冤罪で廃嫡された王太子を溺愛してたら聖女になりました

***あかしえ

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第一部

5.この一年…冬

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 色づいた葉は完全に落ち、外へ出る際には外套を羽織らなければ寒くてたまらない季節――冬になった。




「あれは……レイモンド・マクラウド王太子殿下ですね。大国と称される『ルファイリアス帝国』からの留学生です。外交の一環でこちらへいらしていると聞いておりましたが……」

 中庭のガゼボで、まるで恋人同士のように寄り添いながら語り合う一組の男女。それが、レイモンド・マクラウドとベリンダ・オストワルトだった。女の方は知っていたが男の方は知らなかったので、ティオ・ファーバーが投げかけた質問についてのラウラ・アショフの答えがこれだ。

「外交? こっちの国を内部崩壊させに来たの間違いでは?」
「ティオ様……」
 嘲るように笑うティオの発言に、ラウラは返すべき言葉が見つからない。ラウラも全く同じ意見だったから。だが、ルファイリアス帝国は経済的にも軍事力的にも、決して無視することはできない大国だ。孤児であるティオでさえ知っているほどに。うっかり戦争にでもなれば、こんな小さな国などひとたまりもないだろう。

 この間なんか、ティオはベリンダ・オストワルトが、サンドイッチを手ずからレイモンド・マクラウドに食べさせている場面を目撃してしまったのだ。
 思わず「何しているんですか?!」と問いかけてしまえば、「目上の者の許しもなく話しかけるなんて!」と、明後日な言葉が返ってくる始末。幸いなことに、あの場にいたのはティオだけだったが……人目を忍んで逢い引きしているようにしか見えなかった。

 遠目にベリンダとレイモンドを観察していたティオとラウラだったが、反対方向からエミール・ヴェルナー・バイアーが現れると、ティオは興味津々と耳をそばだて始める。隣で呆れた顔をしているラウラをしり目に。


「レイモンド・マクラウド殿下、申し訳ありませんが公共の場でそのような真似をされては困ります」
 内心の動揺を隠しつつ、努めて冷静にエミールは二人の前に立ち、そう告げる。だが言われた当人達――ベリンダは『きょとん』とした顔を、レイモンドは責めるようなきつい眼差しをエミールへ向ける。

「それは失礼したね。君はご自分の婚約者の心痛より、己の体面の方がよほど大事なの? これから先、共に国を支えていくべき女性へとかける言葉に相応しいとは、到底思えないのだけれど」
 立ち上がり、大仰に恭しく綺麗な礼を取ってみせるレイモンド。
「まあ! がそのようなことをなさる必要はありませんわ! エミール様! これは大変な失礼にあたりますわ! 謝罪して下さいませ!」
 そんなレイモンドを見て、ベリンダが焦ったようにエミールへ謝罪を促す。そんな彼女の様子を、エミールは冷めた心で冷静を務める目で一瞥する。

「構わないよ、聡明なレディ……」
 そう口にしながら、恋人のように隣に座るベリンダの髪を一房手に取り口づける。その様を見て、エミールの眉間に皺が寄るのを見てレイモンドはほくそ笑んだ。

「ありがとうございます、レイ様」
 うっとりとした顔をレイモンドに見せ、直後、キリッとした面持ちでエミールへと向き直る。
「エミール殿下、わたくしはレイ様への謝罪を要求致しますわ! 彼はわたくしの心痛を察して思いやってくれているだけですわ。エミール殿下がお忙しくて、わたくしの傍にいてくれない時も……」
 無意識なのか、ベリンダはそう言いながら縋るようにレイモンドに手を伸ばしていた。それを当然のように握り返すレイモンド。
「ベリンダ、私にも公務というものが――」
「夜会も公務ですわ! 貴方はそんなことも忘れてしまったんですの?!」
 彼女の瞳から、堪えきれなかった涙が一筋落ちる。それを見て、エミールは心が痛むがそれも一瞬のことだ。彼女は濡れた顔をレイモンドの胸に押しつけたのだから。

「殿下は、公務にすら出ることが叶わないほどお忙しいと仰るのですか? わたくし、先日の舞踏会は一人で参加しなければならないかと思い、とても悲しかったですわ……」
「それは申し訳なかった。だが、こちらも怪異事案を放置しておくわけには――」
「嘘ですわ! あの子は普通の女の子ではありませんか! 化け物退治などできるはずないですわ!」
「差し出がましいことを言いますけど、私もそう思いますよ、エミール殿下。物珍しい少女を愛玩するのは自由だけれど、公務を疎かにするのは如何なものかと思うよ」

 二人の発言を聞いて、エミールは思わず溜め息をつきたくなった。
 エミールは知っていた。彼女が先日の舞踏会に、レイモンドのエスコートを受けて参加したことを。婚約者が不在の場合は、通常親族にエスコートを依頼するものだが……。

 確かに、夜会も大事な公務の一環だろう。だが、物事には優先順位というものがある。命に関わる事件と、自分一人がいなくともどうとでもなる国内向けの親善活動であれば、前者を優先するのは当然のことだ。
 しかも、事件の解決は実質、辺境から連れてきた孤児にしか出来ない状態。
 彼女一人に命をかけさせ、急を要することのない踊りと晩餐に付き合うことはできない。さらに言えば、常備軍や衛兵というこの国の武力と、第三者である教会騎士の武力を、それぞれ過不足なく指揮しなければ外交問題にさえ発展する危険性があるのだ。そこらの下っ端に任せられる仕事ではない。

 それは、彼女にも常々説明していたはずだったというのに……。



 
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