お前の失恋話を聞いてやる

灯璃

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好きと避け

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 ふと、目が覚める。

 起きてみると、体調は結構マシになっていた。久しぶりに、すっきり目が覚めた気がする。
 目覚ましより先に起きれたし、これは幸先いいぞ。

 着替えて、忘れないようにこれでもかと制汗剤を振りかけダイニングに行くと、母ちゃんが居た。

「おはよ」
「おはよ、大和。やっぱり学校行くのね。なら、はいお弁当」
「あんがと」
「あんまり、無理しないのよ」
「だいぶマシになったよ」

 焼けたパンが乗った皿を持った母ちゃんが、オレの前に皿を置く。

「まあ、そうね。昨日よりも臭わないし、その制汗剤、忘れるんじゃないわよ」
「うん」

 モソモソとパンをかじりながら、母ちゃんの言葉を聞いてると、スマホの通知音が鳴った。なんだろうと思って開くと、司だった。

『今日は学校行来れそう??』

 ピクッと反応したのでちらっと股間を確認する。ま、まあバレないだろこれぐらいなら。
 それに、このぐらいの欲求なら、一回抜けば元に戻るかもしれない。いける。
 オレは確信を持った。

『行く。心配かけた』

 司にメールをして、急いで朝食を食べ終える。いつもの登校時間になろうとしていたからだ。
 椅子から立ち上がり、母ちゃんの用意してくれた弁当を鞄に突っ込む。

「じゃ、行ってきまーす」
「行ってらっしゃい。気を付けるのよ」

 母ちゃんの言葉を聞きながら、玄関を開ける。
 今日も、雲一つない晴天だった。





 いつも通りの時間に、学校に着く。
 いつも通り、人の少ない時間帯。快適だけど時間が余る。
 だけど、まだあのゲームの事を調べるのは怖かったので、制汗剤のレビューを見比べていた。
 オメガ目線、でレビューを見ていると、どうもお仲間が書いたようなレビューがチラホラ見つかる。有難い。
 ふと、スマホの通知がきた。
 サイレントモードにしていたが、たまたま画面を見ていたので、気づいた。
 司からだった。
 一回、目を逸らして、変に思われないぐらいの深呼吸を繰り返し、メールを開く。

『大和、学校行くの早くない?! おばさんにもう行ったって言われたんだけど』

 つい、笑いがもれた。
 司、いつも遅刻ギリギリまで寝てるから。
 中学くらいから寝坊が酷くなったから、一緒に行くの止めたんだよなあ。
 時計を見ると、家からだと本当にギリギリ着くかつかないかぐらいの時間だった。
 今度は苦笑がもれる。

『いつもこれぐらいだよ。司が遅すぎんだよ』

 今、一生懸命学校に来てるはずだから、スマホは見てないだろう。
 そう思って、送信した後もレビューを見ていたんだが、

『心配だったから一緒に行きたかったのに!明日は一緒に行く!』

 司からの、まさかのメール。まさかの文面。
 つい、机の上に蹲った。急に眠たくなったように見えただろうか。

 ばーか。司のばーか。

『無理すんな』

 何回か深呼吸を繰り返し、それだけ返信してスマホの画面を消した。
 そのまま、机の上で腕を枕に顔を伏せていた。絶対、ニヤニヤしてる。顔が上げられん。
 そのまましばらくじっとしていると、ホームルームが始まるチャイムが鳴った。
 顔を上げると、いつもの教室。特に、オレの方に注意を払う生徒は居なさそうだ。
 臭いって思われてなさそう。良かった。
 そうこうしていると担任が入ってきて、ホームルームがはじまった。




 午前中の授業が終わった。

 休み時間に、もしかしたら司が来るかもしれない、とちょっと身構えていたが、それも無かった。良かったような、嬉しくないような変な気分。
 昼休みのチャイムが鳴るとすぐ、オレは弁当を持って、ある場所に向かった。
 そう。保健室だ。

 保健の先生は、そんなに若くない眼鏡をかけた女性の先生だ。思ったより気さくな先生で、昼休み居させてほしいとお願いすると、深く理由を聞かれる事もなく、オッケーしてもらえた。
 明日以降も、危なそうなら保健室を頼って良いんだって思えて、なんだか安心した。



 結局、昼休みの終わりのチャイムがなるギリギリまで保健室のベッドの上で過ごし、教室に戻った。
 保健室、結構奥まった場所にあるから、ちょっと急ぎ足で教室に戻る事になった。間に合ってよかった。
 椅子に座ると、隣から、

