もう二度と、愛さない

蜜迦

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式典会場⑧

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 私は、クロエ嬢の目を真っ直ぐに見据えた。

 「そうは思いません」

 「え、あの……リリティス様、今なんとおっしゃって?」

 言い返されるとは夢にも思っていなかったのだろう。
 クロエ嬢の顔は分かりやすく動揺していた。
 式典という厳粛な場、そして大勢の観衆が見守るこの条件下なら、私の口を封じる事など簡単だというような魂胆が見え見えだ。
 (舐められたものね)
 式典中にドラン伯爵が非常識な行為に及んだのも、おそらくクロエ嬢が何らかの形でけしかけるような真似をしたに違いない。
 セール伯爵夫人もサリバン婦人も、ここに至るまでの経緯は似たりよったりではないだろうか。そう思いたい。
 クロエ嬢とは二度と関わりたくなかったし、これまでは周囲の人間関係に配慮して口を噤んできたが、私という人間の尊厳に関わる部分に踏み込むというのなら話は別だ。

 「聞こえませんでしたか?ではもう一度……わたくしはクロエ嬢、あなたと同じ考えではないと申し上げました」

 突如流れ出した不穏な空気を察し、周囲は息を呑んだ。

 「皇帝陛下をお支えする立場にある者同士、あえて波風を立てるのもどうかと思い、これまで口を噤んで参りましたが……私が救済活動を続ける理由は、貴族の義務心からではなく、また女性の社会進出のためでもありません」

 セール伯爵夫人とサリバン婦人の表情が固まるのが見えた。

 「人には、幸福を享受する権利があります。ですが生まれた境遇や環境の違いにより、皆が等しく同じようにはいかないのが世の常。ですが救いを求める民の側に寄り添い、どのように生きるかともに考える事はできる。皆さまも同じ気持ちで活動されてはいるのでしょうが、それは純粋に他者のためだけと言えますか?無私の精神であると胸を張れますか?自分たちの活動を広く知らしめる?なぜそのようなことをする必要があるのです」

 前世の私は若干動機が不純であったため、言いながら自分自身もダメージを負っていた。
 だが人生はいくらでもやり直せる。
 こんなことくらいで折れている暇はない。

 「誠意ある活動は、自ずと世に広まるはず……そうでなくてはならないのです。そして蔓延る不幸、それに向き合う人の善意は、決して私欲のために利用してはならない」

 そこまで一気に言い終えると、この状況に思っていたよりもずっと腹が立っていた事に気付いた。

 「……そなたは名も明かさずに、帝国の騎士のため、献身的に尽くしてくれていたな」

 優しい声が頭上から降ってくる。
 顔を向けると、黙って見守っていた殿下が、柔らかな笑みを浮かべて私を見ていた。
 苛立っていた心が、不思議なほど落ちつきを取り戻していく。

 「負傷した者たちひとりひとりに声をかけて回り、世話をしながら他愛もない話をして、汚れた洗濯物を洗い、身体の倍はあろうかというシーツを笑顔で干しては取り込んで……献身的なそなたの姿は、紛うことなく天使であった」

 「殿下……」

 その言葉は社交辞令なのか本心なのか──いや、きっと前者だろう。

 「そなたのような女性がこの帝国の高位貴族に名を連ねていることに、私と父上がどれほど頼もしく思っているか」

 思わず少し先にいるはずの陛下を見る。
 すると、なぜか満面の笑みでこちらを見ている陛下と目が合い、自分でもよくわからないが咄嗟に目を逸らしてしまった。

 「レティエ殿下!私、リリティス様に誤解させてしまったようなので、どうか弁解させてくださいませ」

 クロエ嬢が、慌てた様子で訴えた。

 「なら、リリティスに直接言うんだな」

 「え……『リリティス』……?」

 「さあ、皆がそなたを待ちかねている。行こう、リリ」

 呆気にとられるクロエ嬢を置き去りにして、殿下は歩き出す。
 通りすがりざまに見たセール伯爵夫人とサリバン婦人も、驚愕の表情で私たちを見送っていた。

 「ちょ……ちょっと待ってください、殿下!」

 こんな公の場で名前を──しかも『リリ』なんて。場を収めるためとはいえやり過ぎだ。

 「心配するな。あいつらにもちゃんと処罰を下す」

 「そういうことではなくて……!」
 
 

 


 


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