上 下
34 / 40

第三十四話 あたたかいたたかいなどない

しおりを挟む
 荒野を進んで行くと、遠くに土煙があがっているのが見えてきた。

「……あれか」

 大小様々な無数の魔物が地平に広がり、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
 統率が取れているという雰囲気はなく、それぞれ好き勝手に動いているようだ。

「すごい数だよ……」
「……チャト」
「あたし、絶対逃げないから」
「……よし」

 俺は右手に持った魔ガホンを構え、スイッチを入れる。前とは違い、レキスにたっぷりと魔力を入れてもらったので、すぐに電池切れを起こす心配はない……とレキスは言っていたが。

「「「あー、あー。魔物諸君に告ぐ。今すぐ引き返しなさい。引き返せば、こちらから危害を加えることはありません。繰り返す。今すぐ引き返しなさい」」」

 とりあえず警告をしてみたが、魔物の勢いが止まる様子はない。
 ダメか……言葉が通じているのかどうかもわからないしな。ならばもう一つ確認しておこう。

「「「そちらに、ビータ・チュールという方はいませんか? いたら出てきてください」」」

「えっ、れーいち、どうして……」
「これから使うダジャレ魔法は相手の命を奪うようなものもある。もし、君のお父さんがいたら……」
「そっか。……ありがとう」
「しかし、どうやらいないみたいだね」

 魔物たちはどんどん距離を詰めてくる。
 獲物を見つけ、ニヤニヤと笑っている表情が確認できるところまで近づいていた。

「……できるだけ引き付けてから戦おう。チャトは俺の側に来てくれ」
「あたしも戦う」

 背負っていた弓を手に取り、矢をつがえる。

「でも、俺に触れてないと……」
「はい」

 チャトが俺の前に立ち、長い尻尾の先を手元に持ってくる。

「それ、握ってて」
「えっ」
「それならあたしも攻撃できるから」

 催促するように尻尾をくねくねと動かす。

「こ、こうかな」

 すこし隙間が開くようにチャトの尻尾の先を握る。

「もっとしっかり持っていいよ」
「わ、わかった」

 今度は少し強めに握ってみる。

「んぁっ……あ……ごめ……ん、もう少し、ゆるめて……」
「わわ、す、すまない」

 慌てて手の力を緩める。

「うん、そのくらい……。ごめんね、強く握られると力が抜けちゃうの」
「いや、こちらこそすまない」

 なかなか加減が難しそうだ。しかしもう、このまま戦うしかない。

「あのね。……トキヤ族の女の尻尾は、好きな人にしか触らせないんだよ」
「そうなのか。すまないね……緊急時とはいえ、そんな大切な場所に俺なんかが触れてしまって」
「……もー。ばか」
「え?」
「来たよ!」

 気づくと、目前まで魔物が迫っていた。
 よし、この距離なら奥の魔物まで魔法の効果が届くだろう。

「まずは警告だ」

 魔ガホンを構え、大声で叫ぶ。

「「「トップに突風とっぷう」」」

 背後から強い風が吹き抜け、先頭にいた魔物から次々と後方へ吹き飛ばす。
 緑色の一つ目の巨人のような魔物は前傾姿勢になり耐えようとするが、こらえきれず尻もちをついている。

「「「これ以上近づくともっとひどいことになる。それが嫌なら今すぐ引き返しなさい」」」

 魔物とはいえ、これだけ多くの命を奪うことには抵抗がある。できればこれで引いてほしいのだが……。

「……ダメみたい、だね」
「ああ」

 ニヤついていた魔物の余裕が消え、一気に警戒心が高まったのを感じる。
 無防備に近づいてきていたのが、こちらの様子を見ながらじっくりと近づく動作に変わる。

「もう一度言ってみよう。ちょっとうるさくなるぞ」
「うん。大丈夫」

「「「恐怖きょうふ強風きょうふう」」」

 再び風が吹き荒れる。【トップの突風】は一度きりだったが、今度は三分間吹き続けそうな勢いだ。巨人の魔物も後ろにゴロゴロと転がっていく。

「うわぁ……。れーいち、絶対手、離さないでね」
「ああ、わかってる」

 今、この手を離したらチャトが魔物の群れの中に飛んで行ってしまうだろう。
 俺は強く握りすぎないよう、かつ慎重にチャトの尻尾を握りなおした。

「魔物が引いた分、前進しよう」
「わかった」

 チャトと共に前へと進む。その間も魔物たちは強風で後方に飛ばされていく。

「……あたしの出番、ないかも」
「いや、まだなにをしてくるかわからない。油断せずにいこう」
「うん」

 声の届いた範囲まで強風が続いているはずだ。これで引いてくれないなら……やるしかない。俺はスボンのポケットから黒い皮の表紙の小さな手帳を取り出した。

「あ、それ……」
「そう、王国で君が買ってきてくれた手帳さ。この中に俺が考えたネタと、レキスが考えてくれたネタが書いてある」
「レキちゃんが?」
「攻撃的なダジャレは苦手だと言ったら、一緒に考えてくれてね。……なかなか恐ろしいネタを提供してくれたよ」
「へ、へぇ……」
「なるべく使いたくはなかったが……」

