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第二十七話 悠久の旧友
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魔法陣に乗ると同時に、視界が青く染まっていく。
そして、一瞬で暗くなったかと思ったら、石壁に囲まれた薄暗い部屋の真ん中に立っていた。
「おお、これはすごい。……あれ、みんなは?」
左右を見てみるが、誰もいない。
「どうやら分断されたらしいな」
後ろから声がしたので振り返ると、そこには腕を組んだアイカさんが立っていた。
「ア、アイカさん。みんな同じ場所に飛ぶわけじゃないのか……」
「ダンジョンは常に予測不能なことが起こる。やはり入るべきではなかったのだ」
「う……」
「王子もお前も、レキスに甘すぎる」
「ぐぅ……」
そういえば俺、リーダーだったな……。アイカさんが警鐘を鳴らしてくれたのに、その場のノリと俺自身のダンジョンへの興味でついつい来てしまったが……。
「……まあいい、先に進むぞ。私が先頭を歩くから、お前は後からついてこい。戦闘は私がやる」
「ああ、わかった」
先頭で戦闘をせんとー、か。言ったら怒られるかな。
「それと、なるべくダジャレ魔法は使うな。……気が散るからな」
「……了解」
危ないところだった。やっぱりアイカさんはダジャレが嫌いなんだな。うーん、俺のアイデンティティが……。
「……ブツブツ」
アイカさんが呪文を唱えると、周囲がパァッと明るくなる。坑道でも披露していた神秘魔法、だったかな。便利なものだ。
「行くぞ」
「みんな無事だろうか」
「……孤立していなければ大丈夫だろう。回復役もいるからな」
「もし、誰か孤立していたら……」
「考えても仕方あるまい」
そう言うと、アイカさんはダンジョンの奥へと歩き始めた。
そうだな、とにかく今は皆の無事を祈ろう。こっちもどうなるかわからないけど……。
「早く来い」
「おっと、ごめん」
こうして俺はアイカさんと二人で薄暗いダンジョンの通路を奥へと進んでいった。
♢ ♢ ♢ ♢
ダンジョンの奥は複雑に入り組んでいて、まるで迷路のようになってい……るかと思ったのだが、少し真っすぐ進んだだけで次の部屋へと着いてしまった。
そこは、学校の体育館程度の広さのある空間だった。部屋の中央の床には、赤い魔法陣が不気味な光を放っている。
二人が部屋に入ると、背後の入口が石扉で塞がれた。
「またか……」
「来るぞ」
「え?」
魔法陣の輝きがいっそう強くなり、光が消えると同時に魔法陣があった場所にムラスーイがあらわれた。
「な、なんだ?」
「あれは【召喚陣】。ダンジョンでよく見かけるトラップだ」
「そんなものがあるのか」
ムラスーイがこちらに気づき、のそのそと近寄って来る。
この世界に来た時に受けた衝撃を思い出し、思わずみぞおちを押さえてしまう。
色々な魔物と戦ってはきたが、俺自身の肉体はまったく強くなってないから、油断するとムラスーイにもやられてしまうんだよな……。ダジャレ魔法も禁止されているし、戦闘はアイカさんに任せるしかないのだろうか。
「シッ」
飛び掛かって来たムラスーイを一刀両断し、流れるような仕草で剣を鞘へとおさめる。
それと同時に、部屋の前後の扉が音を立てて開いた。
「……なるほどな。そういう趣向か」
「もしかして、この先も同じような仕掛けが?」
「多分な」
「進んで行って大丈夫かな」
「戻っても何もない。進むしかあるまい」
「そうか……」
進むごとにどんどん敵が強くなっていくパターンだろうか。それならアイカさんに任せきり、というわけにもいかないだろうな。
……怒られても、ダジャレ魔法を使わなければならない場面があるかもしれない。
「行くぞ」
「ああ」
こうして一番目の部屋を突破した俺たちは、さらに奥へと進んで行った。
♢ ♢ ♢ ♢
案の定、次の部屋も同様に赤い魔法陣から魔物が現れた。
あれはチャトと森で戦ったニトロクワリ……だったか。素早い動きもアイカさんには通じず、あっさりと倒してしまった。
