16 / 31
セーフワード
しおりを挟む無言で、時間が流れていく。
時計は見ていないが、十数分ぐらいだろうか。
ようやく収まっていく動悸に、慧がホッと息を吐く。
「落ち着いた?」
真横からかかる優しい声に、慧はゆっくり振り向いた。
そこに居たのは、龍士郎。
慧を襲ったdomではない。残酷な程に優しい、domだ。
慧は何度か大きく深呼吸して、口を開いた。
「す、すみません、ご迷惑を」
「ううん。落ち着いたら良かった。はい、水。ちょっと、横になる?」
「いえ、そこ、までは」
いつの間に用意したのだろう。コップに入った水を飲む。
ぬるい。ずっと持っていてくれたようだ。
冷たくない方が、良い。
コクコクと喉を潤し、返す。
立ち上がろうとしたら、ふらついた。
まだ、完全に落ち着いたわけでは無いようだ。
龍士郎が肩をかしてくれたので、素直に従い、連れられたのは、大きなソファー。
前々からここでも寝れるなと思っていたが、実際に自分が寝かされると、その適度な柔らかさと弾力に落ち着き、本当に寝入りそうになる。
そこまで迷惑をかけられない、と断る慧に、龍士郎は良いから少しだけ横になってと、何度か押し問答になったが、結局慧が少し休ませてもらう事で落ち着いた。
はぁーと大きく溜息を吐き、目の上に腕を乗せる。光を遮断したかった。すると、袖が何か湿ったような感触がした。
そこではじめて、慧は自分が泣いている事に気づいた。
ここまで失態を見せていたとは。
仕事中なのに、とプライドが傷ついたのが半分、優しくしてもらって安心したのが、半分。
そう、安心したのだ。
この、出会って四日しか経っていない、それも、雇用主であるdomに。
「慧くん。オレの主治医が、switchとかも結構診てる人だから、一回行ってみない? 紹介できるし、オレだったら好きな時に予約とれるからさ」
頭のすぐそばで、龍士郎の優しい声がする。
その提案は有難いのだろうが、今の慧には何も考えられなかった。
「switchって診断されたらそれ用の薬とか、どうしたら良いかとか教えてもらえると思うし、君にとって悪くないと思うんだ。……どうかな。君を、傷つけてしまったみたいだから、そのお詫びに都合の良い時に予約、取るよ」
慧が目の上から腕を下ろし、顔を横に向けると、龍士郎はすぐ側に座って慧を見下ろしていた。
心配そうに。
慧は、ぼんやりその顔を見上げる。
その目を見つめる。
気のせいでなければ、龍士郎も、慧を特別に見つめているようだった。
「……明日」
ぼんやりした、少し酸素の足りていない脳が、言葉をこぼす。
「明日?」
「予約、明日で、あれば」
慧がぼんやり口にする言葉に、龍士郎は少しだけ眉を下げたが、微笑んだ。ちょっとだけ悲しそうに。
「わかった。ちょっと待ってて」
そう言って、少しだけ慧の額にかかった髪の毛を払い、立ち上がった。
龍士郎の方に沈み込んでいた偏りが、戻る。それが、少しだけ寂しいと思った。
遠くから龍士郎の声がしている。何かを強めに言っているようだ。
しばらくもしない内に足音が近づいてきて、
「慧くん、明日の三時から予約、取れたよ。場所わかる? これ、その先生の名刺。オレの名前を受付で出してくれたら、わかるから」
龍士郎は屈んで、慧と同じ目線で慧を見た。慧は、ぼんやり龍士郎を見る。何故か、涙がこぼれた。
「わわっ、大丈夫? 慧くん。誰か連絡したら、迎えに来てくれる人いる? 今日はもう、帰った方が良い」
龍士郎はそう言うと、慧のバッグを持ってきてくれた。のそのそと手を伸ばし、それを受け取る。
中からスマホを取り出し、言われた通り、迎えに来てくれる人に電話をかけた。
プルルルル…
10
お気に入りに追加
181
あなたにおすすめの小説
[R18]難攻不落!エロトラップダンジョン!
