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幼少期編
6.暗礁に乗り上げた計画を2
しおりを挟む宮殿に滞在することになり、当然のことながらクリストフ殿下との強制的な逢瀬の時間が設けられることになった。午前と午後に一時間ずつ合計二時間を、毎日。場所は宮殿内、殿下の居室の隣に設けられた来賓の間。
この来賓の間は、流石宮殿と言った造りで我が家の来賓の間などとは比べものにならないほど、価値ある品々で彩られている。
天井には金細工が施された格子がかけられ、一つ一つのマスには違った種類の『精霊』のフレスコ画が描かれている。
見た目も鮮やかな壁紙には、赤を基調としたケブルトン王国の国花をアレンジした柄が描かれている。材質もデザインも超一流の出来映えだ。
置かれている家具は、白亜の大理石で造られた清廉されたものばかり。
――うん、素晴らしい。
こんな素敵な部屋に、極悪非道の死に損ないを呼んでくれてありがとう。
しかし、ちょっと考えて欲しい、毎日毎日二時間もたった二人で話すことがあるだろうか、いや、ない。ないのよ! 三日目にして話題が尽きたよ!
ただでさえ隠し事があるんだから、会話なんか盛り上がらないよ!
◇
「……君は、何も聞かないんだね」
「え?」
今は午後の責務を果たしている真っ最中。後二十分ほどで終了予定となっている――そんなタイミングでの、殿下の意味深な発言だ。「趣味は?」とか「好きなものは?」などと言った質問をしろと仰っているわけではないだろう。
「僕に、興味ない?」
……これはもしや……お怒りであらせられる?
「いえ、あの、そういうワケでは……」
前科者の私が、王家の人間と親睦を深めるのは、道義的な観点から見ても褒められたことではない。自分を、まだそこまで信用できないし。――と思っているのに。ここは宮殿だというのに。所在なさげにしているクリストフ殿下を目の当たりにしていると、何とも言えない気持ちになる。
私が十七歳の記憶を保持しているからか?
確かに、前回の七歳児の頃は、まだ普通に友好的な関係だったんだよな。いつから険悪になったのか。
「あの日、僕が何をしたのか聞かないの?」
不意に殿下が言ったのは、彼が今世で初めて我が家へやって来た、あの日のことだろうか?
そう言えば、見せてもらったあの治癒能力って、前回も存在してたのだろうか?
少なくとも漫画の第一部では、治癒能力に関するエピソードはなかった。
もしあの時……治癒能力を持っていたのだとしたら、パトリックを見殺しにしたことになる。あのクリストフ殿下が、そんなことするはずがない。
というか――シャレにならないだろう。この国というより、この世界では『治癒能力』などの特殊能力は、神に仇なす邪教徒として、迫害の対象となる。
ミーシャ・デュ・シテリンの価値観で言えば、あのような特異な力は、宗教上の理由からあまりよくないものとされているはずだ。あの日の大人たちの対応も、それを証明している。
「そのお話、続けるのならば、人を下がらせた方がよくありませんか?」
この来賓の間で話をしているのは私と殿下の二人だけだが、ドア付近には接客侍女が控えているし、ドアの外には近衛までいる。殿下は顔色が悪いし……あまり好ましい話題ではないと自覚はしているのだろう。
「……いや、いいんだ。君はこの婚約を好ましく思っていないみたいだから、アレのせいなのかなって、ちょっと気になって……」
彼が宵闇のような青い瞳を、哀しげに伏せる――――。
「それはありません! その点については全然全く問題ありませんので! むしろこちらの所業の問題でして……」
――紅顔の九歳児にそんな憂い顔されたら、胸が痛む!!
私の言葉を受けて納得したのか、その顔にゆっくりと小さく笑みが戻ってきた。愛らしいなあ……。
もう長いこと……冷えたまなざししか送られてこなかったから、感慨深いものがあるかな。
「王家の方々は皆そのような力をお持ちなのですか?」
「いや……僕だけかな」
「なるほど……だとすると、理解されるのは難しいかもしれませんね」
「うん……」
殿下が目に見えてしょげてしまった。
まだ幼い殿下は、目の前で出血や怪我といった特殊事情が起きると、キャパをオーバーして思わず使ってしまうのだろう。
あの頃も、殿下はこのような悩みを抱えていたのだろうか? もし、それを私が理解していたら……。いや、理解し慈しむような心をあの頃の『わたくし』が持っていたとは思えない。それは、私が一番よく分かっている。
「パトリック様はこのことをご存じなのですか?」
「……いや、彼は……その……」
「? そう……ですか」
パトリックには言っていない……?? 内緒にする必要なんてあるのだろうか?
二人は友人なのではなかったの? 親が派閥の人間だから親しくしていただけ?
ヒロイン――マリー・トーマンは知っていたのだろうか?
過去、私はマリー・トーマンを何度も襲撃してきた。いつも無傷だったのは、守られていたからだと思っていたけれど、もしかしたら……?