その次の部屋ではデムーカが現れたが、これも一刀両断。その後も順調に魔物を倒して行き、俺たちは六番目の部屋までたどり着いた。
「アイカさん、大丈夫かい?」
「問題ない。次が来るぞ」
続いて魔法陣から現れたのは、骸骨の魔物だった。
骨だけの体で、右手には鈍く輝くサーベルを持っている。
「あれはトルスケン。アンデッドだ」
「アンデッド?」
「魔法があれば楽な相手だが、再生能力がある故、物理のみとなると少々厄介だな」
「見た目通り、骨の折れる相手ってことか」
「……やめろ。こんな時に」
「おっと、失礼」
今までの魔物と違い、トルスケンはこちらをじっと見ているだけで、襲い掛かって来る様子はない。
「……来ないならこっちからいくぞ」
鞘から剣を抜き、、アイカさんが一歩踏み出した時だった。
「……アイカ?」
骨がしゃべった。声帯も肺もないのに一体どこからそんなハスキーな声が……いや、そんなことよりも今『アイカ』って……。
「……? 誰だ貴様。私にトルスケンの知り合いなどいない」
「俺だよ俺。第六小隊のルウシムカさ」
トルスケンが自分の顔を指さす。
「……なんだと?」
「いやあ、懐かしいな。こんな所でお前に会えるなんて思わなかったよ」
「馬鹿な。ルウはもう……」
「お、疑ってるな? あの時小隊にいた仲間の名前を言ってやろうか。ボシーニ、ヨトルグ、クミル……」
ルウシムカと名乗る魔物が8名の名前を順番に言っていく。
「んで、俺とアイカで10人だ。どうだ?」
「……まさか、本当にルウなのか?」
「だからそー言ってるでしょ」
「しかし、その姿は……」
ルウシムカさんが両腕を広げ、自分の体を見下ろす。
「これなあ……。あの日、ダンジョンの中でみんなとはぐれちまって、魔物に襲われて……気が付いたらこんな姿になってたのよ」
「……」
アイカさんが呆然と立ち尽くしている。あまりの出来事に、言葉が出ないようだ。それは俺も同じで、どう声をかけたらいいのかわからない。
「それ以来、ぼーっとした頭のままダンジョンをさまよったり、こうやって侵入者の相手をしたり……まあ、その時の記憶はあんま残ってないんだけどさ。アイカの顔を見た途端、急に意識がはっきりして、色々思い出しちゃったってわけよ」
「……」
「で、お前たちはこんな所で何やってんだ?」
「……色々あってな」
「色々ねー。アイカのことだから、また何か変なことに巻き込まれたとかそんなところか」
「……」
このルウシムカさん、随分とアイカさんについて詳しいみたいだな。
「ま、いいか。俺を倒さないとこの部屋から出られないってことはわかってるんだよな」
「……ああ」
「ほんじゃ、君たち」
ルウシムカさんがサーベルを地面に放り投げ、両手を広げる。
「ひと思いに、やっちまってくれや」
どうやら、ルウシムカさんは抵抗せずに倒されるつもりらしい。
天井を見上げたまま、じっと動かずにいる。
「……出来るわけがないだろう」
うつむき、拳を震わせながらアイカさんが答える。
「だよなぁ。つっけんどんと言うか、キツい態度を取るからけっこう敬遠されがちだけど、本当は優しいやつだもんなお前」
「……」
「でも、俺を倒さない限りどうにもならないぜ。そうだ、そっちのアンタはどうだい? あまり強そうに見えないけど」
「あなたがアイカさんの友人だというなら、俺にも出来ないかな……」
「うーん、そりゃ困ったなあ」
骨の人差し指で、骨の頭をコリコリと掻く。
「……なんとか、できないのか」
「なんとかって、俺を助けるとか? 無理なんじゃないかなあもう……。あ、でもアレよ。俺、倒されてもまた復活するから、そんなに深刻にならなくても大丈夫よ」
「復活してどうなる」
「また同じことの繰り返しさ。ボーっとした頭でダンジョンを徘徊して……」
「そんなことはもう……させたくない」
「その気持ちはありがたいんだけどねぇ……」
アイカさんはうつむいたまま、ルウシムカさんは天井を見つめたまま動かなくなってしまった。……本当にもう、どうにもならないのだろうか。
「ルウシムカさん」
「ん? なんだい? ええっと……」
「申し遅れました。田寺谷麗一といいます」
「こりゃどうも。ルウシムカ・ネイホです。よろしく」
