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一夜明け
しおりを挟む式典から一夜明け、早くも帝都にはエルベ侯爵令嬢リリティス・ド・エルベが叙勲を受けたという話が駆け巡った。
とりわけ民が食いついたのは、式典の最中皇帝陛下が発した“意味深な言葉”と、令嬢の側に常に寄り添っていたという皇太子の話だ。
「リリちゃん、これはどこに運べばいい?」
チコが小さい手で指差したのは、たくさんの箱が積まれた荷車。しかもそれは延々と列をなしている。
箱の中身は新品のガーゼに包帯、シーツに消毒薬などの医薬品、そして食料品だ。
「まあ、また届いたの!?嬉しいけれど、どこに保管しようかしら」
式典のあと。ヴィタエ修道院には連日、貴族たちから【ご機嫌伺い】という名の支援物資が届けられた。
私が受けた栄誉にあやかりたいという魂胆が透けて見えてうんざりするが、受け取りを拒否して送り主らの顔を潰せばあとが面倒だし、修道院の財政状況を考えれば素直にありがたいとも思えた。
(だからといって、決して彼らに良い顔をする気はないけれどね)
ドラン伯爵やクロエ嬢たちがどのような処罰を受けるのか……私が知らないだけで、既に沙汰が下っているのかはわからないが、彼らが起こした騒ぎについての噂は、不思議なほど聞こえてこなかった。
「リリちゃんがこんなに大変なのに、エリックは手伝いに来ないのか?」
「あら、チコったら。そんなにエリックに会いたかったの?」
「ちっ、違うよ!」
「照れなくて良いのよ。チコが待ってるって聞いたら、エリックもきっと喜ぶわ」
恥ずかしそうに口を尖らせるチコ。
ルカスとエリックは、今日も騎士団の訓練に参加するため、朝早くに屋敷を出て行った。
そんなに頻繁に伺っては迷惑になるのではと、私たち家族は再び気を揉んだが、ふたりから返ってきた答えは『殿下がいつでも来ていいって言ってくださったんだ!』だった。
(殿下もどういうつもりなのかしら)
騎士となって身を立てなければならないほど、我が家は困窮しているわけじゃないし、むしろその逆だ。
ルカスとエリック、どちらかが父のあとを継いだ暁には、兄弟力を合わせてエルベ侯爵家を盛り立てて行くのだろうと思っていた。
(けれど……ルカスとエリックの気持ちは違うのかしら)
そう思うと自然に、修道院に身を寄せるチコたち孤児の将来も気になってしまう。
この子たちが、自分たちの生まれや境遇を悲観せず、より良い未来を選べるように、私ができる事はなんだろう。
そんな事を考えていると、こちらへと近づいてくる馬の蹄の音が聞こえた。
(また、どこかの貴族から届け物かしら)
しかし、振り返った私の目に映ったのは、意外な人物だった。
「リリティス様。ああ、お会いできて良かったです」
騎士服に身を包んだアベル様は、私を見つけるなり素早く馬上から降りた。
すぐ後ろには、部下と思しき制服を着た二人がいて、彼らもアベル様に続いて馬から降りた。
「アベル様、先日はありがとうございました。今日は院長先生にご用ですか?」
「ええ。ですが、リリティス様にも聞いていただきたい内容でして」
「私に?」
支援物資の整理をチコたちに任せ、院長室に場所を移すと、アベル様は皮の張られた丸筒から、一枚の書状を取り出した。
「これを……レティエ殿下より預かって参りました」
上質な紙には特徴ある美しい文字で、ヴィタエ修道院の修繕及び救済施設の増設についての打診が記されていた。
「救済施設の増設……しかし救済といってもその内容は多岐にわたります。殿下は主に、何を目的とした施設の事をおっしゃられているのでしょうか」
院長先生も、突然の出来事に戸惑いを隠せない様子だった。
「それについてなのですが……レティエ殿下は施設の活用法については、リリティス様に任せたいとお考えになられております」
「私ですか?」
「ええ。ですので、それについてぜひ意見交換をしたいと」
「意見交換て……いつ、どこで?」
「殿下は『いつでもいい』とのことです」
「いつでもいいって、冗談ですよね」
「一応『なるべく早く』とのことでしたが、基本的にはリリティス様のご予定に合わせるとおっしゃっておりました」
「で、では予定を確認次第お手紙を──」
アベル様は笑顔で首を横に振った。
「いいえ。リリティスさまであればいつでも、好きな時間に来ていただいて構わない、との事です」
(どういうこと?)
呆気にとられる私たちをよそに、アベル様はご機嫌な様子で皇宮へと帰っていったのだった。
*
私の記憶が確かなら【意見交換】とは、然るべき場所でお互いの意見や考えを出し合う機会であったはず。
然るべき場所とはもちろん適当な談話室などを指すわけで──
「よく来たな」
シャツの前をくつろげ、ソファで書類に目を通していた殿下が微笑みながら私を迎える。
いつもは後ろで束ねている長髪も、今日は流してあるだけだ。
いつもどんな時でも無駄にきらきらしいその姿が、若干うらめしく感じてしまう。
私が案内されたのは、意見交換するには全然適当でない部屋──つまり、殿下の私室だった。
アベル様がヴィタエ修道院を訪れてから二日後。殿下からの難解すぎる言い回しの呼び出しに、どうすべきか悩みに悩んだ私だったが、両親からの『何だかよくわからないが、お待たせするのも失礼では』の一言により、本日の訪問が決定した。
馬車を降りると案の定、前回と同様にアベル様が迎えに来ていて、満面の笑みで迎えられた。
道順からして前回とまったく同じで、嫌な予感はしていたが、案内されたのはやはり殿下の宮殿だった。
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