もう二度と、愛さない

蜜迦

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式典会場⑦

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 クロエ嬢は、身振り手振りを使って感情を表現し、周囲の注目を集めるのが得意だ。
 今もそう。あれほどうるさかった歓声が、彼女の周りだけ静かになり、取り囲む人々は次に繰り出される言葉を待っている。
 
 「まるでエルベ侯爵令嬢が、売名のために救済活動を行っているとでも言わんばかりの言い草だな」

 「そんな、とんでもございません!恐れ多くもリリティス様とは志を同じくする仲間だと思っております」

 クロエ嬢が事実救済活動を行っているのだとしても、たまたまパーティーで少し会話しただけの間柄を『仲間』とは。
 
 「この者と親しくしているのか?」

 殿下が私の顔を覗き込む。
 
 「クロエ嬢とは先日セール伯爵邸の──」

 「レティエ殿下!」

 クロエ嬢のすぐ後ろから声が上がる。
 見ればそこにはセール伯爵夫人ともうひとり。
 (サリバン婦人……!)
 前世、無実の罪を着せられる現場となったサロンの主がいた。

 「帝国の若き太陽レティエ殿下。セール伯爵家のオレリーでございます」

 「カロル・サリバンでございます」

 セール伯爵夫人が先に挨拶をし、続いてサリバン婦人も礼を取る。

 「面を上げよ」

 ふたりは殿下の声掛けで礼を解き、まるでクロエ嬢を守るようにそれぞれ両脇に立った。
  
 「殿下、どうかドラン伯爵へ寛大な処分を賜りますよう、私たちからもお願い申し上げます」

 最初に口を開いたのはセール伯爵夫人。
 まさか、ドラン伯爵とクロエ嬢の非礼を窘めるどころか加勢するなんて。
 しかしサリバン婦人も負けてはいない。

 「クロエ嬢の素晴らしい活動は、大勢の方に支持されておりますわ。私のサロンでも、クロエ嬢の噂を聞いた方から『ぜひ一度お会いしたい』と、お願いされる事も多いのです。クロエ・デヴォン伯爵令嬢は、間違いなく、今最も注目されるべき貴族女性のひとりです」

 「それとドランの非礼は別問題だろう。それとも……お前たちもドランと同じく、処分を覚悟の上での訴えか?」

 「決してそのようなつもりは……ですが、女性の活躍が公の場で認められる機会は滅多にありません。聡明な殿下でしたら、わたくしどもの訴えに必ずや耳を傾けてくださる──そう信じ、無礼を承知でこのような真似をいたしました。この想いだけはどうぞご理解くださいませ」

 サリバン婦人がサロンを設立しようと思い立った理由のひとつに、女性の社会進出を後押しする目的もあったと聞いている。
 自らの思想を知らしめるために、過激な行動に出る者は少なくない。
 だが……私の知る限り、サリバン婦人はそのような人物ではなかったはずなのに。

 「だから、相応しい活躍をしたエルベ侯爵令嬢が叙勲されただろうに。それの何が不服なのだ」

 「不服だなんて、ただ私どもは──」

 セール伯爵夫人とサリバン婦人は、私の顔を見て気まずそうに言葉を詰まらせた。

 「ドランといいお前たちといい……どうやらクロエ・デヴォンとその周囲には、よほど強力な支持者でもついていると見える」

 セール伯爵夫人とサリバン婦人は僅かに表情を曇らせた。
 確かに……いち貴族、おまけに序列も低い者がこれほど大胆な行動に出るなんて、考えられない愚行だ。
 裏に余程力のある者がいなければ、身の保証はない。
 (でもいったい誰が……)
 気まずい雰囲気の中、クロエ嬢だけが不気味なほど冷静だった。

 「……レティエ殿下、ドラン伯爵の突然の行動に動揺し、非礼を働いてしまったことは心から謝罪いたします。ですが私たちが今日こちらへ参りましたのは、叙勲を受けた方々……カスティーリャの為に命を賭して戦ってくださった方々を純粋に祝福するためにございます。陛下をお支えする私たち皇帝派は強固な一枚岩。それだけはどうぞ誤解なきようお願い申し上げます」

 クロエ嬢は、さっきとは打って変わって殊勝な態度を見せた。

 「そうか。なら祝福の言葉を」

 「は?」

 「エルベ侯爵令嬢は『志を同じくする仲間』なのだろう?大切な仲間が、それこそ『命を賭して』兵士たちの看護にあたっていたのを評価され、今日の叙勲に繋がったのだ。それなら祝いの言葉があって然るべきはず。それとも、さっきの言葉は嘘なのか」

 「そんな、違います。リリティス様!」

 クロエ嬢が少し慌てた様子で私の方に身体を向けた。
 そして私の手を勢いよく両手で握り込み、感極まったように瞳を潤ませた。

 「この度の叙勲、心よりお慶び申し上げます。これを機に、私たちの活動がもっと広く世に知られることを願いますわ」

 クロエ嬢の言葉に、どうにも腑に落ちないものを感じる。
 修道院での活動は、救いを求める人たちのために何かしたいという、純粋な気持ちから行ってきたもの。
 偶然が重なり、叙勲まで受ける大事にはなってしまったが、なにもこの先活動の輪を広げようとか、事業として拡大しようなんて、これっぽっちも思っていない。
 身分を問わず、共感してくれた人が、各々できる範囲で参加すれば良いのだ。
 奉仕の精神とは本来そのようであるべきはず。
 それをまるで貴族の事業のような、誤った広まり方だけはしてほしくない。
 






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