握手を交わすと、冷たいゴツゴツとした骨の感触が伝わって来た。
「それで、麗一さん。君が俺をやっつけてくれるのかい?」
「いや。俺もあなたを助けたいと思いまして」
「ふーん……どうやらあんたもいいヤツみたいだな。でも、一体どうするってのよ」
言いながらルウシムカさんが肩甲骨をすくめる。
「俺は、ダジャレ魔法というスキルを使えるんです」
「ダジャレ魔法? はっはっは、なんだいそりゃ。そんな愉快なスキル初めて聞いたよ」
「麗一……お前、まさか」
「ダジャレを言うと、その内容に応じた効果の魔法が飛び出すのですが……」
「ほへぇ、面白いじゃん。そういや、ダジャレといえば確かアイカって……」
ルウシムカさんが何かを思い出すような仕草を取る。
「……言うな」
アイカさんがじろり、とルウシムカさんを睨みつける。
「わかってます。……苦手なんでしょう」
「いや、苦手というかなんというか」
「この力なら、もしかしたらあなたを救えるかもしれない」
「えー、ダジャレで? 本当かい?」
「ただ、俺自身もなにが起こるかわからないので、もしかしたら状況が悪化する可能性も……」
「今以上に最悪の状況なんて、ちょっと考えられないかなぁ」
「なら、試してみても良いでしょうか?」
「おっけい! どーんとやってくれ!」
ルウシムカさんが大げさな動きで再び両腕を広げ、天井を見上げる。
「おい、麗一」
「きっと、悪いようにはならない……と思うんだ」
「……」
両腕を大きく広げ、天を仰いだままのルウシムカさんに両手をかざす。祈るような気持ちで、俺はダジャレをつぶやいた。
「ボーン(bone)が……リボーン(reborn)する」
どうだ……?
「リボーン……って、なんだ?」
「イッシュリング語で、再生や復活を意味する言葉だ」
「はい。そのつもりで言ったのですが……」
「うーん、どうやらなにも変化はないみたいだぜ」
だめか……失敗かな、これは。
「んお?」
次のネタを頭の中で組み立て始めたその時、ルウシムカさんの体を白い光が包み始めた。
「なんだこりゃ……あったけぇ」
ホタルのように、無数の細かい白い光の粒がルウシムカさんの周囲を漂っている。やがて、吸い付くようにその体を覆いはじめた。
「ルウ! お前……その姿」
「な、なんだなんだ? 姿?」
光が離れていくと、そこには王国の兵士の鎧を着た、短い銀髪の人のよさそうな犬耳の青年が現れた。
「え? あれ……もしかして俺、生きかえっちゃった?」
「ルウ……」
白い光の粒は、まだルウシムカさんの体の周囲をくるくると回っている。まるで、一緒においで、と誘っているかのように。
「……なーんてな。やっぱり俺、死んじゃってたみたいだな」
ルウシムカさんは昔の姿に戻ったものの、その体を通して奥の壁が透けて見えていた。
「待ってください。今、蘇生のダジャレを……」
「いんや、いいよ。もうとっくにいないはずの存在だしな、俺。それに、生き返ってもこの部屋から出られる保証はないし。俺やだよ、君たちと戦うの」
「し、しかし……」
「リボーン、か。魔物にされちまった俺の魂を、元の姿に再生させてくれたってことなのかねえ」
「ルウ……」
半透明の自分の両手を見つめていたルウシムカさんが、こちらに向き直る。
「ありがとな、麗一さん。感覚でわかるんだ。俺、やっとこのダンジョンから解放されそうだよ」
「……」
「アイカ。最期にお前に会えてよかったぜ。小隊の連中に、心配かけてすまなかったと伝えてくれるか?」
「……あいつらはもう、天寿を全うして全員墓の下だ」
「あちゃー。それなら俺が直接報告しとくわ。……いやお前、どんだけ長生きなんだよ」
ルウシムカさんの体が白い光の中に溶け、ゆっくりと天に向かって昇っていく。
「……じゃあな……二人とも……。ありがとう………本当に………ありがとう――」
安らぎに満ちた声と共に、静かに光が天井に溶けて消えて行った。
「……これで、よかったのかな」
「……」
「もしかしたら、他にもっといい方法が……」
「いや……これでいいんだ。きっとな……。友を、ダンジョンの呪縛から解放してくれてありがとう、麗一」
