お前の失恋話を聞いてやる

灯璃

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夜の弱音

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『ごめん! 家の用事で今日と明日、遊べなくなった! 本当にごめん。この埋め合わせはいつか必ずするから』

 なんだろうと軽い気持ちでメールを開くと、おそらく、焦って書いたのだろうとわかる文面がそこにあった。思ったよりも、胸は痛まなかった。遊べなくなる理由に、彼女、というのもあったのだ。家の用事なら、まだ良い方だ。 

『了解。家の用事じゃ仕方ないな。だけど、おごるのはこれでチャラだな』

 ちょっとだけ茶化したようなメールを送ると、すぐに返信がきた。

『ちゃんと埋め合わせするから! おごって!』

 その必死さに、思わず笑ってしまった。かわいいなあ、オレの幼馴染は本当に。お前のすることなら、全部許してやるぐらいの事は想ってるけど、言わない。司にとっては、気持ち悪いかもしれない感情だから。

 それにしても。
 司との約束が無くなったなら、暇になったな。
 そうだ、 あの新作のゲームの続きをしよう。あの司に少し似ているイケメン主人公を、今なら普通に操作できる筈だ。発情期は終わったのだから。
 うんうん、逆に丁度良かったんだ。
 だいぶスタートダッシュ組に引き離されてしまったが、今はやり込み要素をみんなで攻略している段階だ。オレも、一周目早くクリアして参戦したいな。



 結局、土曜日の午後と日曜日いっぱいを、ゲームに費やした。
 攻略情報のおかげで、日曜の夕食後には何とか一週目をクリアできた。ようやく普通にゲームできるようになって、本当に良かった。
 一つ伸びをする。
 やり遂げた満足感と、さらに先に待つ展開にわくわくするが、さすがに風呂に入らないといけないだろう。
 ゲーム機をスリープモードにして、立ち上がった時、コン、と窓から小さな音が聞こえた。
 何だろうと思って、カーテンを開けると、そこには、

「司?」

 下の道路に居る、街灯に照らされた人影は、間違いなく司で。
 家の用事だったのになんで独りなんだろうとか、どうして自分の家に帰らないんだろうとか、うちに入らないのかとか、色々考えたが、考えるより前に階段を降りていた。
 こんな時間に、こんな方法でオレを呼び出すなんて、何か、親に聞かれたくない事でもあったのか?
 玄関をガチャリと開けると、手元で小石を弄っていた司がこっちに気づいて、薄明かりの中でへらりと笑ったのが分かった。

「大和」
「司! 何してんの」

 ちょっと小走りで近づくと、司は笑ったまま、

「うん。ちょっと、大和の顔見たくなって」

 そう言った。
 意味がわからない。けど、嬉しくなったのを隠したくて、ちょっと素っ気なく答える。

「はあ? 明日会うだろ」
「そうなんだけどさ」

 司に会えて、嬉しくないわけない。でも、変に動揺するわけにはいかないからな。
 だけど今は、司の方が何か変だ。顔に影が差してあまりよく見えないけど、なんだか辛そうで。
 わざと、明るく司に言う。

「っていうか、良い服着てんじゃん。なに、家の用事とか言いながら、本当はデートだったん? めっちゃ気合いれてんじゃん」

 そう。高校生が着るにしては高級そうなスーツ、のような服を着ている。制服かカジュアルな私服しか持ってないから、これがスーツなのか別の何かなのかオレにはわからない。ネクタイもしてないし。
 自分の言葉に胸が痛くなるが、表には出さない。
 オレの言葉に司が苦笑した。やっぱり、どっかしんどそうな顔をしていて、ちょっと不安になる。

「まさか。良い服着てるけど、デートじゃないんだなあ、これが」
「そうなん? どっか、良いとこのパーティでも呼ばれたか」
「そんな所」

 家の用事、と言いつつも司はアルファだもんな。アルファ同士の繋がりがあるんだろう。そこで、嫌な事や親がベータだって馬鹿にされたりしたのかな。

「大丈夫か、司。何か言われた?」

 つい、心配になって聞くと、司の顔が一瞬歪んだ。泣きそう、と思ったが、泣き虫つっくんは卒業したんだったな。
 誤魔化すように笑う司。

「ちょっとね。早く相手見つけろ~ってうるさくてさ。オレとか相手の家柄とか、どうでも良いと思うんだけどね」

 時代遅れなんだ、と言ってさらに辛そうに笑う司。
 なんだそれ。司、そんな事言われてたのか。

「誰だよ、司にそんな事言う奴。ぶん殴りに……はいけないかもしれないけど、一言言ってやるっ」

 相手、というのは結婚相手の事だろう。アルファは能力が高く貴重なので、良い家柄の所はみんな早めに婚約を結ぶらしい。
 でも司はベータ生まれで、そんな話聞いた事なかった。いまさらそんな事言われて、決められても嫌だろう。
 司は、オレの言葉に驚いたような顔をした後、泣きそうな顔で、笑った。

