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第一部

14.狼藉者と紙一重

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 なぜ、このタイミングで教会騎士団が現れたのかと言うと、話は半日ほど前に遡る。

 一行が白龍に乗り、上空からロビンの故郷であるフテラン村を探していた時のことだ。興奮状態にある魔獣の群れが二つあることに気づいた。
 エミールは動揺したが、ティオにとっては見慣れたもの。人間が踏み込まない場所にはよくある光景だった。
 既に砲火を交えている方が緊急性が高いと判断し、一行はそちらへ向かった。ボニファーツらから見て、桟橋の向こうにある村だ。

 かなり近づいてから気づいたのだが、火をふいていたのは教会騎士団のライフルだった。ライフルを構える騎士団の面子に、ロビン以外の三人は見覚えがあった。

!」
 白龍の上でラウラが叫ぶ。彼女の視線の先にいたのは教会騎士団長シュテファン・レーム。眼下にいる教会騎士団は彼が率いる一団だ。

 彼は彼女にとって、親のような兄のような上司のような存在だ。ラウラは教会所属の優秀な戦闘員だが、教会幹部の都合でコロコロと所属が変わる。
 今回の王都での任務のように、時々少しだけ共に組む。そんな関係だ。それでも、ラウラの彼への信頼は厚かった。

「ティオ様、私は彼等に協力をしたいのですが……」
「分かった! えいっ!」
「へ? 何が分かったんで――――すううううっ?!」
 ティオは問答無用で白龍を急降下させ、猛スピードで山肌へと急降下する!

「エミール殿下?!」
 シュテファン・レームはじめ、教会騎士団の面子が、三人の姿を認めて驚きの声を上げる。白い龍に乗って突然現れれば誰だって驚く。ティオは手早くラウラをシュテファンへ預け、再び頭上高く飛び上がった。もう一方の村も、長くは持たなさそうだったから。

 対岸の村でエミールを下ろし、自分はロビンの家へ向かい……を済ませて、ここへと戻ってきた。


 ――こうして、対岸の案件は教会騎士団とラウラで始末を付け、この場へ合流する運びとなったのだ。

 ロビンの様子を見て、エミールはおおよそを理解する。この村の惨状を見れば、ロビンの集落を見なくとも見当はつく。エミールがこちらを見ていることに気づいたロビンが、エミールのそばへと駆け寄る。

「どうしたんだい? ロビン」
「……にいちゃんが、敵を取ってくれたんだよね!」
 ロビンは強い眼差しでエミールを見据える。エミールは迷った。こんな幼い子供に、仇討ちの価値を教えるようなことを言ってもよいのか。

「……そう、だろうか」
「そうだよ! 俺、にいちゃんみたいに強くなりたい! 俺を、俺を弟子にしてよ!!!」
「え? いや、俺はそんな――」
 憧れを秘めた純粋な瞳を真っ直ぐに向けられて、エミールは困惑した。今の自分にその瞳は眩しすぎる。返答に困っていると、明後日の方角からティオらにとっては聞き覚えのない、ロビンにとっては耳に馴染んだ声が聞こえた。

「ロビン? ロビンでねぇか!」
 ロビンは、首を左右に動かして声の主を探す。
「おぃちゃん?!」
 ロビンを呼んだのは、この村へ助けを求めに来たリーダー格の男だった。ロビンは彼の息子が大好きだった。彼はロビンにとって、優しいおじいちゃんのような存在だった。
「えがった……えがった……ほんに、ほんに…………!」
 男はロビンを抱きしめて、膝をついて泣く。小さな集落は、一つの家族も同然。唯一生き残った家族を抱きしめ、男は喜びに泣いた。




 一同の中に、全てが終わったかのような空気が流れていた。
 その中で、いち早く異変を察知したのはティオだ。続いてエミール。以下は同着だろう。

「な、なんだ? や、山が……変でねが?」
「だども、なんもありゃしねぇど?」
 異変はまだ目に見える形で現れてはいない。しかしそれでも、村民の間に動揺が広がる。村民の不安げな様子に、ボニファーツとシュテファンはそれぞれの部下へ戦闘準備を指示し、周囲への警戒を始める。