いや、でもそれだとクリストフ殿下はパトリックを見殺しにしたことになる。
憶測でこれ以上考える必要は無いだろう。成長するに連れ使えなくなるとかあるのかもしれないし。
「一人で抱え込むのは、あまり良い傾向ではないのかもしれませんね。信頼できる方にお話ができるような状況になるとよろしいですね」
「う、うん……」
それが……いずれ、マリー・トーマンとなるのだろう。今は、私にそれを求めているようだけれど……止めた方が良い。私の感情が、いつどのように汚染されるのか……分からないのだから。
一般的にあのような能力を持つ者は、とかく迫害されやすい。
時の女神を始祖として崇めているが、それはそれ、これはこれ。理解されない能力を持つ者は総じて『悪魔憑き』として蔑まれる。最悪、悪魔や魔女として始末される。『魔女狩り』と言って相違ないだろう。
第二王子という立場である殿下がそう言った憂き目に遭うようなことはないとは思うが、絶対とは言い切れない。
私に癒やしを求めてこようとするのも、危険な兆候のような気もするし……どうしたものかな。過去に多大なるご迷惑をおかけしてしまった分、お詫びができればいいんだけど…………。
◇◆◇ ◇◆◇
宮殿へ滞在中、常になく頻繁に『王妃様のお茶会』が開かれた。当然、おサボりは許されない……。
お茶会は通常、昼の二時くらいから始まり暗くなる頃に終了となる。今日は予定時刻まで殿下と茶飲み話をして時間を潰し、そのまま殿下に案内されて会場入りをする羽目になった。
オンシーズンのガーデンに設置された、青銅製の大きなガーデンテーブルは、楕円形で一卓につき十脚の椅子がセットされている。テーブルの上には白いレースのクロスがかけられ、その上に品の良いティーセットと可愛らしい焼き菓子が並べられていた。
そんな卓が全部で五つあり、各自案内された席に着いているようだった。
私は当然ながら、クリストフ殿下の隣へ案内されてしまった。パトリックは別テーブルなのだが、先程から牽制の視線が厳しい……。
このテーブルには王妃様、クリストフ殿下、ミゲル・ボブ・パルデューク殿下(第一王子)、リナウド侯爵夫人、デリア・リナウド、他数名が割り当てられている。
社交シーズン終了間際ということもあり、今回はやや小規模なお茶会となったようだ。しかしだからこそ、これを機に両殿下と親しくなろうと考える者は多い。
距離を縮める機会を窺っているのか、遠くからこちらの卓へ熱い視線を送ってくる少女の、多いことと言ったらもう……。
美味しい紅茶もお菓子も、ゆっくり楽しむ余裕すらない。
両殿下は会場へ現れるなり、周囲の視線を独占していた。クリストフ殿下は齢九つ、ミゲル殿下は齢十二にして二人とも大層なカリスマ性を発揮しつつあるようで、大変結構なことだと思う。
一緒にいた私に向けられたアレって、殺気だったのだろうか?
◇
結構な時間が経った。
大人たちが代わる代わる王妃様の元へ挨拶へ訪れのを横目に、お腹の膨れた子供たちは退屈もあらわになり始める。そんな頃、王妃様の口から両殿下へ「ガーデンを案内してあげなさい」とのお言葉が出た。
両殿下が立ち上がり移動を始めると、いろんな少女たちがクリストフ殿下の側へと駆け寄り、アプローチを開始した! ……アグレッシブだ。
――まるでかつての『わたくし』を見ているようだ。
幼いうちはまだ良かった。どんなわがままも高が知れていたし、周囲の大人たちも微笑ましく見守ってくれていたから。それがいつしか――――――――――おや?
少女の集団に取り囲まれ、クリストフ殿下が頼りなさげに視線をさまよわせている。
アレはヘルプコール? でも、私が行くとカウントダウンが始まりそうだから、パトリックを向かわせようか…………って、ああ、パトリックも集られている!
参ったな、どうしよう――――。
「どうかされましたか? ミーシャ嬢」
「いえ、パトリックが――」
パトリックを探している間に声をかけられたのと、体が七歳児故の処理能力の低さが災いしたのか、反射的に答えてしまった。更にまずいことに相手は……ミゲル第一王子だ……!
「し、失礼致しまし――」
「いや、いいよ? それにしても、君は婚約者であるクリストフを放って、あいつの友人にどんな用があるのかな?」
――齢七つにして不義を疑われているのだろうか……権謀術数、渦巻き過ぎだろう、宮中……。煙が立つ前に水でもまいとくか。
「クリストフ殿下がお困りのようですので、ご友人に助太刀していただこうかと。私が行くより、効果的でしょう?」
「……面白いことを考えるね」
「恐悦至極に存じます」
ミゲル・ボブ・パルデューク王太子殿下――宵闇のように深い紺色をした長い髪。クリストフ殿下と同じ青い瞳と端正な顔立ちで、女性から好まれそうな容姿をしているんだよな、この兄弟。
かつて、ミゲル第一王子を殺すために接触を図ろうと模索したこともあった。本人の勘の鋭さと優秀な護衛官がいたため、全ては空振りに終わったが。
狙っていた時は端にも寄らせなかったくせに、避けている時に限って寄ってくる……男ってのは天邪鬼にできてるのか!?
「ですがあの状態では無理なようですね。では、私はこれで……」
「弟が婚約者殿を放置しているのは忍びない、ガーデンはワタシが案内をさせていただきますよ?」
――寄って来ないで下さい。
ほら、ミゲル殿下をお望みのご令嬢方が、こちらを殺気立った目で見ているじゃありませんか!
「結構です。――皆様! ミゲル殿下がお話されたいそうです!」
「ちょっ、なにを――」
ミゲル殿下が戸惑っているすきに、逃亡しよう!
クリストフ殿下の下へ走らなかった年長のご令嬢軍団が、こちらを憎々しげに見つめていたし!
ミゲル殿下目当てのご令嬢の中に、見覚えのある顔がいくつもあった。
第二王子派閥に属するようになった『わたくし』の記憶の中にある顔たち。それが何を意味するのか……宮中は怖いところだなあ。
まあ、いい。今世の私はそういうのとは無縁でいくと決めたのだから!
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