「……ああ」
見送るように、しばらくの間二人で彼の消えていった天井を見上げていた。
そして、一瞬で暗くなったかと思ったら、石壁に囲まれた薄暗い部屋の真ん中に立っていた。
「おお、これはすごい。……あれ、みんなは?」
左右を見てみるが、誰もいない。
「どうやら分断されたらしいな」
後ろから声がしたので振り返ると、そこには腕を組んだアイカさんが立っていた。
「ア、アイカさん。みんな同じ場所に飛ぶわけじゃないのか……」
「ダンジョンは常に予測不能なことが起こる。やはり入るべきではなかったのだ」
「う……」
「王子もお前も、レキスに甘すぎる」
「ぐぅ……」
そういえば俺、リーダーだったな……。アイカさんが警鐘を鳴らしてくれたのに、その場のノリと俺自身のダンジョンへの興味でついつい来てしまったが……。
「……まあいい、先に進むぞ。私が先頭を歩くから、お前は後からついてこい。戦闘は私がやる」
「ああ、わかった」
先頭で戦闘をせんとー、か。言ったら怒られるかな。
「それと、なるべくダジャレ魔法は使うな。……気が散るからな」
「……了解」
危ないところだった。やっぱりアイカさんはダジャレが嫌いなんだな。うーん、俺のアイデンティティが……。
「……ブツブツ」
アイカさんが呪文を唱えると、周囲がパァッと明るくなる。坑道でも披露していた神秘魔法、だったかな。便利なものだ。
「行くぞ」
「みんな無事だろうか」
「……孤立していなければ大丈夫だろう。回復役もいるからな」
「もし、誰か孤立していたら……」
「考えても仕方あるまい」
そう言うと、アイカさんはダンジョンの奥へと歩き始めた。
そうだな、とにかく今は皆の無事を祈ろう。こっちもどうなるかわからないけど……。
「早く来い」
「おっと、ごめん」
こうして俺はアイカさんと二人で薄暗いダンジョンの通路を奥へと進んでいった。
♢ ♢ ♢ ♢
ダンジョンの奥は複雑に入り組んでいて、まるで迷路のようになってい……るかと思ったのだが、少し真っすぐ進んだだけで次の部屋へと着いてしまった。
そこは、学校の体育館程度の広さのある空間だった。部屋の中央の床には、赤い魔法陣が不気味な光を放っている。
二人が部屋に入ると、背後の入口が石扉で塞がれた。
「またか……」
「来るぞ」
「え?」
魔法陣の輝きがいっそう強くなり、光が消えると同時に魔法陣があった場所にムラスーイがあらわれた。
「な、なんだ?」
「あれは【召喚陣】。ダンジョンでよく見かけるトラップだ」
「そんなものがあるのか」
ムラスーイがこちらに気づき、のそのそと近寄って来る。
この世界に来た時に受けた衝撃を思い出し、思わずみぞおちを押さえてしまう。
色々な魔物と戦ってはきたが、俺自身の肉体はまったく強くなってないから、油断するとムラスーイにもやられてしまうんだよな……。ダジャレ魔法も禁止されているし、戦闘はアイカさんに任せるしかないのだろうか。
「シッ」
飛び掛かって来たムラスーイを一刀両断し、流れるような仕草で剣を鞘へとおさめる。
それと同時に、部屋の前後の扉が音を立てて開いた。
「……なるほどな。そういう趣向か」
「もしかして、この先も同じような仕掛けが?」
「多分な」
「進んで行って大丈夫かな」
「戻っても何もない。進むしかあるまい」
「そうか……」
進むごとにどんどん敵が強くなっていくパターンだろうか。それならアイカさんに任せきり、というわけにもいかないだろうな。
……怒られても、ダジャレ魔法を使わなければならない場面があるかもしれない。
「行くぞ」
「ああ」
こうして一番目の部屋を突破した俺たちは、さらに奥へと進んで行った。
♢ ♢ ♢ ♢
案の定、次の部屋も同様に赤い魔法陣から魔物が現れた。
あれはチャトと森で戦ったニトロクワリ……だったか。素早い動きもアイカさんには通じず、あっさりと倒してしまった。
その次の部屋ではデムーカが現れたが、これも一刀両断。その後も順調に魔物を倒して行き、俺たちは六番目の部屋までたどり着いた。
「アイカさん、大丈夫かい?」
「問題ない。次が来るぞ」
続いて魔法陣から現れたのは、骸骨の魔物だった。
