お前の失恋話を聞いてやる

灯璃

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短編 年越し

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※本編と微妙に番いの証を噛んだタイミングが違うパラレル → まだ噛んでない時空※


 今日は、12月30日。
 司と大和が高校を卒業して同棲し、初めてはじめての年越しである。男二人だが、住んでいる日数も浅い為、何とか大晦日までに大掃除は終わっていた。年越しの為の食糧も買い込んだし、初詣はどこに行こうか、と二人ともどこか浮かれて話あっていた。

「そういえば、お前んちって夜に初詣行かないって言ってたよな?」
「ん? ああ、そうなんだ。父さんがさっさと寝ちゃうからさ、母さんがオレだけ連れて行く時もあったんだけど、父さんが心配だから止めてくれって。でも父さん起きてられないから、結局初詣は父さんが起きてから行ってたよ。大和の家は?」
「俺んち? 一応、家族の行事だから、みんなで一緒に日付変わったら行ってたよ。そういえば、神社でお前と会った事ないよな」

 などと、お互いの家のやり方を話していたら、司のスマホが鳴った。何気なく通知画面を見て、司が一瞬ひゅっと息を飲んだ。それだけで、大和は誰からかわかった。祖父だ。アルファで、司が恐れるじいさんだ。
 司は緊張を隠しもせず、スマホをタップした。
 この老人は、決して怒鳴っていたり怖い声をしているわけではない。だが、司の表情がどんどん困っていき、少しは抵抗していたようだが、結局、はい、わかりました。と言って司は電話を切った。

「どしたの、こんな年末に」

 何でもない風に大和が聞くと、司が悲しそうなレトリバーの顔になった。

「……明日、年越しパーティするから、俺も来いって」

 やだー! と電話がちゃんと切れている事を確認して、司が叫んだ。かと思えば顔を両手で覆って、嘆く。

「俺、未成年だし番もいるの知ってるのに、なんであんなアルファとオメガだらけの場所に呼び出すんだ……大和とイチャイチャしてたいのにぃ」
「何言ってんだよ。じいさん、怖いんだろ。それに年越しならまた来年も、ずっと先も出来るんだし」

 ちょっとだけ司の言葉に頬を染めながら大和が励ますと、司は両手を顔から外して恨みがましい顔を向けた。

「はじめての年越しだよ? オレ、大和と年越しできるの楽しみにしてたのに。大和は違うんだ」
「お前なあ……」

 その司の恨みがましい言葉に、大和は大きく溜息を吐いた。そして司の頬に両手を当てて、ぐいっと自分の方に向かせた。その大和の積極的な行動に司の垂れていた耳が起き上がった幻影が見えたとか見えなかったとか。

「オレも楽しみにしてたよ。初詣は家族の行事だって言っただろ……だから、早く帰って来いよ」
「大和~!」

 ちょっと寂しそうな顔をする大和に、司がたまらなくなって抱きしめた。ふわっと藤の香りが漂う。大和も頬に添わせた両手を司の肩に回して抱き着いた。
 どちらともなく目を合わせ、言葉は無いが顔を近づけた。それは軽いものだったが、だんだんと深くなっていく。
 二人は見つめ合い、寝室に消えていった。



 次の日。
 パーティは夕方からだったが、司は午前中から準備に追われていた。スーツの確認、髪のセット、持ち物、会場までの行き方などなど。
 アルファのパーティは大変だなあ、などと他人事のように大和は年越し特番のテレビを横目で見ながら、司の支度を手伝っていた。

「これ、ネクタイ大丈夫? 曲がってない?」
「ま、曲がって無い、と、思う」

 司の緊張がこちらにも伝染してるな、と大和は苦笑した。

「あっ、そろそろ行かないと。……大和、行ってくるね。なるべく早く返してもらえるように言ってみるけど、無理そうならメールする」

 玄関で、服装や持ち物の最終確認をしながら、司が大和を振り返る。大和は苦笑しながらそれを聞いていた。

「はいはい。気を付けて」

 司はそのクールな大和に、眉を下げた。が、何も言わずに革靴を履く為に後ろを向いた。靴を履き終えた司が改めて振り返ると、さっきよりも近い位置に大和の顔があった。思わず驚く司に、大和は、

「早く、帰ってきて。いってらっしゃい」

 そう言って、顔を真っ赤にしてキスしてきた。そのあんまりな可愛さに思わず押し倒したいのをぐっと堪えて、司も、

「うん。行ってくるね、大和」

 そう言って、触れるだけのキスを返した。まるで新婚さんのようだ、いや自分達は新婚のようなものだった幸せ、という事を口にせず表情にだけ出して、司は少し上向いたテンションで出かけて行った。

 パタン、と扉が閉まるまで苦笑して見送って、大和は、はぁ、と寂しそうな溜息を吐いた。
 トボトボと先ほどまで視ていたテレビ番組を、再び見始める。芸人が日本全国を回ってボケをするというバラエティー番組だったが、全く笑う気になれず大和は見るともなしにテレビを見ていた。

