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本編
19.
しおりを挟む「隣の部屋から兵士の識別タグも三枚見付かっているみたいですし、あえて身に付けさせていたのかもしれません。闇夜に紛れての襲撃だったのか、確認できた遺体だけで三十近くになるそうですから、偽装するような猶予はなかったかと」
「そう、なのね……」
「こちらから、もう少し詳しい報告をお願いしてみますか?」
俯いて考え込むような主人を気にしたキャロルの問い掛けに、エリザベートは顔を上げて首を横へ振る。
「……いいえ、必要ないわ。偽装してまで南側へ連れて行かれたのなら、こちら側へ戻ってこられるとも思えないもの」
凝り固まった敵意を持ち続けているとして、何かしらの悪影響を及ぼしてくるとは思えない。聖女だと喚いたところで、軽くあしらわれるほどに価値観が違う。
「言い方は悪いですけど、そこまでする価値が彼女に有ったのかというと……、ですよね……?」
そう言ったアイリーンは、立ち上る湯気が心を落ち着けてくれる紅茶へ視線を落とした。
「そうね、異世界転生に夢見てしまった気持ちは分からないでもないけれど、大なり小なり本人の努力次第という現実が付きまとうのよね……」
どれだけ恵まれていたとして、それを本人が活かせなければ繋がらない。言葉だけでは、信用は得られにくいものだ。
まず聖女の恋愛物語が存在していたのではなく、こちらの世界が存在していたことは間違いない。不自然な挙動を招くような、物語の強制力とでも言うべき都合の良い展開はなかったのだから。
全てが否定されるようで、彼女は頑なに受け入れることを拒否し続けていたのかもしれない。
「絶対の確証が得られたわけではないみたいだし、余計なことをするなと文句を言われてしまいそうですけど、旅立ってしまった彼女達の冥福を祈りましょうか」
「「…………」」
こちらの作法に合わせて、目を閉じて両手を組み合わせたエリザベートに促されて、二人もゆっくりと目を閉じて神々へ祈りを捧げた。
「しかし、これで責任を問われた全員がいなくなってしまったのね」
少し寂しそうに溢した彼女に釣られて、二人も静かに青空を見上げる。
「「「…………」」」
★ ★ ★
宰相令息、リヒャルト・ヤイハンスは、周りには厳しい宰相閣下の怒りを買って、伯爵領の邸宅にある個室へ軟禁されることになった。
一年後、密かに続けられていたリルフレア公国の調査から、宰相閣下の違法な取引に関わっていたことが立証され、地位と名誉を失い転落した父親や関係者と共に処刑された。
爵位継承者と認められなかった令息達は、異教徒と終わらぬ戦いへ派遣され、一人は年明けの大規模戦闘中に、一人は追い詰めた偵察部隊の反撃に遭い、一人は毒矢の治療が間に合わず、そして、一人は見付けられた識別タグより行方不明者の扱いから推定死亡者の扱いに改められた。
剣と盾だけで戦う平兵士より活躍した場面もあった。
しかし、修練を怠らなかった普通の魔法使いに並べるわけもなく、名誉を挽回することなく散っていった。
リグレット王国王子、アルフォンス・ロンドベルトは、子種を蒔けぬように諸々を処理されたあと、王宮の隔離区画にある『白雲宮』へ生涯幽閉されることになった。
そこは白く、ただ白く、寂しく清らかな宮殿だ。汚れなど許さないと刷り込まれるような異様さが漂う。
食事を運ぶ使用人を押し倒すも出来ることは何もなく、絶望から徐々に狂うような時間が増えていき、二年後に重い病気の回復が叶わなかったと世間には発表された。
衰弱しきり、夢を見るように残した最後の言葉は『俺様は、皇帝になる男だ……』だったと使用人は伝えている。
「人はね、何かしら学ぶ機会があるときに、その好機を逃していて後悔することはないの。だって、いつか学びが足りないことを理解できた瞬間、初めて後悔できるようになるのだから」
後世の歴史書には、バルトガイン帝国が繁栄を謳歌していた時代、賢君として名を残すことになるエリザベート・リルフレアが侍従へ語り掛けた言葉が添えられた。
学ぶ機会へ向き合うための心構えすら、培われていくものだと彼女は考えている。取り組む姿勢を知らない者は、理解できていないことすら理解できないのだから。
「そのことをただ大人達から諭されたとて、正確には落とし込めないのよ、それだけの経験がないんだもの。だから、少しでも分かりやすくするために、こういう貴重な失敗例は残しておかないとね」
そして、愚か者達の転落模様は、自己研鑽を怠らないための教訓として、学び舎にて末永く語り継がれている。
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ここまで、ご清覧ありがとうございました。
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