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幼少期編

 2.断罪の時が来る

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 我が家には、来賓対応用の部屋がいくつかある。来客の目的や所属階級によって異なる部屋を使用している。
 赤い薔薇がモチーフの壁紙、支柱には金鍍金メッキ、ダークブラウンの木目も美しい棚の上には年代物の白磁の壺。この部屋は、最高ランクに所属する相手が来た際に使用される。

 そう――例えば、ただいま来客中のシュトルツァー公爵とその三男パトリック様がいらした時とか。


 ――一体、何しにいらしたのかしら?


 パトリック・シュトルツァーとの初対面は、十五になり王立学園へ通うようになってからだったはずだ。殿下周辺については徹底的に調べ上げていたから、彼のことは紹介されるずっと以前から知っていた。けれど、殿下から直接紹介されたことはなかった。友人を紹介すらしたくないほど……私は疎まれていた。
 私の彼に対する印象は、女好きの軽薄な三下だ。


 まあつまり、幼少期の彼を見るのは初めてなのだ。
 ふわふわとした黄金色の髪、青空のように澄んだ青い瞳、長いまつげ、白いもちもち赤ちゃん素肌、桜色の頬……。何と言うか、天使のようにかつ女の子のように、かわいい!
 っと! 一瞬己が置かれた状況を忘れて見とれてしまいそうになるが……叱責!

 ――私は絶賛、猛省中。
 猛省中猛省中猛省中猛省中猛省中猛省中猛省中猛省中猛省中猛省中猛――。

「――――すが、どうでしょうかミーシャ嬢?」
「えっ?! あ、はい! 何でしょう??」
「え?」
 ――って、ああ! 挙動不審なまねを……!
 シュトルツァー公がいきなりこっちに話を振ってくるから!! いやいや、人のせいにしない!
 私がおかしな発言をしたため、父やシュトルツァー公がこっちを注目している!

「どうやらお嬢様は緊張されているご様子。シテリン公、よろしければお嬢様に中庭の案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」
 五歳児にしては異様に流暢な敬語を並べ立てたのはパトリックだ!

 ――こ、これは……なに? 罠?! いやいや、そんな悪役じみたことを彼がするはずはないし……。

 いや、私は金輪際、貴方たちとは関わらず人畜無害な阿呆として生きていくと決めたのよ! 人類の平和のために!!
 ……なんてことを胸中で思ったところで相手に伝わるはずもない。二人の公爵とパトリック・シュトルツァーに流されるまま、中庭を案内する羽目になってしまった。

 来賓の間を出て二人きりになると、彼はそれまで貼り付けていた品行方正なキラキラとした笑顔を引っ込めた。親の敵を見るような目でこちらを見ている……。



 ――――――この人、絶対記憶ある………………………………!!!







「よし、ではミーシャ・デュ・シテリン、ちょっとそこへ座れ」
「は、はい……」

 我がシテリン邸は、玄関廊を除くとコの字型の形状をしているのだ。中央に設けられた中庭には、一階柱廊のどこからでも出入りできるようになっている。
 そこにはサンルームが一つ、ガゼボが二つ、鐘楼と花壇と池が一つずつある。

 そのうちのガゼボの一つで、私はまあ……絶賛正座中だ。目の前にはまあ…………当然、般若の顔をしているパトリックがいる。

 金髪碧眼のクピドのように愛らしい顔が土台となっているため、怒っていても大層愛らしい…………はい! お怒りはごもっともです。現在猛省しております!!

「これはどういうことだ?」
「どう……とは?」
「なぁにすっとぼけてやがんだ! お前の仕業だろうが! 『王家の秘宝』使ったのか?!」

 ――――――――――――へ?

 パトリックって、こういうタイプだった……かな?
 公爵家の三男だけど、目立った才覚も野心もなく、なんか見目良いだけのチャラチャラした三下ボンボンというイメージだった。最後の最後で、あの子を守るために簡単に命を差し出すなんて、予想だにしてなかった。
 まあ、あの子の周りをうろつく男は大抵そんな感じであの子にほれ込んでいたみたいだけど。今は別にそれをどうとも思わない…………と、言うか!

「『王家の秘宝』ですか? アレは存在しないものなのでは?」
 私はガセネタをつかまされたはず!
「うわぁっ! 俺に近づくな!!」
 ――あ、思わず前のめりになってしまった。
 彼の顔色が怒りから恐怖に変わっていく。これは恐らく、私が……その……してしまったことに対するトラウマ……ですよね……。
「ホント、すみません……誠にご迷惑をオカケイタシマシテ――」
 三歩後ろに下がって土下座するしかないな、これはもう。

「あの、つかぬ事をお伺い致したく候なのですが、よろしいでしょうか?」
 パトリックが心底嫌そうな視線をこちらに向けてくるが、話を聞いてくれる気はあるらしい。私に会うのが激しく嫌なのは当然だ。それについて異論などあるはずがない。ホント、申し訳ないとしか言えないデス。

「『秘宝を使った』とは、どういうことなのでしょう?」
「お前知らねぇのか? アレには時間を操作する機能があんだよ」
 ――なにをそんな夢みたいなことを……。
「あ゙? なんだその顔は」
 お、お怒りになってしまわれました……え、でも、本当に? パトリックの言うことが今ひとつ信じられないのですが?