 司が用意してくれた夕食をモソモソと食べ、風呂に入り、時間はもはや夜更け。テレビ番組も、年越しのカウントダウンの準備にだんだんと入っていく。
 ふとスマホが鳴った。
 慌てて見ると、司からのメールだった。そこには、

『ごめん大和! おじい様に捕まって、アルファの人達への紹介が終わらないんだ。この分じゃ日付変わるし、タクシーも遠いからホテルとってやるって。本当に勝手で嫌になる。だから、本当にごめん! 先に寝てて。年が変わっても愛してるよ 司』

 と、慌てて書いたような司からの文面があった。こうなる事は予想の内だがそれでも大和は、ばーか、と呟いてスマホをぎゅっと握りしめた。
 今となって嫌に思い起こされる、アルファやオメガもいるパーティ、という司の言葉。
 司なんてぺーぺー、綺麗で手練れのオメガにかかったらイチコロだばーか、と呟いて、大和はスマホを投げ出してその場で横になった。目を瞑っても、眠れる気はしなかった。

 溜息を吐いて大和は再び目を開け、また見るともなしにテレビ番組を見始めた。幸い、番組に困る事は無さそうだ。買っておいたお菓子や炭酸ジュースを引っ張り出してきて、大和は独りの年越しをこたつで迎えたのだった。




 1月1日 元旦

 ガチャガチャと鍵の開く音がした。玄関の扉が開く。

「ただいまー」

 こそっと司が中に声をかけた。テレビの音と照明の光がついている事に気づく。もしかして、と司が少し慌ててリビングに続く扉を開くと、

「大和、起きてたの? 遅くなってごめん、ただいま」

 大和が頬杖をついてテレビを見ていた。それは大和の母親の姿にそっくりだったが、そんな事しらない司は少しだけ眉を下げ、大和に近づいた。メールの返信が無いので、てっきりもう寝ていたと思っていた。

「……お帰り」

 返ってきた大和の声は、素っ気ないものだった。目線もテレビに向けたまま、こちらを見ようともしない大和に異変を感じて、司は前に周り込んだ。

「どうしたの? 大和」

 司がスーツも脱がずに心配そうに聞くが、大和は目線をぷいと逸らして、別にと言い放った。
 その態度に、司の表情が悲しそうなレトリバーそのものになる。

「大和、本当にごめんね。どうしても抜けられなくて。無理言っても、タクシーで帰ってきたら良かった。そんな顔させるなんて……」 

 そして、一生懸命謝る司。だんだん、大和が司と視線を合わせ、大和も眉を下げた。

「どうして、何も言ってくれないの? 大和」

 ウルウルとするレトリバーに、結局オレもこいつのこの顔に弱いんだよなあ、と大和は無意識に肩を触りながら口を開いた。

「オレも、ごめん。……オレさ、オメガとアルファの匂い、多分あんまりわからないんだ。だからお前が、その、匂いをさせて帰ってきてもわからないし、お前が他所に目を向けた時にオレはわからないんだろうなぁ、って思ったらつい」

 八つ当たりしたごめん、と寂しく大和が笑った。と、それを聞いた司が一転、怒ったような表情を浮かべた。そして、座っている大和の横に来て、ぎゅっと抱きしめた。

「大和だけだって言ってるだろ! 幼稚園から好きだったんだぞ!」

 その突然の司の告白に驚いたような顔をしたあと、大和は苦笑した。少し身体を離して司を見上げる。

「いや、流石に嘘だろ」
「本当だよ」

 司の静かで真剣な声、真剣な目に見つめられて、大和はドキッとした。不意にこうしてドキッとさせるし、安心もさせてくれるから本当に適わないなあ、と大和はようやく普通の笑顔を見せた。

「そっか。あり、がと、な」

 抱きしめたまま見つめ合い、司の唇が降りようとした所で、大和の限界が来た。安心したのと暖かい体温で睡魔が急に襲い、大和はその眠気にあらがう事ができなかった。
 良い雰囲気であわよくばこのまま姫始めに持ちこもうと邪な事を考えていた司は、自分の考えに苦笑した。
 自分の腕の中で、安らかな寝顔を向ける大和。
 それだけで、幸せだと思う。
 今回は珍しく嫉妬してくれたみたいだし、はじめての年越しは妨げられたが、違うはじめてが見れた。

 司は幸せそうに笑って、すぅすぅと寝息をたてる大和のおでこに口づけを落とした。そして、そっと横抱きにして寝室まで運ぶ。
 自身も着替えだけして、静かに大和の横に添い寝した。寝顔も可愛い。

 起きたらちゃんと年始の挨拶と、これからも一緒だってちゃんと言おう。不安になんてならないぐらいに、いっぱいの愛の言葉と一緒に。

 その幸せな予定にふふっと笑って、司は穏やかに目を閉じたのだった。



 はっぴーにゅいやー終わり






 結局、大和が起きたのはお昼過ぎ、司が起きたのは夕方近くになってからだった。初詣という雰囲気でもなくなり、一緒にご飯食べて、念願の姫始めができましたとさ。
 本当に終わり。
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