 どうやらあそこが風の終着点のようだ。飛ばされた魔物と、後方にいて無事だった魔物がぶつかり合い、絡み合い、おたおたしている。

「何かピカピカ光ってるよ」
「あれは……魔法か?」
「もしかして、回復してるのかな」

 魔法を使う魔物もいる、とレキスから聞いている。魔法の対策はあるが、攻撃魔法には注意しておこう。

「あ、風が……」

 三分が経ったらしく、風がピタリと止む。

「「「あー、我々は戦いを望まない。どうか引いてはくれないだろうか」」」

 風が止まると同時に、魔物たちがざわめく。そして周囲の魔物と顔を見合わせたかと思うと……こちらに向かって突進してきた。

「わわわ、き、きたよ!」
「もう、覚悟を決めるしかないな」

「「「だかたやないの、雷雨になるって」」」

 突然周囲に強い雨が降り始め、何かが弾けるような鋭い轟音と共に、巨人の魔物に雷がうちつける。頭からつま先に抜けた雷は濡れた地面を伝わり、周囲の魔物の体をも感電させる。

「ひぇぇ……」
「凶悪な組み合わせだな」

 雷は数秒置きにに空から降ってきて、なんとか動こうとする魔物の動きを封じ続ける。すでに絶命した魔物も多くいるようだ。

「れーいち、あれ!」

 倒れている魔物たちの隙間を縫って、数体の魔物がぴょんぴょんと跳ねながらこちらへ向かって来る。ハンバーガーのような形状の頭にぎょろりとした大きな目が一つ。細長い金属の棒のような体に二本の腕がついている。電流が体に流れてきても、まったく意に介していない。

「雷が効いてないみたい」
「あれは……確か【シンライヒ】だったか。雷抵抗がやたらと高い魔物だ」
「知ってるの?」
「ああ。レキスにこの世界の魔物について教えてもらったことがあってね」
「そうなんだ……」
「勉強はしておくものだな」

 そんなことを言っていると、シンライヒ達が両手を前にかざし、なにか呪文を唱えている。やがて、雷の玉のようなものが手の前に現れた。

「あれは……雷の魔法? やり返そうという気か」
「えいっ」

 チャトが矢を放ち、一直線に飛んで行った矢がシンライヒの目玉を貫く。そのまま地面に倒れ、動かなくなった。

「お見事」
「で、でも他のやつが間に合わないよ!」
「大丈夫だ。多分」

「「「雨天では魔法が」」」

 シンライヒの手の中の雷がどんどん小さくなり、消滅した。両手を広げ、キョロキョロと目玉を動かし何事かと戸惑っているようだ。

「チャト、今だ」
「うん! よっ! ほっ! はっ!」

 次々と矢を放ち、戸惑うシンライヒの目玉を射抜いて行く。矢継ぎ早とはこのことか。

「すごいなチャト。百発百中じゃないか」
「うん。なんだか、力がどんどんわいてくるみたい」

 そうか、もしかしたら魔物を大量に倒したからレベルが上がったのかもしれない。一体どれだけの経験値が入ったのだろうか……。
 雷はまだ撃ちつけているが、ほとんどの魔物はもう動かなくなっていた。

「……まだまだいるね」
「……ああ」

 遠くにはまだダジャレ魔法の範囲を外れた魔物がごまんと残っている。戦いはまだ終わりそうにない。

「ネタはまだまだある。進もう」
「うん」

 倒れた魔物に注意を払いながら、さらに前進する。魔法の効果が切れると、魔物たちは懲りずに襲って来る。

「これはレキスのネタだ」

「「「そこな、しぬまで沈む、だ」」」
 
…………………………

「「「針と剣の」」」

……………………

「「「なだれにうる」」」

………………

「「「こおりなさい。とどなく」」」

…………

「「「豪華ごうか業火ごうかでしの」」」

……


♢ ♢ ♢ ♢


 戦闘が始まってからどれくらいの時間が経ったのだろう。
 あっという間だった気もするし、途方もなく長い時間戦っていたような気もする。
 チャトの矢は尽き、手帳のネタも言い尽くし、魔ガホンの電池も切れかけた頃……俺たちの周りに動く者はいなくなっていた。

