お前の失恋話を聞いてやる

灯璃

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おじいちゃん先生

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 土曜日。
 病院の予約は午前だったので、母ちゃんと一緒にあの大きな病院に行った。一人で行けるって言ったけど、次から一人で行きなさいって、今回はついてきた。心配症だなあ。有難いは有難いんだけど。

 タクシーで病院に着くと、受付して、また母ちゃんと診察まで待った。母ちゃんは、この病院に近所のだれだれさんが入院してどうのと言ってたが、全く知らない人だった。母ちゃんって人種は、なんでそんなにご近所に詳しいのか。
 母ちゃんのどうでも良い話を聞いていたら名前が呼ばれたので、これ幸いと診察室に入った。

 中には、あのおじいちゃん先生が居た。変わらず穏やかで、優しそうな先生だ。

「こんにちは。さて、はじめての発情期はどうだった?」

 ごくごく普通に聞いてくるので、オレも普通に答える。

「いや、なんか、凄かったです。人生観変わりますね、マイナスの方向に」

 オレの答えに、おじいちゃん先生は苦笑する。カルテに何やら書いている。

「そうだねえ。実際、体験してみないとわからない事だものねえ。薬は大丈夫だった?」
「たぶん。でも、次はもうちょっと強めにしてほしいです」

 オレの返事に、おじいちゃん先生はおや? という顔をしてオレを見た。

「そう? あれで成人まで大丈夫な子も多いんだけど……わかった。もう一段階強いの出しておくね。様子を見ようか。あと、これ」

 おじいちゃん先生がカルテに何やら書いた後、取り出したのは、どぎつい赤色の大き目の錠剤。見た事ない錠剤だった。

「なんですか?」

 オレの疑問に、おじいちゃん先生はちょっと真剣な顔をして、錠剤をオレに渡す。まじまじ見るが、普通の薬じゃないのか?

「これはね、いわゆるアフターピルってやつだよ。妊娠する可能性を下げるもの。望まない妊娠や自分を守る為に使われるよ、百パーセントじゃないけどね。発情期を体験したなら、これを持つ意味、わかるよね」

 真剣に話してくれる先生に、ちょっとたじろいだけど、頷いた。
 もし、初日や二日目に、司じゃないフリーのアルファがいたら、おそらくオレは縋ってしまうだろう。
 発情を抑えるがために、身体の関係というのを持ってしまう。それはとても恐ろしい事のように思えた。身をもって体感した、といっていい。

「この薬は、ハッキリ言って高価なんだ。しかも、オメガの妊娠率は決して高くない。だから、絶対処方が要るとは言えないんだけど、あるってわかってるだけで、安心できることもあるからね。お守りがわりに持ってるのを勧めてるんだよ」
「えっと、ちなみに、おいくらですか……?」

 医者の先生が高価、と言うだけあって、新作のゲームが1.5本買えるぐらいの値段を言われてしまった。しかも、一錠でその値段らしい。
 悩む。めっちゃ、悩む。でもこれ、母ちゃんと相談するの恥ずかしいな……。考えようによっては、一錠持ってたら安心だし、何もなければこの一錠で済むなら、今処方してもらうのも有りかもしれない。

「……お願いします」

 この一言、めっちゃ勇気要った。新作ゲームは、しばらく買えないな。

「うんうん。まだまだ高校生だからね。若いうちは、色々体験したい事も多いだろうし、妊娠は大人になってからでも良いんだよ」

 おじいちゃん先生の穏やかな言葉に、胸がジーンとした。

「それとね、若いし最初の内は、発情期のサイクルも安定しなくて、早すぎたり遅すぎたりすることもあるんだ。抑制剤も無くさないようにね。あれっと思ったらいつでも飲めるようにちゃんと保管しておくんだよ」