骨だけの体で、右手には鈍く輝くサーベルを持っている。
「あれはトルスケン。アンデッドだ」
「アンデッド?」
「魔法があれば楽な相手だが、再生能力がある故、物理のみとなると少々厄介だな」
「見た目通り、骨の折れる相手ってことか」
「……やめろ。こんな時に」
「おっと、失礼」
今までの魔物と違い、トルスケンはこちらをじっと見ているだけで、襲い掛かって来る様子はない。
「……来ないならこっちからいくぞ」
鞘から剣を抜き、、アイカさんが一歩踏み出した時だった。
「……アイカ?」
骨がしゃべった。声帯も肺もないのに一体どこからそんなハスキーな声が……いや、そんなことよりも今『アイカ』って……。
「……? 誰だ貴様。私にトルスケンの知り合いなどいない」
「俺だよ俺。第六小隊のルウシムカさ」
トルスケンが自分の顔を指さす。
「……なんだと?」
「いやあ、懐かしいな。こんな所でお前に会えるなんて思わなかったよ」
「馬鹿な。ルウはもう……」
「お、疑ってるな? あの時小隊にいた仲間の名前を言ってやろうか。ボシーニ、ヨトルグ、クミル……」
ルウシムカと名乗る魔物が8名の名前を順番に言っていく。
「んで、俺とアイカで10人だ。どうだ?」
「……まさか、本当にルウなのか?」
「だからそー言ってるでしょ」
「しかし、その姿は……」
ルウシムカさんが両腕を広げ、自分の体を見下ろす。
「これなあ……。あの日、ダンジョンの中でみんなとはぐれちまって、魔物に襲われて……気が付いたらこんな姿になってたのよ」
「……」
アイカさんが呆然と立ち尽くしている。あまりの出来事に、言葉が出ないようだ。それは俺も同じで、どう声をかけたらいいのかわからない。
「それ以来、ぼーっとした頭のままダンジョンをさまよったり、こうやって侵入者の相手をしたり……まあ、その時の記憶はあんま残ってないんだけどさ。アイカの顔を見た途端、急に意識がはっきりして、色々思い出しちゃったってわけよ」
「……」
「で、お前たちはこんな所で何やってんだ?」
「……色々あってな」
「色々ねー。アイカのことだから、また何か変なことに巻き込まれたとかそんなところか」
「……」
このルウシムカさん、随分とアイカさんについて詳しいみたいだな。
「ま、いいか。俺を倒さないとこの部屋から出られないってことはわかってるんだよな」
「……ああ」
「ほんじゃ、君たち」
ルウシムカさんがサーベルを地面に放り投げ、両手を広げる。
「ひと思いに、やっちまってくれや」
どうやら、ルウシムカさんは抵抗せずに倒されるつもりらしい。
天井を見上げたまま、じっと動かずにいる。
「……出来るわけがないだろう」
うつむき、拳を震わせながらアイカさんが答える。
「だよなぁ。つっけんどんと言うか、キツい態度を取るからけっこう敬遠されがちだけど、本当は優しいやつだもんなお前」
「……」
「でも、俺を倒さない限りどうにもならないぜ。そうだ、そっちのアンタはどうだい? あまり強そうに見えないけど」
「あなたがアイカさんの友人だというなら、俺にも出来ないかな……」
「うーん、そりゃ困ったなあ」
骨の人差し指で、骨の頭をコリコリと掻く。
「……なんとか、できないのか」
「なんとかって、俺を助けるとか? 無理なんじゃないかなあもう……。あ、でもアレよ。俺、倒されてもまた復活するから、そんなに深刻にならなくても大丈夫よ」
「復活してどうなる」
「また同じことの繰り返しさ。ボーっとした頭でダンジョンを徘徊して……」
「そんなことはもう……させたくない」
「その気持ちはありがたいんだけどねぇ……」
アイカさんはうつむいたまま、ルウシムカさんは天井を見つめたまま動かなくなってしまった。……本当にもう、どうにもならないのだろうか。
「ルウシムカさん」
「ん? なんだい? ええっと……」
「申し遅れました。田寺谷麗一といいます」
「こりゃどうも。ルウシムカ・ネイホです。よろしく」
握手を交わすと、冷たいゴツゴツとした骨の感触が伝わって来た。
「それで、麗一さん。君が俺をやっつけてくれるのかい?」
「いや。俺もあなたを助けたいと思いまして」