「終わった……みたいだな」

 叫びすぎて、かすれてしまった声でつぶやく。
 チャトは返事をすることもなく、ぼーっと遠くを見ている。尻尾からはもう手を放していた。

「……これほどの力とは」

 一瞬チャトの後ろ姿が、別人であるかのような印象を受ける。

「……チャト?」

「ん? おつかれさま、れーいち。終わったね」
「あ、ああ」

 こちらを振り向き、少し疲れた笑みを見せるチャトは、俺の知るいつものチャトだった。

「チャト、なんか今……」
「え? なに?」
「いや。……なんでもない」

 気のせいだろうか。なにか妙なことを言っていたような気が……俺も疲れてるのだろうか。

「……すごい光景だね」
「ああ……」

 荒れた大地の上には無数の魔物の死体が転がっており、足の踏み場もないような状況だ。
 これを俺たちがやったということが、どうにも信じられない。

「……もう、戻る? みんな帰ってきてるかも」
「そうだな。だが、その前に……」
「え?」
「魔物とはいえ、このままにしておくのはどうにも忍びない。魔ガホンの魔力、まだ少しだけ残っているようだし……」

 俺は魔ガホンを構え、最後のダジャレを叫んだ。

「「「戦場せんじょうを、洗浄せんじょう」」」

 俺の声が、荒廃した大地に倒れた魔物をなでるように駆け巡る。すると、魔物たちの体が白く淡い光に包まれ、天に昇って消えていった。この光は見覚えがある。これはルウシムカさんの時の……。

「わぁ……」
「……」

 魔物が消えた後も、しばらく俺たちはその場に立ちすくんだまま、戦場の爪痕を眺めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

色彩の大陸3~英雄は二度死ぬ

谷島修一
ファンタジー
 “英雄”の孫たちが、50年前の真実を追う  建国50周年を迎えるパルラメンスカヤ人民共和国の首都アリーグラード。  パルラメンスカヤ人民共和国の前身国家であったブラミア帝国の“英雄”として語り継がれている【ユルゲン・クリーガー】の孫クララ・クリーガーとその親友イリーナ・ガラバルスコワは50年前の“人民革命”と、その前後に起こった“チューリン事件”、“ソローキン反乱”について調べていた。  書物で伝わるこれらの歴史には矛盾点と謎が多いと感じていたからだ。  そこで、クララとイリーナは当時を知る人物達に話を聞き謎を解明していくことに決めた。まだ首都で存命のユルゲンの弟子であったオレガ・ジベリゴワ。ブラウグルン共和国では同じく弟子であったオットー・クラクスとソフィア・タウゼントシュタインに会い、彼女達の証言を聞いていく。  一方、ユルゲン・クリーガーが生まれ育ったブラウグルン共和国では、彼は“裏切り者”として歴史的評価は悪かった。しかし、ブラウグルン・ツワィトング紙の若き記者ブリュンヒルデ・ヴィルトはその評価に疑問を抱き、クリーガーの再評価をしようと考えて調べていた。  同じ目的を持つクララ、イリーナ、ブリュンヒルデが出会い、三人は協力して多くの証言者や証拠から、いくつもの謎を次々と解明していく。  そして、最後に三人はクリーガーと傭兵部隊で一緒だったヴィット王国のアグネッタ・ヴィクストレームに出会い、彼女の口から驚愕の事実を知る。 ----- 文字数 126,353

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

色彩の大陸1~禁断の魔術

谷島修一
ファンタジー
“色彩の大陸”にある軍事大国・ブラミア帝国の傭兵部隊に所属し、隊長を務めるユルゲン・クリーガーは、二年前、帝国によって滅ぼされたブラウグルン共和国軍の精鋭・“深蒼の騎士”であった。クリーガーは共和国の復興を信じ、帝国や帝国軍の内情を探るため傭兵部隊に参加していた。 一方、ブラミア帝国では、 “預言者”と呼ばれる謎の人物が帝国の実権を握っていて悪い噂が絶えなかった。ある日、クリーガーは帝国の皇帝スタニスラフ四世からの勅命を受け、弟子であるオットー・クラクスとソフィア・タウゼントシュタインと共に故郷ズーデハーフェンシュタットから、帝国の首都アリーグラードへと数日を掛けて向かうことになった。その首都では、たびたび謎の翼竜の襲撃を受け、毎回甚大な被害を被っていた。 旅の道中、盗賊の襲撃や旧共和国軍の残党との出会いなどがあったが、無事、首都に到着する。そして、首都ではクリーガーは翼竜の襲撃に居合わせ、弟子たちと共にこれを撃退する。 皇帝から命じられた指令は、首都を襲撃する翼竜を操っていた謎の人物が居ると推測される洋上の島へ出向き、その人物を倒すことであった。クリーガーは一旦ズーデハーフェンシュタットへ戻り、そこの港から選抜された傭兵部隊の仲間と共に島へ出向く。洋上や島での様々な怪物との戦いの果て、多数の犠牲者を出しながらも命懸けで任務を完遂するクリーガー。最後に島で倒した意外な人物にクリーガーは衝撃を受ける。 ズーデハーフェンシュタットに帰還後は、任務を完遂することで首都を守ったとして、クリーガーは“帝国の英雄”として歓迎を受ける。しかし、再び皇帝から首都に呼び出されたクリーガーを待ち構えていたのは、予想もしなかった事態であった。 ----- 文字数 154,460

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

処理中です...