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第一部

1.この一年…冬

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 事の起こりは、一年ほど前にさかのぼる――――。


 レイオニング王国のはじにある小さな村ベルク。
 この地方唯一の教会に併設されている孤児院。彼女――ティオ・ファーバーは、そこで育った。彼女は修道女ではない。
 魑魅魍魎に襲撃され全滅した名も無き村の生き残りが、赤子のティオ・ファーバーだった。そう、唯一の生き残りだったのだ。魑魅魍魎を、唯一の。

 赤子の彼女が魑魅魍魎を退けたなど、本気で考えていたわけではない。
 けれど、一縷いちるの望みをかけて教会は彼女を引き取り『戦闘員』とするべく、育てることにしたのだ。ファーバーは孤児院の院長の名字で、便宜上それを使用している。

 ティオ・ファーバーは成長するに連れ、高い討伐能力を発揮するようになった。正規軍や聖職者が手も足も出ないような化け物を、彼女は枯れ葉を砕くように息も乱さずほふってしまうのだ。
 そんな彼女の力を、教会や王家と言った権力者が欲しがるのは当然のことだった。孤児の彼女に向かい、居丈高に「養ってやるから力を示せ」とのたまう輩に――

私の力が欲しければ、大金とイケメンを持って来い! 話はそれからだ!!!」
 ――と、言い放った。ティオ・ファーバー、十四の春のことだった。

 彼女の夢は、大枚稼いで悠々自適な自堕落ニート生活を送ることだ。できれば彼女の好きな可愛いものと、イケメン達に囲まれて。





 ティオ・ファーバーは、愛らしい容姿に傍若無人な性格、だが乙女! という何とも面倒な成長を遂げていた。権力者や魑魅魍魎からたった一人で孤児院や近所の村人を守らざるを得なかったのだから、ある意味これは悲劇だ。……悲劇なのだ!


「お金ほしー、イケメンほしー……」
 ティオ・ファーバーが遠い目をしてそう呟く。
 熊と虎と大蛇とカラスを混ぜて作ったような化け物を足蹴にしながら……。鬱蒼うっそうとした森の中、腕時計など持たないティオ・ファーバーは現在時刻が分からない。
 彼女が信じるものは腹時計のみ。空腹具合から午後六時と彼女は推測を立てるが、実際は午後二時。夕飯にはまだまだ時間がある。

 ――それにしても最近多いな、この手の化け物……誰か封印でも解いて回ってるのかしら? ああ、それにしても私が望むのはのお金と見目が整っている男の子だけなのに。むなしいなぁ。私に用があるって来るのは、しわがれたおっさんや化け物ばっかりだし。イケメンが選ぶのは、華奢きゃしゃで可愛くて化け物が出たら「きゃーこわーい」とか言っちゃう守って系女子だし。頑張ってるのは絶対、私の方なのに「ティオは一人で生きていけそうだよね」なんてふざけてンのか? 私の助けがなけりゃお前ら今頃全員あの世の住人だったんだぞ。なんで私だけ売れ残りみたいな扱いを受けないといけないんだ。絶対におかしい。これだけ人類の平和の為に頑張っている私が超絶ナイスなイケメンに選ばれないなんてこんな世界滅ぼしてや――――


「……君が、その化け物を……倒したのか?!」

 ティオ・ファーバーが世の無常を嘆き、周囲に黒いオーラを放ちまくっていたまさにその時、彼女の背後から唐突に声をかける者がいた!

 光の加減で金にも水色にも見える一房に束ねられた髪、恐ろしいまでに整った面持ち、海面のような澄んだ青い瞳――まさに、ティオ・ファーバーの理想そのものだった。
 そんな天の二物が、物語の騎士のように銀の鎧を身に纏い鈍く輝く剣を持って現れたのだ。ティオ・ファーバーが狂喜乱舞するのも、無理はないだろう。

 ――天は我を見放さなかった!!

「イケメンだああああっ! 結婚して!!!」
「すまないがそれは無理だ」

 ティオ・ファーバーが秒でしたプロポーズは、光の速さで断られた。
 なぜなら、彼はこの国の王太子で、見目麗しい婚約者までいたのだから。

 ティオ・ファーバー、十五の冬のことだった。


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