お前の失恋話を聞いてやる

灯璃

文字の大きさ
上 下
22 / 46

運命と

しおりを挟む
「えへへ……っ?!」

 キスした後涙を拭うと、司が驚いたような、戸惑ったような声を上げた。
 ブワッと、司の匂いが強くなる。

「えっ?」

 ……そして、オレからも。
 ナニかが、ブワッと出たのがわかった。
 あ、これ、オレのフェロモンだ。なんで? 発情期はまだまだ先のハズだろ。

「あっ」

 おじいちゃん先生の言葉が、思い出される。
 一ヶ月ぐらいで発情期がくる人もいる。アルファとの関係で。

「な、なぁ大和。これって……もしかして?」

 なぜか、司の言葉に顔が真っ赤になる。

「お、オレ、帰る!」
 
 バッと椅子から立ち上がると、腕を掴まれた。恥ずかしくて、逃げたいのに、逃げられない。
 掴まれた腕から熱が這い上がってくるようだ。
 司の瞳が、さっきまで泣いて充血していたはずの瞳がランランと輝き、オレを見る。

「これ……ヤバいよ、大和。ねえ、ほんとヤバい。うわぁ、めっちゃくちゃ、嬉しい。何これ、本当にこんなことあるの」

 見た事ない、司の表情。
 経験のないオレにも、ただ漏れでわかる。
 司、オレに、欲情しているんだ。
 まるで涎でも垂らしそうな半開きの唇、オレを食い入るように見つめる瞳、上気した頬。声。……匂い。オレを、誘う、匂い。

「つ、かさ。な、に、これ」

 ドクン。
 心臓の鼓動が、強く打つ。
 ドクンドクン、ドクドク。
 あの、発情期一日目の衝動が、クる。切なくて、辛くて、欲しいしか考えられない、頭に靄がかかる酩酊感としかえいない、衝動が。
 先ほどとは違う、生理的な涙が出た。

 司を見ると、司はガタっと立ち上がりオレの側に来た。そしてオレを抱きしめた。ぎゅーっと強く、しっかり。
 司の身体に、匂いに、さきほどより強烈に包まれる。

「あぁ、大和可愛い。本当に可愛い。大好き、ずっと大好きだったんだ」
 
 もう、ダメだ。
 こんなの、無理だよ。
 だって、だって、ずっと好きだった奴が、オレを好きだって言って抱きしめてるんだ。
 もう将来の事とか、不安とか、別れる事とか考えずに、今だけはこの衝動に従っても良いんじゃないかな……。

「司、オレも、お前が好きだよ。ずっと」
「うん! オレも大和が大好き。ずぅっと、ダメな方の想像しかできてなかったから、今、物凄く幸せ! だって、オレの運命の番が、大和だったんだもん!」
「……はぁ?!」

 全部忘れて流されようとした瞬間、思いもよらない言葉が聞こえて、思わず司の胸を強く押して、引きはがした。
 その衝撃に、一気に発情期の靄がかかったような思考が晴れる。

「お、お前っ、それ、本気で言ってんの?」

 ついさっきまで、オメガのフェロモンすらわからなかった奴が。
 オレの疑惑に、司が上気したままの頬を膨らませる。

「本気だよ! 逆に、なんで大和はわからないの? こんなにハッキリ、オレと同じ匂いさせてるのに」
「司と?」

 司からは、藤のような匂いがする。
 オレからは……あれ、なんか、確かに同じような匂いが、する?
 いやいや、司の匂いが強いからじゃないのか。っていうか、オレの匂いって、どんなのだったっけ?