空き缶太郎
BL
(※R18)
代々ダンジョン作りを得意とする魔族の家系に生まれた主人公。
ダンジョン作りの才能にも恵まれ、当代一のダンジョンメーカーへと成長する……はずだった。
これは普通のダンジョンに飽きた魔族の青年が、唯一無二の渾身作として作った『エロトラップダンジョン』の物語である。
短編連作、頭を空っぽにして読めるBL(?)です。
2021/06/05
表紙絵をはちのす様に描いていただきました!
離宮に隠されるお妃様
agapē【アガペー】
恋愛
私の妃にならないか?
侯爵令嬢であるローゼリアには、婚約者がいた。第一王子のライモンド。ある日、呼び出しを受け向かった先には、女性を膝に乗せ、仲睦まじい様子のライモンドがいた。
「何故呼ばれたか・・・わかるな?」
「何故・・・理由は存じませんが」
「毎日勉強ばかりしているのに頭が悪いのだな」
ローゼリアはライモンドから婚約破棄を言い渡される。
『私の妃にならないか?妻としての役割は求めない。少しばかり政務を手伝ってくれると助かるが、後は離宮でゆっくり過ごしてくれればいい』
愛し愛される関係。そんな幸せは夢物語と諦め、ローゼリアは離宮に隠されるお妃様となった。
【完結】【番外編】ナストくんの淫らな非日常【R18BL】
ちゃっぷす
BL
『清らかになるために司祭様に犯されています』の番外編です。
※きれいに終わらせたい方は本編までで留めておくことを強くオススメいたします※
エロのみで構成されているためストーリー性はありません。
ゆっくり更新となります。
【注意点】
こちらは本編のパラレルワールド短編集となる予定です。
本編と矛盾が生じる場合があります。
※この世界では「ヴァルア以外とセックスしない」という約束が存在していません※
※ナストがヴァルア以外の人と儀式をすることがあります※
番外編は本編がベースになっていますが、本編と番外編は繋がっておりません。
※だからナストが別の人と儀式をしても許してあげてください※
※既出の登場キャラのイメージが壊れる可能性があります※
★ナストが作者のおもちゃにされています★
★きれいに終わらせたい方は本編までで留めておくことを強くオススメいたします★
※基本的に全キャラ倫理観が欠如してます※
※頭おかしいキャラが複数います※
※主人公貞操観念皆無※
【ナストと非日常を過ごすキャラ】(随時更新します)
・リング
・医者
・フラスト、触手系魔物、モブおじ2人(うち一人は比較的若め)
・ヴァルア
【以下登場性癖】(随時更新します)
・【ナストとリング】ショタおに、覗き見オナニー
・【ナストとお医者さん】診察と嘯かれ医者に犯されるナスト
・【ナストとフラスト】触手責め、モブおじと3P、恋人の兄とセックス
・【ナストとフラストとヴァルア】浮気、兄弟×主人公(3P)
・【ナストとヴァルア】公開オナニー
自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!
ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。
ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。
そしていつも去り際に一言。
「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」
ティアナは思う。
別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか…
そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。
疲れマラ専用♡おまんこ車両でよしよししてもらうはずだった話
桜羽根ねね
BL
常識改変された世界でのおはなし。
年下巨根イケメン×年上短小社蓄のハッピーエロコメです♡
何でも美味しく食べる方向けです。
世界観がアイドルドッキリの話と繋がってます!
呪いをかけられた王子を助けたら愛されました
Karamimi
恋愛
魔力が大好きな伯爵令嬢、ティアは毎日魔力の勉強に精を出していた。そんな中父親から、自国の第三王子が呪いをかけられ苦しんでいる事。さらに、魔力量が多く魔力大国キブリス王国の血を引くティアに、王子の呪いを解いて欲しいと、国王直々に依頼がったと聞かされた。
もし王子の呪いを解く事が出来れば、特例として憧れの王宮魔術師にしてくれるとも。
元々呪いに興味を持っていたところに、王宮魔術師という言葉も加わり、飛びつくティアは、早速王子の元に向かったのだが…
※5万5千文字程度のお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m
私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。
彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。
それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。
そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。
公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。
そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。
「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」
こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。
彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。
同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。
【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される
鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。
レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。
社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。
そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。
レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。
R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。
ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる