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第十二話 はかせにズボンをはかせる

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 三人で城下町の食堂で腹ごしらえをした後、俺たちは入ってきた門とは反対にある、北門に向かっていた。

 レキス曰く、魔王城に行くまでにいくつかの村が点在しており、そこをたどって行けば比較的安全に旅ができるだろう、とのこと。
 北門に着いた時、チャトが何かに気づく。

「あ、れーいち、あの人……」
「ん? ……おや、あれは」

 門の前には兵士が二人立っている。そのうちの一人は、昨日会ったズネミーさんのようだ。
 槍の柄を地面に立てて大きなアクビをしている。近づいていくと、向こうもこちらに気づく。

「おっす」
「おっす!」

 片手をあげたズネミーさんにチャトが笑顔で手を振る。

「あんたら、結局魔王城に行くのか」
「うん……。ごめんね、せっかく忠告してくれたのに」
「ま、別にかまわねえけどよ。やばそうならすぐ帰ってこいよ」
「うん」

 もう一人の兜をかぶった兵士がじっとレキスを見ている。引き留められるのかと思ったが、話しかけてくる様子はない。

「あ、そうだ。これ、返しておくね」

 チャトが着ていたカッパを脱ぎ、ズネミーさんに渡す。

「ありがとう、助かっちゃった。あ、ごめん……これ、まだ洗ってないや」
「別にいいよそんなん。なんならこのまま持って行ってもいいんだぜ」
「そんなの悪いよ。何かお礼したいけど、今何も持ってなくて……」
「いーって。あんたもけっこう律儀だな」
 
 そう言われてもまだお礼がしたそうなチャトが、ふいになにかを思いついたように両手を合わせる。

「……あ、そうだ。ちょっと左向いてくれる?」
「んあ? こうか?」

 言われたとおりに、ズネミーさんが首を左に向ける。すると、チャトが顔を近づけていき……。

 ちゅっ

 ……と、頬にキスをした。

「……!? おまっ……なっ……!」

 ズネミーさんが体を硬直させ、顔は真っ赤になっている。

「……お礼にはならないかもしれないけど。それじゃ、またね! いこ、れーいち、レキちゃん」
「あ、ああ」

 固まったままのズネミーさんを残し、俺たちは門を離れた。

「やるなぁ、チャト」
「にゃはは。昨日してみたかったーとか言ってたからさ」
「ズネミーさん、君に惚れてしまうんじゃないか?」
「やめてよもう。そんなんじゃないし……」