「あれ、早乙女君どこ行ってたの? 土岐君きてたよ」

 女子の声。浜田さんだった。
 機嫌良さそうな声で、なんとなく、何があったか想像がついた。

「そう、なんだ。ちょっとしんどかったから、保健室いってたんだ」
「ふぅん。土岐君がメール欲しいって言ってたよ」

 オレの事には全く興味なさそう。まあ、そうだよな。
 浜田さんのその言葉には、一応頷いておいた。
 それからすぐに、英語の先生が入ってきたので、それ以上の会話はなされなかった。







 放課後。

 ホームルームが終わると、オレは鞄を持ってすぐ教室を出て、三年の教室に向かった。
 三年の教室は一階上にあるので、途中階段ですれ違った三年生に怪訝な顔をされたが、構ってられない。

 確か、高木先輩は、噂によれば3-Bクラスのはず。
 そう思い出しながら、3-B、と書かれたプレートがある教室の前の廊下に立つ。
 うう、怪訝そうな顔にチラチラ見られて恥ずかしいけど、頑張れオレ。
 勇気を出して、一番教室の扉に近い所に居た、女子の先輩に声をかける。

「あの、高木先輩、おられますか?」

 オレに話しかけられて驚いたようだったが、その先輩は何か納得したように教室を振り返り、

「|春久(はるひさ)君、またお客さんきてるよー」

 そう、大きな声で言った。
 ちょっと、目立つ事止めて欲しいんだがっ。
 オレの慌てぶりなんてお構いなく、教室の窓際から一人の男子生徒がゆっくり歩いてきた。
 もうそれだけで、その人が高木先輩だとわかった。
 さらさらのボブぐらいの黒髪、整った中性的な顔、華奢な首に身体。なのに男子生徒の服。
 その人はオレの前に来ると、呼んでくれた先輩には、ありがと、と愛想よく言ってオレを見た。不機嫌そうに。こえぇ。

「なに?」

 その声の冷たいこと。
 なるほど、噂の評判通りだ。思った通りというか、想定内だ。
 考えていた次の言葉を発する。

「二年の早乙女と言います。高木先輩にちょっとお話したい事があってっ」

 オレを呼んだ女子が横で、春久くん相変わらずモテモテねー、と茶化す。高木先輩の下の名前はじめて知った。
 眉を寄せた高木先輩だったが、ふと、オレの方を見る。すんすん、と軽く匂いを嗅ぐと、はぁーとクソでかい溜息を吐いた。

「ここじゃ目立つから、別の所で聞くよ」

 やれやれと面倒そうに指定された場所は、聞いた事ある喫茶店だった。
 オレの通学路とは反対方向にある場所で、高校生が溜まる為に使うような、気軽な喫茶店じゃない。
 仕方ないので、オレは素直に頷いて、最後、

「待ってます」

 それだけ念押しして、オレは三年の教室を後にした。
 かわいー、とかいう女子の声が聞こえたが、無視して階段を降りる。
 告白、したいように見せかけた方が、都合が良いだろうと思って考えた言葉だったが、正解かどうかわからない。恥ずかしかった。

 ……皮膚科の先生が、身近な人にオメガがいたらこの匂いが何かわかった、という風な事を言ってたのを思い出しての賭けだった。オメガの先輩なら、気づいてくれるんじゃないかなって。
 確信はないが、気づいてくれた、と思う。



 その後オレは、司に会わないよう慎重に靴箱に向かい、拍子抜けするぐらい全く出会わずに、校舎の外に出れた。
 今日は、体育館向かって女子が移動していたから、司はおそらくバスケか何かの部活に助っ人に行ったのだろう。
 目立つんだよな、司。
 わかりやすくて、今日は助かったけど。
 モヤっとしたのは忘れて、早足で歩く。



 人から聞いた記憶を頼りに歩いていると、高木先輩に指定された喫茶店を見つけた。
 いかにもレトロ、みたいな佇まいの、高校生には敷居の高い建物だった。
 だから、逆に学校ではしにくい話ができるのかな。

 緊張しながら、カランコロンと、扉を開ける。
 いらっしゃい、と渋めのマスターに言われ、ペコリと頭を下げる。カウンターとソファー席があり、ソファー席の一番奥に、身を縮こまらせるようにして、座った。
 平日で、時間が中途半端だからか、他にお客はいなかった。
 シックな感じのソファーはふかふかで気持ちよく、机も落ち着いた色だった。
 机の上のメニューを見るが、本格的過ぎてわからない。
 カフェオレがあったので、それを注文して、ドキドキしながら高木先輩を待つ。

 しばらくするとカフェオレが出てきたので、少し冷ましていると、カランコロンと扉が開いた。

 ハッとそっちを見ると、業者さんのような人が持っていたダンボールをマスターに渡して、帰って行った。
 ふーっと息を吐き、緊張を緩める。

 高木先輩、遅いな……。

 少し不安に思いながら、カフェオレに口をつける。
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