 あ、そっか。今薬を貰う流れになるんだな。おじいちゃん先生に返事しながら、ふと、気になった事を聞いてみた。

「はい。ちなみに、サイクルってどのくらいなんですか?」
「だいたい、一般的には三ヶ月に一回ぐらいのペースだね。でも、個人差も大きいから、色々だよ。自分のペースをつかむのが大事だよ。早い人は、下手したら一ヶ月ぐらいでまた発情期来たって人もいたから」
「えっ、そんなに幅があるんですか」

 オレが驚いたように声を上げると、おじいちゃん先生は困ったような顔で微笑んだ。

「どうしても、相手のアルファとの関係ってあるからね。色々起きるんだよ、若いうちは特にね。だから、薬を無くさないようにね。処方箋は再発行できるけど、再発行したら自費になって抑制剤も結構高くなるから」
「はあい」

 オレに信用が無いのか、案外無くすオメガが多いのか。まあ、三ヵ月後の薬だもんな。しかも、いつ始まるかわからないのに、はじまったらすぐ飲まないといけない薬。飲むタイミングの難易度高いな。
 そう考えると、ちゃんと鞄の中とかに入れておいた方がよさそうだな。忘れないようにしないと。

「それじゃあ、今日の診察は終わりです。お大事に」
「はい。ありがとうございました」

 診察、というよりただお話しただけだったけど、こんなものなのかな?
 そんな事を思いながら診察室を出ると、母ちゃんが居ない。辺りをキョロキョロ見回すが居ないので、仕方なく病院の受付の方に戻る。と、居た。どこかの知らないおばさんと、何やらお喋りしていた。

「母ちゃん」
「あら、大和。早かったのね。それじゃ、失礼します」

 呆れたように声をかけると、そのおばさんとのお喋りを止めて、こっちに来た。

「誰?」
「近所の佐藤さんよ。おじいさんがここに通院してるから、付き添いなんですって」
「はぁ」

 どこでも井戸端会議して、息子放っておくの、止めて?
 まあでも、母ちゃんにあんまり心配ばっかりかけて悲しませたくないし、母ちゃんがそれで楽しいならそれで良いか。

「あ、母ちゃん金貸して。あとで返すから」

 と、受付に行く前に、薬代が足りない事に気づいた。というか、そんな金額財布に入れ続けられる男子高校生なんているのか?
 母ちゃんは怪訝そうな顔をした後、

「なに? 薬代? それぐらい出してあげるわよ」

 そう言ってくれたが、オレの言った金額にキッと眦を吊り上げた。慌てて、先生が高価だけどとりあえず一錠持ってればお守りになるから、って言った言葉を説明すると、すすすっと下がり、溜息を吐いた。ホッとした。

「そう、先生がそう言うなら、要るんでしょ。良いわよ、出してあげるわよ。でも、働きだしたら自分で払うのよ」

 驚いた。まさか、あのケチの母ちゃんが払ってくれるなんて。確かに、診察費や薬代も払って貰ってるけど、まさかあのお守りまで払ってくれるなんて。

「良いの?」
「学生の内だけよ。お守りなんでしょ」
「ありがと、母ちゃん!」

 正直、めちゃくちゃ痛い金額だったので、有難かった。今度の母の日は、ちゃんと何か贈ろうって心に誓った。


 その後、薬局に行ったら結構な金額が表示されて、オレも母ちゃんもちょっと顔が青くなった。
 そしてそこでも、薬をなくさないようにって薬剤師さんに言われて、母ちゃんにも言われた。うるさいなと思ったけど、はいはいと素直に聞いて、薬を貰って帰った。
 大丈夫だろ。……大丈夫、だよな?

 でもやっぱり、家に帰ったら不安になったので、結局母ちゃんに半分預けて、半分とあのお守りは鞄の中に入れる事にした。
 母ちゃんは呆れたような顔をしていたが、薬箱の中に入れたから、って言ってた。
 ちゃんと覚えておこうと思う……。



 家に帰って一息ついていたら、司からメールが来ていた。
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