「あの」

 レキスがじーっと俺たちを見ている。

「どうしたんだい?」
「お二人は恋仲ではないのですか?」

 唐突な質問に、俺とチャトが顔を見合わせる。

「ち、ち、ちがうよぉ! もう、やだなぁレキちゃんったらもうもう」
「あ、ああ。そういう、アレではないかな」
「……そうですか」

 興味を失ったかのように視線を前に戻す。

「びっくりした……」
「はは。レキスは、俺たちが恋人に見えるかい?」
「ちょ、ちょっとれーいち!」
「……恋人というよりは」
「よりは?」

 チャトと二人、固唾を飲んでレキスの言葉の続きを待つ。

「……愛人、でしょうか」
「あっ……」
「……あいじん」

 うーむ、やはり中年の男が若い、いや、若く見える女性といるとそう見えてしまうのか。

「冗談です」

 冗談だったらしい。

「ね、ねえねえ、ところでレキちゃんっていくつくらいなの?」

 いつの間にかレキスと並んで歩いているチャトが、俺も気になっていた質問をぶつける。

「……年齢、ですか」

 しばらく考えた後、ボソッとレキスが答える。

「自分の年齢なんて、遠い昔に忘れてしまいましたね」
「わ、わぁ……」

 チャトより若く見えるが、忘れるほど長生きしているのか。この世界の住人はみんな寿命が長いんだろうか……。

「チュール氏はいくつなのですか?」
「あたしは41! れーいちは40だよね」
「結構いってますね」
「うっ……そうかな」

 レキスの遠慮のない物言いに、チャトがダメージを受けている。俺はもう慣れたものだが。

「あ、それとさ。あたしのことはチャトって呼んでほしいな」
「いえ、あなたはチュール氏です」

 チャトがレキスの洗礼を受けている。あの言い方をされると、どうもはい、としか言えなくなるんだよな。

「名前で呼んだ方が仲良くなれる気がするんだけどなぁ。ね、どうしてもダメ?」

 チャトが食い下がる。恐らくは何を言っても『ダメです』と返ってくるのだろう。

「……わかりました。それではチャトさんで」
「やったね!」

 あれ……ひょっとしたらレキス、押しに弱いのか? ……それじゃあひとつ俺も便乗して。

「なあ、俺も麗一と呼んで欲しいのだが」
「あなたはだじや氏です」
「俺もレキスと仲良くなりたいな。駄目かい?」
「ダメです」
「どうしても?」
「ダメです」
「貯水池は?」
「ダムです」
「粉の溶け残りは?」
「ダマです」

 だめだ、取り付く島もない。……なぜだ。

「ねえねえ、それで今、どこに向かってるんだっけ」
「マリソーチの村です。川沿いにある集落ですね。川の水を利用した農業が盛んな村です」
「あ、そこの野菜有名だよね。みずみずしくておいしいんだ」
「ですが今、川の水が汚染されているという報告が王国に来ているのです」

 ふむ、ほうこくがおうこくに、か……。

「おせん?」
「井戸や川の水を飲んだ住人が、次々と病に倒れているとか」
「ええ……それは大変だね」
「王国に調査依頼が来ているのですが、多忙な身の上なのでなかなか出向くことができませんでした」

 多忙と言うわりには、こうしてあっさり魔王討伐の旅についてきてしまっているが、大丈夫なのだろうか?

「いい機会なので、汚染の原因を調べてみましょう」
「いまさら来てもだよ、とか言われたりしてね」
「少し急ぎましょうか」
「う、うん」

 ダジャレを言った時のリアクションは大体三パターンに分けられる。
 まずは苦笑い。次に真顔で『寒い』と言う。最後は無視。どうやらレキスは無視タイプのようだな。個人的には無視が一番心地よいのだが、別にそういうへきあるというわけではない。