「殿下、我々が教会から配布されている『護符』で時間稼ぎはできるでしょう。ですが、ここのままでは……」
 シュテファン・レームが口にした『護符』――それは、魔獣が忌避する物質を用いて作られている札のこと。ある程度の魔獣までならば、十分に忌避可能な代物だ。効能は、護符に記されている術式が汚れで発動不能になるまで続く。
 しかし、今のように敵が強すぎる場合、その効果はあまり期待できない。一瞬の躊躇はあるだろう。でも、それだけだ。


「次から次へと……なんで湧いて出てくるんだろうね?」
 ティオが緊張感を欠く口調で疑問を口にすると、教会騎士団員がそれに答えた。
「森がダンジョン化しているのかもしれません」
?」
「…………極めて危険な巣のようなものです。しかし、簡単にダンジョンを潰せばよいという話ではありません」

 ダンジョンとは、高濃度の瘴気に汚染された結果、自然発生する特異空間だと、教会によって定義されている。
 特異と定義されているということはつまり、「詳細は一切不明だけど、なんか穢れた場所に時空の穴が空いて、どこか別の空間と繋がったんだよ! それ以上聞くな! 権威ある教会様に恥かかすんじゃねぇよ!」ということだ。

 このダンジョンの中には、この世界には存在しない生物や鉱物資源が眠っている。全貌が解明されていないため、掌握したがっている為政者は多いが危険は冒さない。現状、詳細が解明されるまではお互いに牽制し合っている状態だ。

「魔獣たちは、どうやったらいなくなるのでしょう?」
 領主はエミールとシュテファン・レームにそう問いかける。
「発生源を潰すしかない。ダンジョンへ入ってみれば何か……」
「お止め下さい殿下! ダンジョンは解明されていない人跡未踏の地に等しいのです! どのような危険があるか分かりません! 今、貴殿を失うわけには行かないのです!」
 答えるエミールを領主ボニファーツが慌てて引き止める。大袈裟なくらいに力を入れて止めなければ、今のエミールは本当に向かってしまうかもしれない。そんな勢いが、今のエミールにはあった。

「恐れながら、私もそう思いますよ、エミール殿下。失礼ながら、王家をこのままにしておくのは対外的にも宜しくない結果を齎すかと」
 シュテファン・レームが後押しをする。彼もボニファーツと同じように、エミールに対して危惧していたから。
「必要とあらば、我々が参ります。実を結ぶかはお約束できませんが――」
「そんな! 団長、危険です! ティオ様、なにかいい方法は――」
 シュテファン・レームの言葉に、ラウラが泣きの入った顔でティオを振り返る。その顔を受け、ティオは考えを巡らせるが、よいアイデアは浮かばなかった。

「この辺焦土にしても良いなら」
「うん、やめておこうか」
 エミールは笑顔でティオのアイデアを却下していると、今度は村のはずれの方から、村民の騒然とした声が聞こえてきた!
 襲撃か!? と身構えていると――。


「――……ですか?」
「ええ、村の上の方に酪農場があるのですが、先ほどの魔獣の襲撃で逃げ出した牛の一部が暴れているようで。これについてはこちらで対応可能ですので」
 何事かと様子を見に行ったラウラに、村長が事情を説明した。
 ――のだが、突如、「牛がいなくなったぁ?!」という、ティオの驚愕の声が周囲に響き渡った。
 ラウラと村長が慌ててティオの姿を探すと、何やら妙な気迫を漂わせているティオの姿を見つけた。
「うわっ! ティオ・ファーバー!」
「あの……ティオ様? どうされました?」

 ティオの悪評を知っている村長はぎょっとして、日頃の暴君ぶりを知っているラウラが嫌な予感にひくつきながら、ティオに何事かと尋ねると――。
は私が守らなければ!!!」と固い決意と共に、酪農場へと飛び出して行く!