「……知らずに使ったってはずもねぇか……じゃあ、なんでお前記憶持ってンだ?」
「さあ……それは――」
 あ、またパトリックの眉間に新たな皺が、深く刻まれてしまった。
「じゃあなんでにいンだよ」
「ええと…………処刑されて気付いたら、こうなっておりまして……」
 この報告でちょっとは溜飲を下げてくれるといいんだけど……恨みつらみはそう簡単には消えないか。どう償えばいいのか――。

「――先に言っておくが、死んだからって罪が帳消しになるとは思うなよ。
 お前に直接殺された俺はもちろん、間接的にお前に全てを奪われた人間が数多くいたことを忘れるな」
「はい。肝に銘じております」
「なんだ、えらく殊勝な態度だな――――なにか企んでンのか?」

 そうなりますよね、当然ですね、はい、もう返す言葉もございません。
 グッサリやってしまったからな……殺すつもりだったし。しかも悪事を責め立てられ連行される最中、逆ギレ逃亡からのだからな……。

 しかし、ここまで私に対して怒りやら恐怖やらを感じていながら、単身で乗り込んでくるって。……そこまでヒロインが好きだったのか。私が悪事に走ろうが走るまいが、彼の想いは報われないというのに。

「おい! 聞いてンのか?」
「聞いてます聞いてます! 敵対の意思はありません。猛省しております」
 最終的に深く深く頭を下げ、なるべく彼を刺激しないよう努める。
「………………」
 紅顔の美少年パトリックが、めちゃくちゃ疑わしげな視線を向けてくる。うん、気持ちは分かる。私も逆の立場なら……よみがえったのなら早急に始末しようと……する……。

「――もしや、私を始末しにいらしたのですか?」
「ンなわけあるか! お前と一緒にするな!」
「ごもっともでございます……」

「あの……お嬢様……とパトリック様……??」
 お茶とお菓子を持ってきた侍女が目にしたのは、土下座する私と、顔面蒼白で涙目のパトリック。パニックになりはじめた侍女のため、ひとまず休戦とあいなった。
 ――パトリックの提案で。



「一つ言っておくが、俺はまだお前を完全に信じたわけでも赦したわけでもないからな!」
「……はい」

 メイドの出現で私とパトリックは向かい合って座るという、実に平和な体勢に直されたわけなのだが……。彼は大丈夫なのだろうか? 私とこうして向かい合うのって……体に悪影響が出るレベルで相当ストレスだろうに。

 ――私に、本当は今すぐ死んで欲しいのではないだろうか。



「それであの……私の始末が目的ではないのだとしたら、今日は一体どのような御用向きでいらしたのでしょう?」
「最初に言っただろうが。お前が『王家の秘宝』を使って何を企んでいるのかを、問いただしにきたんだ。真面目に聞けや、人の話は」
「あのぉ――『王家の秘宝』って実在していないようなのですが……」
「……は?」

 近くに控えている侍女に聞かれるのは具合が悪い話なので、超至近距離でコソコソと話をしているわけだが……。パトリックはやはり馬鹿なのではないだろうか。
 必要事項だけ確かめたらとっととずらかればいいのに。青い顔をしてトラウマ対象の私と対峙しているのだから、要領が悪いというか何というか。

「どういうことだ?」
「『王家の秘宝』を盗み出して売り払ってやろうとは思ってました。それをあの子のせいにしてやれば終わりだ――と」
「うわっ最悪だな、お前」
 もはや人間でないものを見るような目で、パトリックがこちらを見やる……。
「面目次第もございません……。でも、結局『秘宝』は見つからなかったんですよ。だからあんなもの社交界でのデマだと思っていたのですが」
「……お前は使ってないって?」
「はい、左様でございます」
「なら今のこの状況は………………??」

 なにか考え込み始めたな。と言うか、今のこの巻き戻っている状況と『王家の秘宝』って関係あるの?
 え、だとしたら私のこのやり直し、大分意味が変わってくるんだけど……。

「おいお前」
「は、はいッ!」
「記憶があることは誰にも言うな。お前の両親にもだ」
「か、かしこまりました……」
 パトリックは両親のなんらかの関与を疑っている、と……まあ、私もそうなんだけど。

「あと、を踏むなと言いたいトコだけど、それは無理か」
「クリストフ殿下の婚約者の件ですか? それにつきましては、私もなんとか回避の方向で頑張っておりますから、ご安心下さい!」






 ◇



 ――思い切り不審者を見るような目をされたけど、やって見ろと言われたので初志貫徹の方向でいくことにした。

 我が家に来たがったのは、やはりシュトルツァー公ではなく、パトリック本人だったらしい。私なんかには会いたくもなかっただろうに。よくやるなあ……それもこれも、恋するマリー・トーマンのためなのだろう。

 彼女が恋するのは、クリストフ殿下だ。パトリックではない。
 …………報われないのだ、彼は。

 でもそのせいで余計な問題が浮上してしまった。
 回避説得中だった『王妃様のお茶会』への強制参加が決まってしまったのだ……!






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