「そういえば、全然魔物出てこないね」
「そうですね。このまま何事もなくたどり着ければよいのですが」

 というセリフを待っていたかのように、脇の茂みからムラスーイが飛び出し、レキスに飛び掛かってきた。

「あっ、あぶな……!」

 チャトが叫ぶ。と同時にレキスの足が高く舞い上がり、弧を描く。
 ムラスーイはレキスの足に激しく叩きつけられ、どこかへと飛んで行った。

「わぁ……」
「すごいな。見事なハイキックだ」

 戦いに向いているようには見えないのだが、まさか武闘派だったとは。しかし……。

「……どうしました? 二人とも、行きますよ」
「う、うん。あのね、レキちゃん……」

 チャトがどうしよう、と言った表情でこちらを見る。うーん、俺が伝えなければならないのか。

「えーと、レキス。その服装で、あまり足を高く上げない方がいいかもしれない」
「なぜです?」
「うーん。その、まあ、なんというか……見えてしまうからね」

 足を上げた時にローブの裾が舞い上がり、なにか白いものがチラリと見えてしまったのだ。伝えないよりは、今伝えておいたほうがいい……よな。

「……まあ、別に減るもんじゃないので、気にしませんけど」
「あ、あぁ、そうかい? ならいいんだ。すまないね、余計なことを言って……」

 細かいことを気にしないというか、羞恥心の薄いタイプなのだろうか。それとも長生きをしているせいで、そんなことはどうでもよくなってしまったとか。

「……」
「レキちゃん?」

 無表情のレキスの顔色がじわじわと紅潮していき、頭の耳は目を隠すように垂れ下がり、左右の耳まで真っ赤になっていく。

「……」

 顔を赤くしたまま微動だにしない。しまった、これは言わないほうがよかったやつか。

「……あ、そうだ! あたし、着替え持ってるからそれはいておきなよ! 穴が開いてるからしっぽも出せるよ!」

 慌ててチャトが腰のカバンからデニムの短パンを取り出し、レキスにはかせようとする。

「ちょっとれーいち! あっち向いてて!」
「あ、あぁ」

 慌てて後ろを向くと、背後から二人の会話が聞こえてくる。

「右足上げて」
「……自分でできます」
「いいからいいから、ほら」
「……」

 子供の着替えを手伝うお母さんのようだ。レキスもどうやらチャトには弱いらしい。

「ちょっと大きいから紐でしばって……これでよし、と」
「……もういいかい?」
「もういいよ!」

 許可が出たので後ろを振り向くと、ニコニコ顔のチャトと少し気まずそうなレキスが立っていた。

「……ありがとうございます、チャトさん」
「ふふ、おそろいだね」

 どうなることかと思ったが、チャトのおかげでなんとかなったな。
 しかし、レキスは最初は何を考えているかわからない人だと思ったが、実は結構わかりやすい人なのかもしれない。
 こうして俺たちは再びマリソーチの村に向けて歩き出した。


♢ ♢ ♢ ♢


 夕暮れ時。一日の終わりを知らせるような、少し冷たい風に吹かれながら、茜色に染まる平原を俺たちは歩き続けていた。
 先導しているのはレキスだが、いつからか全くしゃべらなくなった。『いつ頃着くの?』とも聞きづらい空気のため、無言でチャトと共にレキスの後ろを歩き続けていたが、急にレキスが立ち止まり、ぼそっとつぶやいた。

「すいません。道、間違えました」

 ……やはり。明るいうちにつくはず、と聞いていたから、どうにもおかしいと思っていた。
 チャトも『やっぱりそうだったんだねぇ』と言わんばかりにうんうんと頷いている。

「どうしましょうか。日の位置から考えると、マリソーチの村までここから半日ほどかかるかと思われますが」
「うーん、夜に歩くのって危ないよね?」
「ええ、夜にしか現れない危険な魔物もいますので」
「ここらで野営するかい? あ、でも魔物が襲って来るのか……」
「魔物の事なら心配はいりません。……そうですね、今日はここで休息にしましょう」

 そう言うと、レキスはカバンの中からごそごそと先端に青い宝石のような物がついた、ピンのような物を取り出し、周囲の地面に突き立て始めた。六本のピンを差し終えた後、呪文のようなものを唱え始める。

「レモマヲラ・レワラカラ・ツヤイバヤ・ヨイカッケ」

 詠唱が終わると同時に、ピン同士をつなぐように白い光の壁が現れ、俺たちを包み込んだ。

「おお……これは」
「わぁ、綺麗……」
「これでこの中は安全です」
「すごい物を持ってるんだな」
「出がけに宝物庫からちょろまかしてきました」
「ちょろま……ええ? 宝物庫って……高い物じゃないのかい?」
「兵士の給料三か月分程度の価値の代物です。大したことはないでしょう」
「そんな婚約指輪の値段のような……」

 そもそも勝手に城の宝を持ち出していいものなのだろうか。王様に甘やかされてるような雰囲気はあったけども。

「さあ、野営の準備をしましょう」
「ああ、そうだな」

 背負っていたリュックを地面に下ろし、中から青い三角錐を取り出す。

「レキス、これなんだけど……」
「おや、それは【テン魔ク】ですね。良いものをお持ちで」
「どうも俺とチャトには魔力がないみたいで……レキスはこれを扱えるかな?」
「はい。それではちょっとお預かりします」

 テン魔クを受け取ると、レキスは地面の平らになってる場所にそれを置く。
 そして、右手をかざし呪文を唱える。

「ウユニウユ・チクヨリマ」

 すると、テン魔クが白く光り始め、空気を入れた風船のようにみるみる大きくなっていく。

「おお……」

 やがて、人が三人泊まるには十分な大きなのテント……いや、テン魔クが完成した。

「こりゃすごい。ありがとう、レキス」
「えっへん」
「わぁ、懐かしいなあ」
「懐かしい?」
「うん。これ、ウチで使ってたやつだもん。お父さんとお母さんと一緒に、キャンプに行った時のことを思い出すなあ」

 遠い昔のことを懐かしむような目で、チャトがテン魔クを見つめている。

「それでは、中に入りましょう」
「ああ、遠慮なく使わせてもらうよ」
「どうぞどうぞ」
「あ……」
「ん? どーしたのれーいち」
「いや、なんでもない」

 テントの中でテントー(転倒)しないように気を付けて、と言おうとしたが、二人が座ったり横になったりできなくなりそうなのでやめておいた。
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