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母親の呪い①
しおりを挟む毎朝決まった時間に母の部屋を訪ねるのが私の日課だ。
出迎えた侍女の顔を見る限り、今日はあまり調子がよくないらしい。身体ではなく、心が。
「おはよう、お母さま。今日は良い天気よ。カーテンを開けたらとっても気持ちがいいと思うの」
「アデール……?」
部屋のカーテンは閉め切られていて、よどんだ空気の中、ツンとした酸っぱい臭いが鼻をつく。
急な環境の変化を嫌がるので、とりあえずカーテンは閉めたまま、外の音が聞こえない程度に窓を開けて空気を入れ換える。
「お母さま、お薬の時間よ。さあ飲んで」
気休め程度にしか効かない薬と、水が注がれたコップを差し出すと、ぼさぼさの長い髪の間から、ギョロリとした目が光る。
「アデール、レティエ殿下はお元気にされているの?あなた、ちゃんと殿下と仲良くしているのでしょうね!?」
「大丈夫よ。何にも心配いらないから」
「ああ、可哀想なアデール。あなたの父親がもう少しまともだったら……!」
物心ついた頃、既に母の心は壊れていた。
ポワレ公爵家は、元皇弟であるおじい様に与えられた一代限りの爵位だ。
万が一おじい様が身罷られた場合、ポワレ公爵家の名は消える。
その後私たちがどうなるかは、皇帝陛下の判断に任せる事になるのだが……新たな爵位を授かるにあたり判断基準がある。
我ら子孫に貴族の権威を保てるだけの財産があるか。そして次に社会への貢献度だ。
皇族として生まれ、幼い頃から研鑽を積んでこられたおじい様は素晴らしい方だ。
しかし、その息子である父の性情は、おじい様とは似ても似つかない。
世間にはうまく隠しているが、怠惰で浪費家、おまけに快楽主義者ときた。
女癖は悪く、公爵家の資産を食い潰すだけの能無し。
それでも我が子は可愛いのか、おじい様は口では厳しい事を言いつつも、何だかんだ父の尻拭いをしてやっていた。
帝国の高位貴族の令嬢として、周囲から大切にされ、何不自由なく育った母は、結婚してから本性をあらわした父のせいで心を病み、今もこうして現実から逃げ続けている。
それなのに父は母には見向きもせず、今頃は何人かいる愛人のうちいずれかの邸宅で、享楽的な生活を送っているはずだ。
「可哀想……可哀想……可哀想なアデール。こんなに美しく聡明な娘に生まれたのに……なんて可哀想なアデール……」
お年を召されたおじい様の物忘れがひどくなってきたのをいいことに、父はさらなる浪費を続けている。
このままいけば、おじい様亡きあと、父が爵位を授かるのは絶望的。
持参金すら用意できるかわからない私の末路なんて、言うまでもない。
そして母は今日も私に呪いをかける。
『可哀想なアデール』と。
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