「他のアルファが言ってたよ。運命の番に出会うと凄く良い匂いって感じて、同じ匂いだって思うんだって。オレ、大和から甘くてちょっとスッとする藤っぽい花の匂いがする。大和は、しない? オレと同じ、匂い」

 引きはがして距離をとったオレを、もう一度抱き寄せ、腕の中に収める司。
 脳が、事態に追いついていかない。
 嘘だろ。
 だって、オレと司だぜ。あんまりにも、出来が違いすぎるのに。
 司に促されるように見つめられると、口が勝手に開く。

「す、する。オレも司から、藤のような甘い匂い、する」
「ほらぁ! やっぱりそうじゃん。家が隣なのも、同い年だったのも、ぜんぶ、全部運命だったんだよ!」

 あんまりにも嬉しそうに言われるので、そうなのか、とすとんと言葉が心に落ちてきた。
 落ちて来たが、反応できなかった。固まったと言ってもいい。 

「嬉しい。大和、オレめちゃくちゃ嬉しい。本当はずっと、大和が運命の相手だって知ってたんだ。気付かないようにしてただけ。遠回りしたけど、ようやく手に入れた。嬉しい」

 オレたちは、藤の花なんて気にしたこともなければ、おそらく匂いを嗅いだこともない。なのに、お互いこれは藤の匂いだと感じたのだ。

 信じられない。
 だけど、確固たる証拠が、反論できなくなるほどの純然たる事実が、ここに出てきてしまった。
 運命を、信じても良いの?
 ギュッと胸が苦しくなり、涙が溢れた。

「どしたの大和? どっか痛い?」

 途端に、司が心配そうにオレを覗き込む。

「……がいたい」
「ん、なに?」
「むねが、いたい。お前が、好きすぎて、痛い」

 そう呟くと、またギューッと抱きしめられた。もう離さないと、逃がさないとでもいうぐらいの、強い腕の力。今はその苦しさすら愛おしい。
 司が恍惚とし過ぎて泣きそうな顔で、オレの肩口に顔をうずめた。

「大和。オレも、好き。大好き。良い匂いする。オレと一緒の。オレの大和。もう離さない」

 司は、オレのうなじや肩口に顔を摺り寄せ、すんすんと匂いを嗅いでる。母ちゃんや父ちゃんにあそこまできついって言われた匂いを。
 本当に、信じられない。
 ふと、肩口に唇が触れた感触がした。
 そして、硬い物があたって。

「だっ、ダメ!」

 思わず、両手で司の頭を無理矢理引きはがした。
 引きはがされた司は口を半開きにして呆然としていたが、ムッとした顔をした。怖くないけど、レトリバーが拗ねてるみたいな顔になってる。

「なんで。良いじゃん、オレの証だよ!」

 こいつ、わかっててどさくさに紛れて、番の証をつけようとしたな。

「ま、まだ、心の準備ができてない……」

 だって、司に好きだって言われただけでも天地がひっくり返るぐらい驚いたのに、運命の番だなんて言われて、それをオレもそうかなって受け入れそうになってるって、異常事態だろ。
 脳も心もついていけてない。
 しかし、発情期の衝動がオレの思考をグズグズにしようと迫ってるのも、わかる。
 オレの理性さん今めっちゃ頑張ってる。そのなけなしの理性さんが、鞄に手を突っこめって言ってる。なんでだかわからないけど。

 一方の司は……あっ、ダメだ、これ。手遅れの奴だ。
 たまにエロ漫画とかで目がハートになってる女の子いるけど、なんかあんな感じで壮絶に笑ってオレを見つめてくるんだけど。

「かわいい。そんなに可愛い事言わないで、大和。オレ、マジでヤバい」

 今の言葉のどこにかわいい要素あった!? ここはオレを労わって、一旦解散の流れじゃないのか!

「大和。オレも、大和に受け入れてもらえて、好きって言ってもらえて、信じられないくらい、嬉しい。ね、聞いて、オレの心臓の音。壊れそうなぐらい、早く打ってる」

 今度はそっと、頭を抱き寄せられた。思わず、言われた通りに胸に耳を当て司の鼓動を聞いてしまう。
 ドッドッド。
 これ、もしかしたらオレより早いんじゃないのか。
 ハッとして見上げると、顔をくしゃくしゃにして笑っていた。

「ね。オレも大和と一緒なんだよ。好きな人とくっつけて、すごい、緊張してる。でもそれ以上に、こうしていた方が幸せだってわかるから、くっついていたいんだ!」
 
 あぁ。
 司、本当に、オレの事好きなんだ。
 その顔を見てたら、不意にその事がすんなり理解できて。

 オレたちはお互いに、お互いを大事にし過ぎて、気持ちに蓋をした。
 だけどもう、その必要は無いんだ。
 こうやって、好きって気持ちが、相手を傷つけない事を知ってしまったから。

