婚約破棄を成立させた侯爵令嬢～自己陶酔の勘違い～

本編

19.

　
「侯爵代理と呼ばれることで勘違いされるようになったと、いくつか報告は聞いていましたが……」

　普通は勘違いしない事柄だろうと、これほど未熟だったかと呆れる表情を浮かべたマリアベルが説明する。

「ロックハート王国の爵位とは、血筋が受け継いでいくものです。先程、あなたは妻の前侯爵が亡くなったのだから、自分がフロージニス侯爵位を継承して当然のように発言をなさいましたが、そのような爵位の継承は王国では認められておりませんよ」
「何を言うかと――」
「フロージニス侯爵家の血筋ではないワライン伯爵令息では、侯爵位を継承することはあり得ないと申しているのです。あなたには、ワライン伯爵の継承権しか貴族院に認められておりませんよ」

　何かを言い返そうとしたダルトンを遮って、マリアベルが討論したいわけではないと事実を押し付けた。自分の中で肯定されていった利己的な考えや、ただの思い込みなど聞く気はないと言いたげな拒絶感が乗せられていた。

「それが今に至るまで残されているのか、わたくしは存じ上げておりませんが、継承権の順位を確定させる申請が必要なことすら、あなた方はご存じなさそうですね」

　マリアベルは曖昧に、認定が取り消されることもあると示唆した。
　だが、ある事情によって、彼には継承権が残されていないことを彼女は聞かされている。そして、周囲からも無知なことへ鋭い言葉の棘が向けられる。

「そもそも、自分がどうして侯爵代理と呼ばれているか、分かっていないんじゃないかな？」
「だよな、時期が来れば侯爵代理から侯爵へ昇格するとでも思っていそうじゃん」
「それ、笑える！　当代のフロージニス侯爵がいらっしゃって、ただただその代理を務めているってことなのにな～」

　こそこそと、それでいて聞こえるように交わし合う周囲の呟きへ向いて、ダルトンが腹立たしげに睨み返している。
　しかし、そのうち国王陛下から正式に任命されるのだろう、くらいに考えていた彼は的外れな推理だと強く否定できない。
　ちなみに、しばらくワライン伯爵家にフロージニス侯爵家の血は混ざっていないので、ダルトンを後継者にするため養子に迎え入れることも意味がない。遺産の分配は可能になるが、貴族院にて継承権の発生が認められることはないからだ。

「少し聞き取れたようですけど、侯爵代理とは侯爵が任命しなければ就くことが出来ない、周囲から認められない役職になります。跡継ぎが必ず通る役職というわけではありませんし、代理など存在していない期間の方が圧倒的に長いでしょうね」
「代理は、あくまで代理でしかないからなー。必要がなければ空席で困ることはないし、基本的に任せられる仕事だって一つずつ通達されてから行うはずだ」

　レオナルドの言葉は正しく、侯爵代理のダルトンへ割り当てられた仕事の内容は、執事長のネイザスから最初だけは伝えられていた。
　あれこれと文句を言っては従わず、活躍の場となるはずの侯爵領へ出向いたこともない。