「あはは、大和らしいや。ありがと。ちょっと、スッとした」

 泣きそうでも、笑ってくれてよかった。と、同時にふとある事に思い至る。

「司、お前もしかして、彼女と短期間で別れて付き合ってを繰り返してるのってまさか……」

 まさか、結婚相手を探していたのか? だから、あんなに短期間でとっかえひっかえしてたのか? それは女の子に失礼だぞ。
 そう思って口を開こうとしたら、司が、ゆっくり首を横に振った。

「ああ、それは違うよ。本当にオレの方が、女の子達に短期間でフラれてるんだ。それに、高校生なのに結婚相手見つけろなんて、早すぎるだろ」

 ちょっとホッとした。
 司がそんな、とんでもない最低野郎じゃなくて、本当に良かった。まあでも、フラれてるって事は何かしら司に問題があるんだろう。前の先輩の理由にはちょっと引いたけど。

「そうだな。オレもそう思うよ。司が、本当に良いと思った子と結婚するべきだと思うぜ。周りに何て言われようとな。オレは、ずっとお前の味方だ」

 へへっと笑って、司にそう言う。
 おそらく、本当に司に結婚するって言われたら泣いてしまいそうだけど、ちゃんとお祝いする覚悟はできてるんだ。
 オレの言葉に、司は眉を寄せてキュッと唇を結ぶ。それは、泣き虫つっくんの時に、一生懸命涙をこらえていた顔と何一つ変わらない。

「なんだ、泣き虫は卒業したんじゃなかったのか?」

 オレが茶化すと、両目をゴシゴシ乱暴に拭って、司がニッと笑う。

「卒業してんだよ。誰がいつ泣いたよ」
「いま」
「泣いてねーし」
「泣いただろ。オレの感動的な言葉によってな!」
「泣いてねえって!」

 ここで、お互い同時に吹き出して、笑ってしまった。
 司が、心の底から笑っているのを見れて、良かった。オレはお前の親友であり、お前の一番の味方でありたいよ。その為に、自分の心を犠牲にしても。

「ま、何にしろ気にすんなって。いつの時代の人間だよ。お前のやりたいようにやれば良いんだよ」

 気にするなとポンポンと司の二の腕を叩くと、司の腕がすっと伸びてきて……ハグされた。お前、オレの発情期が終わってて良かったな!

「司?!」
「大和チャージ、なんちゃって」

 ビックリしすぎて固まったが、ハッとして、オレが離せ、と言う前にすっと司が離れて行った。
 どうしよう、なんか、司からスッとした花の良い匂いがした。ヤバい。

「バカ言ってねーで、用事が済んだらさっさと帰ればーか!」

 恥ずかしくなって、つい大声で悪態をつくと、司がわざとらしく頬に両手を当てて、大和こわーい、とか言い出す。オレが蹴る真似をすると、避ける真似をして、司が笑った。

「ほんと、ありがとな、大和。元気でた」
「あっそ、良かったな。じゃ、早く帰れ」

 しっしと手を振ると、司は大げさに手を振って、明日な! と言って家に入っていった。
 扉が閉まるのを見送って、ようやく肩の荷が下りたように、溜息が出た。
 危ねー。
 あれ、あの匂いがもしかして、アルファのフェロモンってやつなのかな。結婚相手どうのこうの言ってたから、パーティーで他のオメガでもいて誘惑でもされたのかな。わかんないけど。
 わからない事は、蓋をして忘れるに限る。
 オレも自分の家の玄関の扉を開けて中に入ったら、母ちゃんから外で何騒いでんだと怒られた。解せない。





 しかし。
 部屋に戻って、へたり込む。
 いきなり、どうしたんだろう司。
 今までも確かに、パーソナルスペースは狭いオレ達だったが、接触する交流はそうそうなかった。男子同士は普通そうだと思うけど。
 あのハグも、おそらく何かに影響されたというか、うっかりだと思う。女の子には気軽にやってたのかもしれないけど。
 何にせよ、驚いた。
 そして、嬉しかった。一瞬の温もりだったけど。
 司に触れた腕や背中を、つい触ってしまう。もう熱は無いのに。あるとしたら、自分の熱だけ。……辛いな。司の親友として横にいるなら、これが続くのか。

 頑張らないとなあ。
 溜息を吐いて、ゲーム機を起動させる。
 ゲームの中の主人公を、ただカメラをぐりぐり動かして見つめているだけだと気づいた時のオレの恥ずかしさったらなかった。
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