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幼少期編
16.楽しいお茶会の時間です5
しおりを挟む「え――」
あお向けに倒れていたはずなのに、いつの間にうつ伏せに? ――ああ、そうか。薬の影響で交感神経が高ぶり、想定より早く目が覚めてしまったのか。
ならば、やり方を変えるだけだ。
――シュトルツァー公のあの言葉を聞いてしまった以上……この女、このまま帰すワケにいかない。
「そうよ、アンタが悪魔なのよ、悪魔は死ね悪魔は死ね悪魔は死ね悪魔は死ね悪魔は死ね悪魔は死ね悪魔は死ね悪魔は死ね悪魔は死ね悪魔は死ね――」
ろれつが怪しくなってきた口、小刻みに震え始める体、赤く広がる充血。
禁断症状が出るには早すぎるだろう。しかし、いよいよ常軌を逸してきたマデリーネの姿を前に、防御体勢を取ろうとする私の耳に届いた。
シュトルツァー公の叫び声が――。
「パトリックを……パトリックを呼――」
叫んだ言葉は最後まで紡がれることはなかった。その口は、父のてのひらに塞がれていたから。
「――シュトルツァー公、この国の未来のために、お互いの幸福のために、建設的な話し合いをしようではありませんか? この状況を看過できるほど――私は甘くはない」
シュトルツァー公と向き合う父の表情に、思わずマデリーネ嬢に絞め技を決めていた己の手から力が抜けてしまった――。
「――ミーシャ!!!」
焦る父の叫び声が聞こえる。
いや――これくらい、私は本当に大丈夫なのだけれど。
……実父マジギレにつき、事態は秒で収束した。
私が固まっている間に終わった。これはもう本当に驚いた。アクドイコトしないだろうな?! と目を光らせる間もなかった。
いつの間にか牧師を小部屋へ連れてきた母の様子に、私は母を侮っていたことを深く反省した。現れた牧師は、訓練された軍人かと思うほどの手際のよさを発揮した。マデリーネ嬢を秒で捕獲し、使用人出入り口からマデリーネ嬢を連れ出した。
連行する際も、かつての私が味わったような強行さはない。あくまで、彼女を優しく諭しながら、その意思を尊重するかのように――見せかけながら。
牧師ではなく教会騎士かもしれない。
◇
「お前、なんかする時は言えつっただろ!」
「ええっ?! あ、あのでも…………」
私は今、自室でパトリックに手当をされながら説教を受けている。
マデリーネ嬢は最後の最後でどこに隠し持っていたのか、妙に可愛らしくデコられた小さなナイフを振り回してきた。なんであんな物持っているのか。
取り押さえる際に、手の平を少し切ったくらいだ。私の中では無傷で捕らえた部類に入るのだが……目の前のパトリックはそうではないらしい。嫌がらせレベルで消毒を念入りにしてくれている。
――手当は侍女がすると言っていたのだが、手当道具を持ってきた侍女を下がらせて、パトリックが手当をし始めた。懐かしのチャラ男キャラで侍女を追い払ったパトリックを思い出すと、どこか懐かしささえ覚えるな。
「俺のことは気にすンな!」
パトリックは不機嫌を隠そうともしないまま、傷口に消毒液をドバドバと滝流ししている。消毒液が入っているのは、手の平サイズのドリップポットのようなものだ。手当の様子が、貴族子息にあるまじき手慣れた様子に、なんとも言えないもどかしさが込み上げる。
「じゃあどうするつもりだったんですか!? あのままずっと、成人するまで姉君のなすがままにされているおつもりだったのですか?」
「……っ!」
手当のため、私の手を握っている状態なので、パトリックが動揺している様子が分かってしまう。
「私には分かります。ああいう手合いがどういう性質をしているのか……」
「分かってたンなら、これどうにかできたんじゃねぇのか?」
「…………」
――可愛くない。
「お前さあ……やること極端なんだよ。傷が残ったらどうすンだ」
重ねても重ねても赤く染まるガーゼを見ながら、パトリックが呟く。まるで私を本気で心配しているようだ。……うん、この六年の付き合いでなんとなく分かってしまった。彼は、お人好しだ。どうしようもなく、お人好しだ。
パトリックが、『わたくし』くらいに狡猾だったら、もしかしたら、マリー・トーマンを殿下から奪うこともできたのではないだろうか? そんなこと、あり得ないけれど。だって、ここは少女漫画の世界なのだから。
「私のことはお気遣いな――」
「気にするに決まってンだろ!!!」
――え?
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