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学園編
78.真犯人
しおりを挟む「ミーシャ様が何か隠し事をされて、それを私達に言う気がないことはもう分かっています。それが私利私欲のためでないことも、私達はよく分かっています」
グニラ・オレーンは、私を買い被り過ぎていると思う。
「私はミーシャ様がいらっしゃらなかったら、きっと、ずっと平民を許せないままでした。それどころか、デリア・リナウドの参加に下っていたかもしれません。そんな自分は、想像するだけで、とても醜い」
そういう彼女の表情はとても穏やかだ。熱そうな紅茶を、なんということはないように少しずつ口に運ぶ。とても優雅に。
「お嬢様方――」
グニラ・オレーンと友好を深めていると、メイドの一人が頭を垂れながら室内に入ってきた。給仕をしてくれたメイドとは別のメイド。
「旦那様がお呼びです」
彼女の案内で、私たちは談話室へ向かった。教育が行き届いているらしいメイドの表情から、緊急事態を読み取ることはできない。
今までいた客間から、目的の談話室までそれなりに距離がある。廊下に飾られているいくつかの調度品。廊下の広さから考えると少し物が少ないように思える。完全に財政状態が元に戻るには、もうしばらく時間がかかりそうだ。
目的の談話室は、金や銀といった装飾より木や土、岩といった自然物を使って造られている。温かみがあってとても好ましく思える。
談話室の中央に置かれた大きなテーブルの手前に、オレーン伯は座していた。……下座だ。えー、私ってそういうことする人だと思われているの?!
このままだと、私が上座に座る羽目になってしまう!
……なので、メイドさんに助け舟を求める視線を送り、善処してもらった! プロのメイドって凄い……。彼女タダモノではなかったり? ……まあ、いいか。
「……さて、話を仕切り直させてもらっていいかな?」
オレーン伯の立ち居振る舞いは品があって綺麗だ。生まれ持った性質か、大人に言うのもアレだが――躾の賜物か。
「王立学園に通っている平民が、続々と退学の手続きを始めているらしいのです」
「えっ?! なんで――」
誰かがおかしいな圧力でもかけてる?!
貴族という集団の中に平民が足を踏み入れることを、極端に嫌う者は多い――リナウド侯爵夫人のような保守派の人間は特に。
我がシテリン家も、そういったところがあった。何時の間にかなくなってしまったようだけど。
「思うところは多々あるでしょうが、あなたのお耳に入れたいのは、孤児院から通っている娘のことです」
――マリー・トーマン?
「あの孤児院にあなたが――ミーシャ・デュ・シテリン嬢が個人的に寄付をしていると、リナウド侯爵夫人の『蟲』が調べたようです」
『蟲』というのは半端者の別称だ。
日本で言うところの三下ヤクザ、鉄砲玉いったところか。スパイや諜報員といった、中二心をくすぐる域には達していない者。
目立たず気づかれず、敷地内に侵入しありとあらゆるものを見る。小さく脆弱で、潰そうと思えばすぐに潰せる。代わりなんて沢山いる。潰したところで誰も気にも止めやしない。そんな生き方しかできない者達。だから――虫。
「今は国王陛下も平常心を失っているようで……次から次へと証拠を持ってくるリナウド侯爵の訴えにしか耳を傾けないのです」
疲れたようにオレーン伯は息を吐いた。次から次へと証拠を持ってくる、ねぇ……。用意周到に話を持ってくんだなぁ。
ここまで周到に事を運べるなら、もっとスマートに家族のことだけを考えていれば、彼が望む『心優しい娘』は手に入ったんじゃないのか。それとも、リナウド侯爵は娘を次期王妃にしたかった? 優しい娘を取り戻したいだけではない?
「マリー・トーマンは、才覚を見出されて王立学園へ通うことになったはずです。陛下も、これ以上貴族と平民の間に軋轢を生むのは得策ではないと考えておいでだと、思っていたのですが」
……失敗だった。あの舞踏会で私が邪魔をしなければ、マリー・トーマンと王妃様には繋がりができていた。その繋がりが今あれば、退学になりそうなあの子を見過ごすなんてことしなかっただろう。
「陛下の今の考えは分かりません。リナウド侯爵夫人が巧妙に動いているらしく、訴えの全てがリナウド侯爵の耳に届いてしまい、門戸が閉ざされてしまうのです」
「え? リナウド侯爵夫人が陛下への窓口を取り仕切ってるの? なんで???」
国王陛下の職務を補佐するのは宰相の役目だったはずだ。仮に、宰相が職務を全うすることができない状態だったとしても、代理を務める文官は沢山いるだろう。いち侯爵夫人の出る幕などない。
なんか、おかしな呪いでもかかってるのかな……。
時間巻き戻したりしてる間に、世界壊れちゃったのか?!
「うーん……社交シーズン終わったってことは議会も閉会中ですよね……。議会も開かずに陛下に物申すことはできなさそうですし……緊急議会とか……開けますかね?」
もう半分やぶれかぶれだ。リナウド侯爵が何を考え、どこまで手を回しているのか、もう全然分からない。全員を買収されて、完全に詰む前に緊急議会を開き、リナウド邸の家宅捜索を誘導することはできれば、それに越したことはないんだけどなぁ……。
よし、取り敢えずオレーン伯に提案してみよう。
「……それは……そう、ですね……」
「オレーン伯、議会でリナウド侯爵をやり込める必要は ありません」
「どういうことでしょう?」
「リナウド侯爵が釣れればそれでいいんです。……その辺も含め、大人の皆様のご協力を得られれば嬉しいのですけど」
日本では昔からドラマやアニメで大人気な――囮捜査の実施を提言しまみよう。
「何を考えているんですか、ミーシャ様!」
……全てを理解したグニラ・オレーンはものすごく怒っている。オレーン伯は難しい顔。迷惑をかけて申し訳ないが、ここをうまく乗り切らなければ立場がまずいのは、彼も同じ。彼の方は腹をくくったようだ。
◇◆◇ ◇◆◇
オレーン伯の助力と、私の内職時代の伝手を手繰りに手繰って、同志をかき集めた! それに、リナウド侯爵の強引なやり方に、それなりに反感が集まっていたらしく、思わぬ所から申し出があったりもした。
……まあ、罠もあったけど。
捨てた肩書きとは言え、悪役令嬢ミーシャ・デュ・シテリンを羽目倒してやろうとは面白いことを考える畜生がいたもの――おっといけない。心がよろしくない方々は、心のよろしい方々に引き取っていただいたのでヨシとしよう。
心清らかな令嬢のあるべき対応だよね、うん。
まあ、そんなこんなで色々あったけど、準備は整った。
緊急議会を開くために、署名付きの嘆願書を大勢の同志と共に陛下に届けるぞ! と、噂を流した。時間と場所まで全て。
そして、登城当日――――。
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