 エミールに若干の熱い風評被害が発生していた頃――ティオは酪農場へ到着していた。酪農場は村より高い、見晴らしの良い場所にある。この村は山地やまち酪農という技法を採用しているようだ。

「そりゃあさあ? 魔獣被害に遭ってはいない場所かもしれないけど、こんな見晴らしの良い場所に、無力なだけで来るとかさぁ……。危険な目に遭いすぎて、危機管理能力がおかしくなっちゃったの? ねえねえ」
 取り敢えず無謀な中年の牛飼いを足蹴にしながら、ティオは周辺への警戒を始める。問題はなさそうだ。

「動物が暴れるにはそれなりの理由があんだからね? 今のこの状況下でなんでそういうことすんの?」
「す、すまん……」
「なんで誰も止めないの? ねえ、死にたいの?」
 そう言い、ティオは残り五人の牛飼いを睨めつける。
「私はタダ働きは嫌いだ。言いたいことは分かるな?」
「は、はい……」

 こうして、ティオはタダで良い肉を手に入れる契約を結んだ!

 ――さーて、柵を乗り越えて山の中に行っちゃった牛はどうしたもんかな。戦闘中に暴れ牛が村に来たりしたら、邪魔だしな。
 と、ティオが牛対策に頭を悩ませていると、一匹の黒い大きな犬がティオの目の前を走り抜けていった。

「……あれは、何?」
「牧羊犬だ。あいつがいりゃあ、牛が迷子になることはねぇさ」
「えーまさか……」

 牛飼いの言うことを、ティオははじめは信じていなかった。しかし、次から次へと慣れた様子で犬が山道から牛を連れて帰ってくるではないか!

「………………これだわっ!!!」
「はい?」
 ティオの元気な声に、牛飼いは嫌な予感を覚えた!
「良いこと考えたの! これで問題は解決、間違いなしよ! ちょっと行くところあるから、アンタ達は自力で村に帰ってなさい! いいわね、すぐ帰んのよ! エミールたちにも言っといてね!」
 と、叫ぶや否や、空中から白龍を呼び寄せ飛び乗ると、空の彼方に――亀裂を作り、その中へ消えていった……。





「――というわけなんでさぁ……」
 六人の牛飼いは酪農場から慌てて戻り、エミール、領主、教会騎士団長へティオの現状を報告した。

「ティオ様、絶ッ対、ろくなことしませんよ?!」ラウラが悲鳴のような声をあげ、
「いや、えっと……うーん……」教会騎士団長はフォローの言葉が出てこず、
「な、なんだ?! どうしたらいいんだ!?」ボニファーツは絶望に顔を青くして、
「さっきの亀裂はそういうことだったのか」
 困ったなと言いつつ、全然困っていなさそうなエミールを見ていた。


 ――十分後。

 ティオは「褒めて!」と言わんばかりの素敵な笑顔で戻ってきた。黒い虎のような狼のような四肢動物のような何かを連れて。ただし、頭部はない。
 風もないのに炎のように揺らめく黒い体毛。四肢には鋭い鉤爪。頭部があるはずの場所は、何ともグロテスクなことになっている。

「こいつに魔獣共の番をさせるのよ! こいつは人間の言葉も理解でき――」
 胸を張ってふんぞり返り、称賛待ちのティオへ投げかけられたのは……。

「ぎゃあああ!!!」
「うわあああ!」
「助けて神様ーっ!!!」

「アンタたちの為にやってるんだけど?!」
 いつも通りの声だった。

 憤慨するティオに。
「何してンですか! 魔獣とそれとどこが違うんですか?!」ラウラが切れ、
「魔獣より悪いですよ! この世のものではありませんよね?! それ!!!」シュテファンが異議を申し立て、
「おおおおおおおおお……」ボニファーツが……。


「ティオ、念のために聞くけど、それはなに?」
 収拾がつかないと判断したエミールが、疑問を口にする。彼もティオがとんでもないのを連れてきた! とは思っていた。だが、はなから否定するつもりもない。
 彼女がいろいろと規格外の行動をとるのは、分かりきったことだ。そう、自身を納得させていたのだが。

「牧羊犬ならぬ、地獄の門番! ……の、子供! 産み過ぎたって以前から困ってたの思い出したの。非常食にしてもいいらしいから、連れてきた!」

 ――から、許可を得て連れてきた?!

 皆の心が、一つになった瞬間だった。


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