのが、普通だったのに。彼について考える時は、お腹が減る……未来を、考えている。
いつまでも、こんな気持ちじゃ、ダメだ!
慧は、決意して布団をバッとはねのけた。
ダメで、もともと。再び交わる事が無いのなら、むしろ好都合だ。
この気持ちに決着をつけなければ、とてもじゃないがまともに生活すらできなくなる。
どうせ、フラれたり、そんなつもりじゃなかった、と言われるなら早い方が良い。
もしかしたら、万が一にだって、龍士郎のようなdomに再び出会う可能性だってあるのだ。
よし、と気合を入れて慧は、仕事に行った忍に電話した。
ーー龍士郎の家に、行くと。
忍はしばしの無言の後、何日なら良いと指定してくれた。
いつ行くかまでは決めていなかった慧には、ありがたい事だった。日にちですら再びモヤモヤ悩んで、決められなくなっていただろうから。
「今、ちょうど千代子さんの家に仕事に来てるんだけど、千代子さんもアンタに謝ってらしたわ。息子がごめんなさいね、って。ま、当たって砕けてきなさいよ。でも、当日はスマホ忘れるんじゃないわよ、何かあったらすぐ電話するのよ。あ」
忍の声の向こうから、千代子らしき声が聞こえた。
忍の仕事の手伝いで、慧も何度か会った事があるが、上品な感じの女性だった事しか思い出せない。龍士郎と似ているといえば、似ていた気もする。
「わかった。……頑張ってくる」
「ああ、慧くん? ごめんなさいねえ、あのバカ息子が。あの子、あれで変に繊細というか、臆病な所があるから、よろしくねえ」
忍に返事したと思ったら、聞こえてきたのは、聞き覚えのない、おそらく千代子の声。
ちょっと千代子さん、と忍が焦っている声が後ろから聞こえてくるので、おそらくいきなりスマホを取られたのだろう。
「あの、えっと、おれ」
「あなたを一目見た時から、この子ならいけるんじゃないかと思ってたのよねえ。ぜひ、うちの引きこもり臆病息子をお願いしたいわ。あ、でも、もし失礼な事があったら、すぐ言ってちょうだいねえ。阿呆な事が言えなくなるくらい、叱っておくから」
朗らかに上品に喋る女性から、とても出てくるとは思えない言葉があったが、慧はそれどころではなかった。
これはつまり、親公認、という事になってしまうのではないか。
慧は一人あわあわしながらも、ハッキリ、スマホに向かって言葉を発した。
「ちゃんと、ご依頼は果たしてきます。わたしも、中途半端にするつもりは、ありません」
「まあ。よろしくね、慧くん。はい、忍さん、ごめんなさいねえ」
千代子の声が遠ざかったので、忍にスマホを返したのだろう。
慧は、ドキドキと強く胸を打つ鼓動を感じていた。
千代子に言った事は、もちろん仕事の事だが、それだけじゃない。
そう。
中途半端にするつもりは、無い。
胸の動悸が早いが、それは嫌なものではなかった。
「ンもう、困るわ千代子さん。慧、わかったわね。とりあえず、アンタはその日ちゃんと仕事の準備していくのよ」
「当たり前でしょっ」
「どうだか。まあ、少しぐらい遅くなっても構わないからね~」
楽しそうに笑う、スマホの向こう側の二人に苦笑して、通話を切った。
ドキドキ、ドキドキ。
胸の鼓動が、おさまらない。
慧は、ギュッとスマホを握り締めていた。
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