「ふーん……どうやらあんたもいいヤツみたいだな。でも、一体どうするってのよ」
言いながらルウシムカさんが肩甲骨をすくめる。
「俺は、ダジャレ魔法というスキルを使えるんです」
「ダジャレ魔法? はっはっは、なんだいそりゃ。そんな愉快なスキル初めて聞いたよ」
「麗一……お前、まさか」
「ダジャレを言うと、その内容に応じた効果の魔法が飛び出すのですが……」
「ほへぇ、面白いじゃん。そういや、ダジャレといえば確かアイカって……」
ルウシムカさんが何かを思い出すような仕草を取る。
「……言うな」
アイカさんがじろり、とルウシムカさんを睨みつける。
「わかってます。……苦手なんでしょう」
「いや、苦手というかなんというか」
「この力なら、もしかしたらあなたを救えるかもしれない」
「えー、ダジャレで? 本当かい?」
「ただ、俺自身もなにが起こるかわからないので、もしかしたら状況が悪化する可能性も……」
「今以上に最悪の状況なんて、ちょっと考えられないかなぁ」
「なら、試してみても良いでしょうか?」
「おっけい! どーんとやってくれ!」
ルウシムカさんが大げさな動きで再び両腕を広げ、天井を見上げる。
「おい、麗一」
「きっと、悪いようにはならない……と思うんだ」
「……」
両腕を大きく広げ、天を仰いだままのルウシムカさんに両手をかざす。祈るような気持ちで、俺はダジャレをつぶやいた。
「ボーン(bone)が……リボーン(reborn)する」
どうだ……?
「リボーン……って、なんだ?」
「イッシュリング語で、再生や復活を意味する言葉だ」
「はい。そのつもりで言ったのですが……」
「うーん、どうやらなにも変化はないみたいだぜ」
だめか……失敗かな、これは。
「んお?」
次のネタを頭の中で組み立て始めたその時、ルウシムカさんの体を白い光が包み始めた。
「なんだこりゃ……あったけぇ」
ホタルのように、無数の細かい白い光の粒がルウシムカさんの周囲を漂っている。やがて、吸い付くようにその体を覆いはじめた。
「ルウ! お前……その姿」
「な、なんだなんだ? 姿?」
光が離れていくと、そこには王国の兵士の鎧を着た、短い銀髪の人のよさそうな犬耳の青年が現れた。
「え? あれ……もしかして俺、生きかえっちゃった?」
「ルウ……」
白い光の粒は、まだルウシムカさんの体の周囲をくるくると回っている。まるで、一緒においで、と誘っているかのように。
「……なーんてな。やっぱり俺、死んじゃってたみたいだな」
ルウシムカさんは昔の姿に戻ったものの、その体を通して奥の壁が透けて見えていた。
「待ってください。今、蘇生のダジャレを……」
「いんや、いいよ。もうとっくにいないはずの存在だしな、俺。それに、生き返ってもこの部屋から出られる保証はないし。俺やだよ、君たちと戦うの」
「し、しかし……」
「リボーン、か。魔物にされちまった俺の魂を、元の姿に再生させてくれたってことなのかねえ」
「ルウ……」
半透明の自分の両手を見つめていたルウシムカさんが、こちらに向き直る。
「ありがとな、麗一さん。感覚でわかるんだ。俺、やっとこのダンジョンから解放されそうだよ」
「……」
「アイカ。最期にお前に会えてよかったぜ。小隊の連中に、心配かけてすまなかったと伝えてくれるか?」
「……あいつらはもう、天寿を全うして全員墓の下だ」
「あちゃー。それなら俺が直接報告しとくわ。……いやお前、どんだけ長生きなんだよ」
ルウシムカさんの体が白い光の中に溶け、ゆっくりと天に向かって昇っていく。
「……じゃあな……二人とも……。ありがとう………本当に………ありがとう――」
安らぎに満ちた声と共に、静かに光が天井に溶けて消えて行った。
「……これで、よかったのかな」
「……」
「もしかしたら、他にもっといい方法が……」
「いや……これでいいんだ。きっとな……。友を、ダンジョンの呪縛から解放してくれてありがとう、麗一」
「……ああ」
見送るように、しばらくの間二人で彼の消えていった天井を見上げていた。
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