 さらに、運命とやらのお墨付きだ。
 もう司が、オレ以外の誰かを隣に置く心配なんて、しなくて良いんだ。
 安堵なのか、嬉しさなのか、よくわからないけど、また涙が溢れた。

「大和?」
「……司。オレも、お前と一緒だと幸せ。こうしてると、本当にそう思う」
「そうだろ!」

 嬉しそうな司のその唇に、目が吸い寄せられる。
 少しだけ背伸びして、今度は、自分から司に唇を近づけた。

「あいた」
「っ」

 が、距離感を誤って、ぶつかったようになってしまった。
 だってはじめてなんだ、仕方ないだろ!
 オレが照れ隠しにそういうと、司は本当に嬉しそうに笑って、そして、

「んっ」
「はぁ……」

 唇を、ついばまれ、挟まれ、舐められた。先ほどの触れるだけのとは違う、明確な意思を持った、キス。

「大和」

 切ないような顔をして色気を振りまく司が、オレを呼ぶ。
 なんとなく司のしたい事、がわかってしまった。恥ずかしさのあまり赤面したが、オレは司の胸に顔を埋め、

「いいよ」

 そう言って、司を抱き締め返したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _) ※感想欄のネタバレ配慮はありません。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m

【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで

あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。 連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。 ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。 IF(7話)は本編からの派生。

【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 前話 【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

〖完結〗その愛、お断りします。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚して一年、幸せな毎日を送っていた。それが、一瞬で消え去った…… 彼は突然愛人と子供を連れて来て、離れに住まわせると言った。愛する人に裏切られていたことを知り、胸が苦しくなる。 邪魔なのは、私だ。 そう思った私は離婚を決意し、邸を出て行こうとしたところを彼に見つかり部屋に閉じ込められてしまう。 「君を愛してる」と、何度も口にする彼。愛していれば、何をしても許されると思っているのだろうか。 冗談じゃない。私は、彼の思い通りになどならない! *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

黒聖女の成り上がり~髪が黒いだけで国から追放されたので、隣の国で聖女やります~【完結】

小平ニコ
ファンタジー
大学生の黒木真理矢は、ある日突然、聖女として異世界に召喚されてしまう。だが、異世界人たちは真理矢を見て、開口一番「なんだあの黒い髪は」と言い、嫌悪の眼差しを向けてきた。 この国では、黒い髪の人間は忌まわしき存在として嫌われており、真理矢は、婚約者となるはずであった王太子からも徹底的に罵倒され、国を追い出されてしまう。 (勝手に召喚して、髪が黒いから出てけって、ふざけるんじゃないわよ――) 怒りを胸に秘め、真理矢は隣国に向かった。どうやら隣国では、黒髪の人間でも比較的まともな扱いを受けられるそうだからだ。 (元の世界には戻れないみたいだし、こうなったら聖女の力を使って、隣の国で成り上がってやるわ) 真理矢はそう決心し、見慣れぬ世界で生きていく覚悟を固めたのだった。

もしも○○だったら~らぶえっちシリーズ

中村 心響
恋愛
もしもシリーズと題しまして、オリジナル作品の二次創作。ファンサービスで書いた"もしも、あのキャラとこのキャラがこうだったら~"など、本編では有り得ない夢の妄想短編ストーリーの総集編となっております。 ※ 作品 「男装バレてイケメンに~」 「灼熱の砂丘」 「イケメンはずんどうぽっちゃり…」 こちらの作品を先にお読みください。 各、作品のファン様へ。 こちらの作品は、ノリと悪ふざけで作者が書き散らした、らぶえっちだらけの物語りとなっております。 故に、本作品のイメージが崩れた!とか。 あのキャラにこんなことさせないで!とか。 その他諸々の苦情は一切受け付けておりません。(。ᵕᴗᵕ。)

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

処理中です...