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本編
15.
しおりを挟む呆然と王子の尊顔を見詰め続けて、不自然なほどに視線をさまよわせ始めた二人を放置して、頷き返したマリアベルは最初に乗り込んできたカイセルを標的に定めた。
失礼な発言がなかったかと、行動を顧みる時間を与えたわけだ。そして、お怒りでない以上は、きっと問題はなかったはずと浮上してきたところで、もう一度突き落とされることが決定した瞬間でもある。
「は?」
あとからやって来たダルトンに主役の座を奪われてしまい、完全に蚊帳の外という態度で眺めていたところへ、突然の指名を受けたカイセルが間抜け面を晒す。
向けられた視線を辿るように、何の話だったっけと全員の顔を見渡していく時間が滑稽だ。
「途中で騒がれても迷惑ですし、最初に乱入してきたわけですから、あなたが企んでいる婚約破棄云々の状況をお教えすると言っているのです」
彼女から婚約破棄という単語を聞いて、何をどう勘違いしたのか、カイセルに勝ち誇った笑みが戻ってくる。
「はっ、何だ! 止めてほしいと取り縋りたくなったかぁ~?」
「ハッ、そんなことあり得ませんよ」
煽るような聞き方に、マリアベルが令嬢らしからぬ嘲笑を交えてお返しした。
この辺りの勝ち気な反応、表情が漏れてしまうのは、彼女が転生前に川澄桐子として社会の荒波を越えてきた経験から来ているのかもしれない。
お淑やかに笑う彼女しか知らない同級生や、顔色を窺いながら話し掛けていた相手なら面食らってしまっていただろう。
「そもそも、婚約破棄、婚約破棄と連呼したところで、マリアベル嬢にとっての脅しとならないことを知るべきだったな」
「……どういうことですか?」
好意を抱いているはずだから、婚約破棄は嫌がるはずというカイセルの思い込み。それを見抜いているレオナルドが、勘違いをしているだろうと示唆した。
しかし、はっきり言わないとやはり伝わらないようで、不思議そうに聞き返すだけだった。
「おそらく、昨夜はご実家の方へ帰られなかったのでしょう。ですから、残念ながら本日この場で顔を合わせることとなってしまったのでしょうが、昨日のお昼過ぎに、わたくしとあなたの婚約破棄は成立しているのですよ」
「はぁ? お前は何を言っているのだ?」
王子の手前、怒鳴り返せないカイセルは、わけの分からないことを言い出した彼女を馬鹿にして睨んだ。
「両家の話し合いは以前から行っておりました。そして、両家合意の元、婚約破棄に関係する書類を貴族院へ提出しました」
「はぁ~?」
「申請理由などの精査をされて、しっかりと受理されています。ですから、わたくしとあなたの婚約は書類上でもすでに破棄されているとお伝えしているのですよ」
「あ、あり得ぬだろっ! そのような一方的な行いをして、リリカンド侯爵家を敵に回したいのか!」
しかし、怒鳴り返すことを我慢できたのは一瞬だけだった。
もし婚約破棄をするのならば、自分の方にこそ権利があると疑っていない。そんなカイセルだから、言い返さずにはいられなかった。
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