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第四章:恋人義姉と大切な夜を過ごす
ある日の義姉の過ごし方 その①
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秋の朝、少し風が冷たく感じ始めた頃。
(和樹さん……あなたがいなくなって、もうじき二年が経ってしまうんですね……)
百花は自宅の仏壇に手を合わせながら、独り黙祷していた。博嗣は早朝から講義があるらしくすでに家を出ている。
(最初はどうしていいのかさえわかりませんでした。不安で、孤独で、寂しくて……)
今でも思い返すだけで身体がカタカタ震える。大事な何かがすっぽり抜けてしまったあの感覚こそ、喪失感というものなのだろう。
(でも……今はそんなことありません。逞しく成長した博嗣くんに支えてもらって、愛してもらって……ちゃんと生きています)
自分も死のうと、死んでしまった方がいいと、そう思っていた過去が確かにあった。
だからこそ、確かな熱を持って生きている今が誇らしい。
地に足をつけ、歩きだせる未来もある。
(和樹さん、私、もう大丈夫ですから。その姿、ちゃんと見守っていてくださいね)
遺影のなかで笑う和樹に笑みを返し、百花はスッと淀みない所作で立ち上がる。
スマホで時刻を確認すると、仕事までの時間がいい具合に迫っていた。
カレンダーの十日後には、和樹の三回忌の予定が書きこまれている。
〇
平日午前、オフィスにて。
「百花先輩。この資料、確認してもらってもいいですか?」
「はい、大丈夫ですよ……うん、特に問題ありません。お疲れ様です」
後輩の持ってきた書類に目を通して不備がないことを確認する。百花の言葉に、昨年入ってきたばかりの女の子が笑みを浮かべた。
「ありがとうございます!」
「どんどん仕事も覚えてきて、随分頼もしくなりましたね。もう立派に一人前です」
「そんな……!私なんてまだまだです。百花先輩にはもっと色々教わりたいです!」
二十三歳の若々しい熱意がやや眩しい。
「あはは……ですが、本当に教えることなんてほとんど残ってませんよ。優秀な後輩すぎて、逆に困っているくらいですからね」
「それは百花ちゃんにも言えるけどね」
後ろからヌッと現れたのは百花の先輩だ。
「先輩……また休憩ですか?お昼まではまだ時間あるので頑張ってください。それと、以前頼まれた資料は机に置いておきましたよ」
「ほらっ!また私より仕事してる!先輩の面目丸潰れよホント……おかげで私が毎日ダラダラ仕事してると思われちゃうじゃない」
三十路の上司がぷりぷりと怒るが、普通に仕事をこなして怒られてはどうしようもない。
「……その上、私の逆ギレにも何も反論しないし。ホント良い娘すぎて困っちゃうわ」
「はい!先輩はいつも落ち着いていますからね。オトナの余裕を感じます!」
「私、そんなに凄くないんですけど……」
後輩と先輩に口々に言われてはやや気恥ずかしい。それに居心地の悪さも伴う。
「百花先輩は私の憧れなんですよ!良ければ今度、私と飲みに行ってくれませんか?」
「ええっと、その……ごめんなさい。私、お酒はあまり得意じゃなくて……」
「そうよねぇ。飲み会とかでもいつもお茶ばかりだものね……でも、ちょっと前にオススメの居酒屋を訊かれた気がするなぁ?」
ビクン、と僅かに肩が跳ねた。その反応を見逃さなかった先輩がにっと嬉しそうに笑う。
「男?」
「えっ?先輩、やっぱり彼氏さんいるんですか⁉きっと素敵な人なんでしょうねぇ……」
身もふたもない問いかけに、後輩もきゃあっと黄色い悲鳴を上げる。
「百花先輩っていつも優しいですし、女の私から見ても色気があるっていうか……」
「わかるわかる。百花ちゃんって、周りのことよく見てるし、物腰も丁寧だし……」
ぺらぺらと誉め言葉を語り出した二人に、これは完全に遊ばれてるなと悟る。
(百花先輩に、百花ちゃん、ですかぁ……)
それは或いは、優しさでさえない、単なる自然の成り行きなのかもしれない。
しかしやはり、認めてもらえるのは嬉しい。
「……というわけだから、百花ちゃん」
訥々と美辞麗句を並べ続けていた二人が一度口を閉じた。向けられた真摯な視線と穏やかな笑みを、百花もまた真っ直ぐ受け止める。
「百花ちゃんは、私たちにとって必要な存在だからさ。どっか行ったりはしないでよね」
「そうですよ。私もこれからいっぱい頑張って、絶対先輩の助けになりますから!」
ありふれた平日の午前にするには、いさかか以上に小恥ずかしいやり取りだと思う。
それがわかっていても、なお。
「はい。まだまだの身ですが、これからも一緒に頑張ってくれると嬉しいです」
そう、百花は笑顔で返すのだった。
(和樹さん……あなたがいなくなって、もうじき二年が経ってしまうんですね……)
百花は自宅の仏壇に手を合わせながら、独り黙祷していた。博嗣は早朝から講義があるらしくすでに家を出ている。
(最初はどうしていいのかさえわかりませんでした。不安で、孤独で、寂しくて……)
今でも思い返すだけで身体がカタカタ震える。大事な何かがすっぽり抜けてしまったあの感覚こそ、喪失感というものなのだろう。
(でも……今はそんなことありません。逞しく成長した博嗣くんに支えてもらって、愛してもらって……ちゃんと生きています)
自分も死のうと、死んでしまった方がいいと、そう思っていた過去が確かにあった。
だからこそ、確かな熱を持って生きている今が誇らしい。
地に足をつけ、歩きだせる未来もある。
(和樹さん、私、もう大丈夫ですから。その姿、ちゃんと見守っていてくださいね)
遺影のなかで笑う和樹に笑みを返し、百花はスッと淀みない所作で立ち上がる。
スマホで時刻を確認すると、仕事までの時間がいい具合に迫っていた。
カレンダーの十日後には、和樹の三回忌の予定が書きこまれている。
〇
平日午前、オフィスにて。
「百花先輩。この資料、確認してもらってもいいですか?」
「はい、大丈夫ですよ……うん、特に問題ありません。お疲れ様です」
後輩の持ってきた書類に目を通して不備がないことを確認する。百花の言葉に、昨年入ってきたばかりの女の子が笑みを浮かべた。
「ありがとうございます!」
「どんどん仕事も覚えてきて、随分頼もしくなりましたね。もう立派に一人前です」
「そんな……!私なんてまだまだです。百花先輩にはもっと色々教わりたいです!」
二十三歳の若々しい熱意がやや眩しい。
「あはは……ですが、本当に教えることなんてほとんど残ってませんよ。優秀な後輩すぎて、逆に困っているくらいですからね」
「それは百花ちゃんにも言えるけどね」
後ろからヌッと現れたのは百花の先輩だ。
「先輩……また休憩ですか?お昼まではまだ時間あるので頑張ってください。それと、以前頼まれた資料は机に置いておきましたよ」
「ほらっ!また私より仕事してる!先輩の面目丸潰れよホント……おかげで私が毎日ダラダラ仕事してると思われちゃうじゃない」
三十路の上司がぷりぷりと怒るが、普通に仕事をこなして怒られてはどうしようもない。
「……その上、私の逆ギレにも何も反論しないし。ホント良い娘すぎて困っちゃうわ」
「はい!先輩はいつも落ち着いていますからね。オトナの余裕を感じます!」
「私、そんなに凄くないんですけど……」
後輩と先輩に口々に言われてはやや気恥ずかしい。それに居心地の悪さも伴う。
「百花先輩は私の憧れなんですよ!良ければ今度、私と飲みに行ってくれませんか?」
「ええっと、その……ごめんなさい。私、お酒はあまり得意じゃなくて……」
「そうよねぇ。飲み会とかでもいつもお茶ばかりだものね……でも、ちょっと前にオススメの居酒屋を訊かれた気がするなぁ?」
ビクン、と僅かに肩が跳ねた。その反応を見逃さなかった先輩がにっと嬉しそうに笑う。
「男?」
「えっ?先輩、やっぱり彼氏さんいるんですか⁉きっと素敵な人なんでしょうねぇ……」
身もふたもない問いかけに、後輩もきゃあっと黄色い悲鳴を上げる。
「百花先輩っていつも優しいですし、女の私から見ても色気があるっていうか……」
「わかるわかる。百花ちゃんって、周りのことよく見てるし、物腰も丁寧だし……」
ぺらぺらと誉め言葉を語り出した二人に、これは完全に遊ばれてるなと悟る。
(百花先輩に、百花ちゃん、ですかぁ……)
それは或いは、優しさでさえない、単なる自然の成り行きなのかもしれない。
しかしやはり、認めてもらえるのは嬉しい。
「……というわけだから、百花ちゃん」
訥々と美辞麗句を並べ続けていた二人が一度口を閉じた。向けられた真摯な視線と穏やかな笑みを、百花もまた真っ直ぐ受け止める。
「百花ちゃんは、私たちにとって必要な存在だからさ。どっか行ったりはしないでよね」
「そうですよ。私もこれからいっぱい頑張って、絶対先輩の助けになりますから!」
ありふれた平日の午前にするには、いさかか以上に小恥ずかしいやり取りだと思う。
それがわかっていても、なお。
「はい。まだまだの身ですが、これからも一緒に頑張ってくれると嬉しいです」
そう、百花は笑顔で返すのだった。
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